ベイビー、ベイビィ

 オレさ、自惚れたっていいと思うんだ。
 だっておまえ、暑いとか重いとか散々文句は言うのに、いやだって言わないから。 本当に嫌なら、相手が年上だろうがなんだろうがきっぱり拒絶できる奴だって知ってる。 そんなおまえが大人しく――正確にはしぶしぶなんだろうけどオレの望みを叶えてくれるってんだから調子に乗るなってのが、無理だと思うんだ。
 オレよりちょっと背が低くて、いっつもうつむき加減で眠いせいか目も半分くらいしか開いてなくてニコニコ愛想が良いわけでもなくて気の利く台詞も言えないし、かといって人懐っこいわけでもないのに、 中身は恐ろしいくらいに人を惹きつけて。
「ふ、啓介さんって本当に耳朶が好きなんですね……く、ははっ」
「あー…、拓海のだけな」
「あ、ちょっと顔赤くなってる…」
 あーもう、ほっぺたツンツンすんな。本当どうしてくれんの。おまえといると、とことん調子が狂っちまう。 目が離せなくなって帰したくなくなるんだから、その笑顔は性質が悪いんだって分かれよ。これでも我慢してるんだって言っても信じないんだろ。
「ん……っ、ン……ん、んんん~~~ッは!」
「こら、逃げんな」
「だって、息、苦し……ぃんぁ」
 なんだってこんなに甘いかな。 人の唇って味なんかしないはずなのに噛んでも吸っても次から次から甘くて美味くて、全然足りない。満足できる日なんて来ない気がする。いつまでだってずっと触っていたい。
「んん、も、もうだめ…」
「……ちぇ」
――なぁ~んて本当にそんな程度の抵抗でオレが諦めると思ってるのか。
「じゃあ髪、触ってい?」
「……どうぞ」
 見た目通りサラサラで柔らかくて気持ち良い。あーほら、そうやって猫みたいに目を細めたりしたらだめだって。抑えられなくなるって直接言わないと分からないのか。いい加減に学習しろ。
「んわ、わあぁ何、どこ触ってる……っ」
「キスはしてないだろ」
「ででで、でも、ちょっ……わわ裾めくらないで、あっ舐め、たら、……っ」
「おっ? ……わぷッ」
「や、やっぱりこっち」
 くそ。そうきたか。案外力が強くて苦しいけど、おまえが自分から抱きついてあまつさえキスしてくるなんて何のご褒美。
 ここはぐっと堪えて大人しく抱かれといてやる。だからさあ、もっとオレに触って。あ、頭撫でられるのとかいつ以来だったかな……ガキ扱いすんなっていつもなら思うのに、おまえの手だとちょっと違う。 男なのに。年下なのに。そんなことぶっ飛ばしてしまうくらいに触れられることが気持ち良い。

「ん……?」
 あれ、もう終わり? ていうか何でそんな焦った顔してんだよ。可愛いんだってちくしょう。
「もっと撫でて」
「え、あ、はい……あの……起こしちゃってすみません」
「は?」
「気持ち良さそうに寝てたから、さ、触っても大丈夫かと思ったんですけど」
「え、オレ今寝てた?」
 てことはえ? 今までの全部夢? いや、でも…結構リアルで、え?
 でも見上げたそこに藤原の顔があるってことは、やっぱり途中までは現実ってことだろ。
「どこから現実?」
「え?」
「………何でもない」
「わ、ちょっと寝返りはだめですって、あ、しかもこっち側向かないで」
「うるせー」
「啓介さん、この体勢はちょっと…やばいっていうか」
 何がだよ。
 ここはオレの部屋で、足の踏み場がほとんどないからだいたいいつもベッドの上で過ごしてて、たまたま今日は藤原の膝枕で寝てるオレってだけだろ。何が問題なんだよ。
「せめて上、向いててください」
「…………センセー、藤原君の竿が耳に当たってまーす」
「ちょ、っと……まじで」
「このまま口でしてやろうか?」
「……っ」
 嫌がらないってことは、肯定ってことだろ。しかし敏感すぎるのも罪だな。オレを煽りすぎる。可愛すぎて頭がいてえよ、チクショウ。
「し、しなくていいです」
「でもおまえ、すげー苦しそうじゃん」
「いいから、大人しく寝ててくださいよ。啓介さんこそまた熱上がりますよ」
 あー、おまえそういう萎えること言うんじゃないよ。 今の自分が情けない状態って思い出しちまったじゃねえか。
「寝たら帰るんだろ」
「…………え、っと」
「わり、今のなし」
 何だ今の、超ダセエ。おまえの前ではカッコつけてたいのに上手くいかない。
「藤原……うつしたらゴメンな」
「ていうか、もともとオレがうつしたんだし…また貰って帰りますよ」
「それはダメ」
 どっちも駄目。風邪がうつんのも帰るのもどっちも。言わないけど。堪えるけど。膝枕が惜しい気もするけど、今は起き上がって抱きしめたい。
「啓介さん?」
「ごめん、ありがとな。オレもう大丈夫だから。明日も仕事なんだろ」
 くそ。帰って休めよって言葉が出てこない。甘えてんな。
「あ、の……でももう少しだけ、その、迷惑じゃなければ…啓介さんが寝るまではいてもいいですか」
「……何だよ、これもまた夢なわけ? そんなの、嬉しいに決まってるだろ」
 このやろう、誰が迷惑だなんて思うかよ。夢ならそれでもいい。顔中くまなくキスしてやる。
「治ったらちゃんと気持ちよくすっから……」
「何の話ですか。ほら、もう寝てください」
「うん……おやすみ、拓海」
「……おやすみなさい」

 はは、真っ赤になっちゃって……
 かわいいなあ。

2012-06-02

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