アンサー

 啓介に誘わて向かったダーツバーで、初めてながらひとしきりゲームを楽しんだ。
 らしくないほどにはしゃいで、暑いくらいに感じた空調も店を出るとすぐに肌寒い夜気に包まれ、小走りでハチロクに乗り込んでエンジンに火を入れる。 いつもよりアルコールが進んだ啓介は上機嫌で、鼻歌交じりにナビシートに納まっている。
「初めてにしちゃー上手かったじゃねえか」
「そう、ですかね。けど啓介さん見てるとオレなんかまだまだって感じですよ」
「慣れだろ慣れ。今度はビリヤードでも行くか」
 自分より世慣れていることは考えなくても分かることなのに、慣れるほど経験があるのかと少しだけ胸の奥がチリ、と焦れる。軽くため息をつくと、目ざとくそれに気付いた啓介が拓海の腕を引き顔を寄せた。
「どうかした?」
「……別に」
 むくれた唇に、啓介のそれが重なる。慌てて体を離すと、そのことが信じられないと言わんばかりにきょとんとした顔で拓海を見つめている。
「なにやってんですか」
 驚きに声が少し震えて、咄嗟に手の甲で唇をぬぐった。その手を大きな手が捕らえ、力強く引き寄せられる。 バランスを崩してナビシートの啓介に覆いかぶさるように膝の上に上半身が乗りそうになり、何とかドアに手をついて耐えるとその隙に顎を掴まれ、今度は触れるどころではないキスに襲われる。
「ん……は、ぁ、啓介さ、んっ」
 夜遅いとはいえ店の駐車場で、いつ誰に見られるか分からないその状況で酔っ払いの啓介に翻弄されるのは趣味ではない。 趣味ではないのに、熱っぽく名前を囁かれると思考が麻痺して何も考えられなくなってくる。
「ちょ……っと」
「いやか……?」
 尋ねるような口調でも長い指は拓海を離さず、答えに詰まる間もゆっくりと舌が絡まる。
 その声で、その台詞はずるい。
 背中を電流が駆け抜けたように体がしびれ、支えている腕からは力が抜けていく。少しだけアルコールの混じった息に、飲んでもいないのに酔いが回る気分だ。
「は……っ」
 たまらず啓介の胸元を掴み、体勢を整えて啓介を押し退けるとその反動でシートに沈んで背中を押し付けた。口周りにこぼれた唾液をトレーナーの袖で拭い、乱れた息をおさめようと深呼吸を繰り返す。
「藤原」
 息つく間もなく今度は目の前に影ができて、覆いかぶさってきた啓介にシートに閉じ込められ、再び口づけられる。
「うん……ン、ふ……っ」
「……いやか?」
 拓海の目にかかりそうな前髪を長い指で梳き、同じ言葉を繰り返す。暗い車内の中、間近にある切れ長の目は少し潤んだように見え、妙に艶っぽい。
「……こ……、こんなとこで、そりゃいやですよ」
 近付いてくる体を押しとどめ、顔を逸らす。 それでもそのまま近付いた啓介の唇は拓海の頬に触れ、赤くなったそこに何度も音を立てて吸い付いてくる。恥ずかしさにたまらず、これ以上は止めてほしいと啓介の口元を両手で覆った。
「むぅ……」
 不満そうな息を漏らして据わった目を向けてくる啓介に、ひるまず睨み返すと手のひらを熱い舌が這う。
「うわっ」
 手首を掴まれ、指先だけが啓介の口内に含まれ舌が絡む。 目の前に晒される光景に思わずきつく目を閉じると、その隙にまた拓海の唇に啓介の舌が触れる。
「ッ、……ゃめ……っ」
 驚いた拍子に目を開け、身をよじって逃げようとしても強く握られた啓介の手に阻まれる。
「……暖機が済むまでならいいか?」
「…………」
 否応なく滑り込んでくる舌を受け入れ、手首を掴まれたまま啓介のジャケットの襟を握りしめた。

2012-11-17

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