獣の夜
ゆさゆさと揺さぶられるたびに堪えようとする声は嬌声となってこぼれ落ちていく。
枕を抱いて声を殺そうとしても、背後の男がそれを許さない。
「あ、あ、っ……、けい、ぅン」
揺さぶりながら、乱れる髪を指で梳く。激しい律動の合間、不思議なくらいに優しいしぐさで、拓海は苦しい体勢になりながら後ろを見上げた。右肘の辺りを捕らえられ、ぐっと引かれて上半身が仰け反った。
反動で繋がった部分が深くなる。悲鳴に近い声が上がっても、力を緩めてはくれなかった。
「や、ぁ、あ、もぅ、……やめ、っ」
言葉にならない声に答えはなく、今度は両肘を捕まれ、膝立ちの状態で穿たれる。リズムを変え、角度を変えて貫かれると過ぎる快感に目の前に火花が飛ぶ。
ぐらりと前に倒れる体を熱い腕が引き留める。ライオンが獲物の息の根を止めるように、首元に噛みつかれた。痛みを感じるというよりも、むしろその痛みさえ快感に変換されて喘ぐ声を抑えられない。
「藤原……ッ」
呼ぶ声はぎゅっと胸を締め付ける。文字通り拓海の体を抱きしめる啓介の腕は一時として離れない。胸元を彷徨い、足の付け根で揺れるペニスに手を添えさらなる刺激を与えるものの絶頂までは導いてくれない。
もう何度も焦らされ、煽られ、堰き止められている。解放できない熱が体中を駆け巡り、今にも皮膚を突き破っていきそうなのに、腕に爪を立てても、なりふり構わず懇願しても啓介は拓海を翻弄し続ける。
「はぁ……っ、も、イキたい、無理だ、って、啓介さんッ」
わずかに緩んだ律動の合間にも訴えかけるがそれを拒むように唇を塞がれた。ぴたりと腰の動きを止めた啓介が熱塊を抜き、拓海の体を反転させる。
覆いかぶさってくる体を押しのけようとする手には力が入らない。ただ啓介の胸を撫でるだけのような結果に終わり、野獣の目をする男を煽るだけだった。流れる汗を拭いもせず、再び拓海の中へ押し入ってくる。
啓介は仰け反った拓海の首元に舌を這わせ、首筋を甘く噛んだ。じわじわともどかしい刺激を受け続けながら、拓海は必死に理性をかき集める。
組み敷いて見下ろしてくる啓介を悔し紛れに睨み付けても絶え間なく与えられる快感に抗う術がない。
「ほら、もう後ろだけでイケるだろ?」
「無理だって、ば、……ッ」
「ならこっちも弄ってやるから」
そう言いながら舌と指先で乳首を愛撫してくる啓介が、今日ほど憎たらしいと思ったことはなかった。
「やめッ、あっ……バカ……は、ぁンっ」
「すげぇよさそうじゃねえか」
(啓介さんのバカ、アホ、エロ魔人!)
悦楽に溺れそうな頭の中で思いつく限りの罵倒を繰り返し、拓海は屈しまいと躍起になって意識を別の場所へと走らせる。だが啓介の手技の前にはまるで無意味だった。
「必死に抵抗してる藤原、かわいい」
熱っぽく耳元で囁かれ、嬉しくないと反発する頭とは裏腹に啓介のペニスをぎゅっと締め付けてしまう。質量を増した啓介の熱で溶けだしてしまいそうだ。
上半身を捩って逃れようとしてもすぐさま唇を塞がれ隘路を穿たれる。
きつく目を閉じることで婀娜やかな表情を浮かべる啓介を視界から閉めだすことには成功したが、見えない分感覚が研ぎ澄まされていくようだった。
再び腰の動きを止めた啓介が、指だけで拓海の肌をたどっている。
触れるか触れないかの刺激がくすぐったくて、体が小刻みに震える。時折指の先で乳首をピンと弾かれ、解放を待ちわびる陰茎をゆるゆると扱かれると強い刺激を求めて腰が揺れてしまう。
「んぅ……もういや、だッ、啓介さん早く」
夢中で啓介を抱きしめ何度もその名を呼んだ。それに気を良くしたのか啓介が狙いすましたように拓海の中の弱点を攻め立て、拓海は目の前に火花が散って自身に触れることなく気をやった。
白濁が肌を伝ってシーツにこぼれ落ちていく。蕩けて荒い息を吐く拓海の唇を強引に奪い、啓介がその身を震わせる。薄いゴム越しに啓介も達したのを感じた。
「はぁ、……すごい……」
まだ下肢に甘い痺れの余韻が続いている。拓海に覆いかぶさっている啓介の顔はすぐそばにある。焦らされた分、解放した後の満たされた気持ちが胸いっぱいに広がって、無性にくっついていたくなった。
さっきまであれほど憎たらしいと感じていたのに、現金な自分に乾いた笑いが漏れる。
少し顔を動かしてその肌に頬を擦りつけた。啓介も応えるように鼻先で拓海の肌を撫でている。
どちらからともなく唇を触れ合わせ、啄むだけのキスを繰り返す。体の中からゆっくりと啓介の熱が出ていくのを寂しく感じながら目を開けると優しい笑みがそこにあった。
「すっげぇ好き」
「うっ」
こんなに至近距離でその言葉と笑顔はドキドキしすぎて心臓に悪い。拓海は思わずシーツを引っ張り上げて顔を隠した。
「なぁ、藤原は? オレのこと好き?」
「う、うるさいですっ」
「顔隠すなよ、藤原」
「そんな、無理ですっ」
「出て来いって」
「いやだ」
「ふーじーわーらー」
「もう、勘弁してくださいよ」
「オレのことは好きじゃねえってか」
その一言に拓海はシーツから顔を出し、手を伸ばして啓介の鼻先に噛みついた。
「いってーな!」
「なんか今日意地悪じゃないですか?」
額を押し付けてくる啓介を見上げると、拗ねたように横を向いて唇を尖らせた。
「啓介さん」
目をそらすなんてらしくないでしょうと頬を摘まんで呼びかける。
「自分でも小せーって分かってんだよ」
眉根を寄せた啓介が苦しげに呟き、拓海の背に手を回して体を起こした。向かい合う形で膝の上に座らされ、頭一つ分見下ろす格好になった。
啓介は胸元にすがりつくように頬を押し付け、ため息を吐いた。
「たとえ藤原にそんなつもりなくても、嫌なもんは嫌だ」
「あ、あの、言ってる意味がよくわかんねーんだけど……」
「オレのこと好きか?」
同じ台詞を繰り返され、拓海は言葉に詰まった。まっすぐに目を見て「はい好きです」とさらりと言えるはずもない。頬が熱くなるのを感じながら口ごもると啓介は拓海の体をさらに抱き寄せる。
「……あいつには言えるのに」
いつもとは打って変わって聞き取れないほどの小さい声で、思わず顔をしかめた。啓介の言葉が何を指しているのか、心当たりがないわけではなかった。
「……もしかして松本さんのことですか?」
「こんな状況で名前出すんじゃねえよ!」
「えっすいません」
唸られて反射的に謝罪の言葉が口を衝く。
啓介は感情的に吐き捨てた己に舌打ちをして「悪ぃ」と言いながらもう一度拓海の体を強く抱きしめてくる。拓海は目の前で揺れる啓介の髪に指を差し入れた。
形のいい後頭部を撫でるように髪を梳いていると啓介が無言で見上げてきた。腕を回して抱き寄せ、目を開けたまま唇を合わせた。
「あの、あれは、そういうんじゃなくてですね」
指先で頬を掻き、プラクティスの合間の出来事を振り返る。第三者のプライベートを告げてもいいものかと迷ったが、啓介にとっても松本は身内同然の仲間だし、恋人である啓介にごまかすことで余計な誤解を生むのも避けたかった。
「松本さん、長年付き合ってた彼女がいるって」
「あぁ、聞いたことある」
「その人がですね、浮気してたっつーか、別れることになったとかですげー落ち込んでたんですよ」
啓介はじっと拓海の目を見ていた。それがどう関係あるのかと言いたげな瞳だ。
「オレは特に世話になってるし、そんな女のことなんか忘れて元気になってほしいじゃないですか。だから」
乏しい語彙力ながら思いつく限りの激励をしていた。落ち込んだ松本を元気づけるために「オレは松本さん好きですよ」と言っているところを、ちょうどそこだけを啓介に聞かれていたのだ。
啓介に気づいたときにはもう小さくなった後姿しか見えなくて、その時はどこから聞いていたのかも確認のしようがなく練習を放り出してまで事情説明が必要だとは考えていなかった。
拓海としては単純に励ましのつもりでかけた言葉だったこともあり、こんな風に啓介が消沈しているかもしれないなど欠片も想像していなかった。
「頭では分かってるんだって。それを責めてるわけじゃない。ただなんでオレには言えねえのかってこと」
「人として好きってのとは別じゃないですか。だから簡単には言えないっつーか」
「オレだって簡単に言ってるわけじゃねえんだけど」
「啓、……」
伏せた目元に睫毛の影が揺れている。拓海からの一言を切望する姿に胸を打たれないわけがなかった。
拓海は啓介の頭を抱え込むように抱き寄せ、上を向いて深呼吸した。身じろいで少し距離を取ると啓介の肩に手を置いて視線を合わせる。
「啓介さん」
唇を動かしても空気がわずかに振動するだけだった。
ただ一言、たった二文字が出てこない。まっすぐに見つめられ、体中で熱が上がっていくのを感じる。いつも見上げているはずの啓介を見下ろす姿勢になっている。見慣れない上目遣いが却って恥ずかしい。
ぱちぱちと忙しく瞬きを繰り返し、視線が泳ぐ。
「藤原」
ねだるような声音で名前を呼ばれ、胸が苦しくなってくる。拓海はたまらず啓介を引き倒した。
「あの、オレ……今はこれが精いっぱいで、すいませ……っ」
目を丸くする啓介に抱きつき、片手をそろりと下肢へ伸ばした。指先がそこへ触れた途端、啓介の体が大きくはねた。
「ッ、藤原?」
「もう一回、……し、たい」
好きだというより恥ずかしい言葉だったと後悔するのは、理性が切れた啓介に獣のように抱き尽くされた明け方のことだった。
2016-05-14


「啓介優勢な正統派啓拓」でした。リクありがとうございました! back