秘密の時間
神奈川第2戦初日のプラクティス終了後、史浩に連れられ訪れたバンガロー。中はエアコンもシャワーもあると言う。見晴らしの良い窓からは富士山も見えるし、室内にはテレビやキッチン、簡易な冷蔵庫なども備わっている。
「ドライバーはロフトを使ってくれ」
梯子を見ながら史浩が告げる。ドライバーのふたりはしっかりと休息を取ることも仕事のうちだということだろう。
あてがわれた空間は密室にはならないものの、他のスペースからは中の様子が見えないために隔離されたようにふたりだけのものになる。そう思うと知らずドキリと胸が躍った。
いつもの遠征を思えば贅沢なのかもしれないが、広い部屋で脚を伸ばして眠れるというのはドライバーである拓海と啓介にとっては何よりありがたい。
特に啓介のFDは、啓介の体格によるところもあるが車内が狭く、ゆっくりぐっすりというわけにはいかないはずだ。
FDの助手席に乗ることが増えた拓海は、腕が触れ合うほどの車内の状況を思い出してひとり顔を赤く染めた。
「富士山が見える」
窓を開けながら発せられるもうひとりのエースの声につられてぞろぞろとデッキへ出ると、目の前に広がる大自然にほうっと溜息が漏れた。良い意味で緊張感のないケンタの言葉は幼馴染の親友を思い出させる。
拓海はデッキから見える富士山に感動するケンタを横目にちらりと啓介を盗み見た。
啓介は胸の前で腕を組んで壁に寄りかかりながら、拓海の視線にいち早く気付いたのかそれとも拓海よりも先にこちらを見ていたのか、ばっちりと視線がぶつかる。
慌てて顔をそらして無理やりに前方を見据える。頬にちくちくと刺さる視線を感じつつも振り向くのを何とか堪え、きゅっとTシャツの裾を握った。
史浩から声がかかり、拓海は少しだけ紅潮した顔を啓介の視線から隠すようにそそくさと室内へと移動した。
用意された弁当を食べ終え、夜に備えてひと眠りするためにロフトへと上がる。
下のフロアに比べれば小じんまりとしているものの窓もあり、眠るだけだと思えば十分な広さがあった。壁際に、サイドテーブルを挟んでベッドが設置されている。
手前側のベッドに腰を下ろすと自然と深い息が口をついた。
朝まで続いたプラクティスの疲労が顔を覗かせ、満腹感も手伝ってゆっくりと眠気がやってくる。着なれてくったりとしたTシャツに着替えると、ベッドの上で大の字に体を広げて目を閉じた。
しばらくして啓介がロフトの梯子を上がってくる音がしても、目を開けるのも億劫で拓海は寝たふりをすることにした。
「なんだよ、もう寝てるのか」
拓海が横になっている姿を見るなりそう呟いて、啓介は梯子を上りきると奥側のベッドの横にバッグを下ろした。ばれたら気まずいとは分かっていても、疲労が先に立つ。
寝たふりを続けていればそのうち本当に眠りに落ちるだろうと考えていたものの、それでもスプリングを軋ませてベッドに腰掛ける音や咳払いの音、啓介が動くたびにその音を探るように意識が向いて、とてもゆっくり寝ていられる状態ではなかった。
わざとらしくならないように寝返りを打ち、啓介に背を向けた。
窓の外では蝉の鳴き声がする。夜になれば否が応でも極限までのバトルに身を投じることになるが、今は別の緊張感に包まれている。
エアコンの利いた室内で、まがりなりにも恋人と呼び合う人物がすぐ横にいるこの状態で、何も寝たふりをせずに会話のひとつでもすればよかったと軽く後悔しながら枕の端を指先で握った。
ぎし、と軋んだ音を立てたのはフローリングだったのか拓海の寝ているベッドだったのか。背中に体温を感じてゆっくりと片目だけを開けて様子を探ると、胸のあたりに自分のではない手が見える。
「起きてるんだろ、藤原」
すぐ傍で囁く声に、びくりと体が震えた。
「な、なんで」
「耳、赤くなってる」
最初からバレバレだったのかと体の力が抜け、だったら声をかければいいのにと口を尖らせるとくすくすと背中越しに笑う啓介の声が聞こえる。
「だっておまえ、声かけんなってオーラ出してたろ」
「そんな、の出してないです」
「起きて待ってろとは言わねーけどさ、まさか寝たふりするなんてちょっと冷たいんじゃね?」
首筋や耳に、楽しそうに囁く啓介の息がかかる。
スプーンポジションで長い腕に抱き込まれ、啓介の胸はぴったりと拓海の背中に寄り添っている。
「そんなつもりは……」
啓介が怒っているわけではないと分かっているのに、言い訳がましい声が出る。
絡みつく腕に手を添えて黙り込むと、啓介の唇が頬に触れた。驚いて振り返ると待ち構えていたように唇が重なった。
「あ……っ」
仰向けに転がされ、馬乗りになった啓介に両手を絡め取られた。
啄ばむようなキスに焦らされて、だんだんと息が上がってくる。指先を啓介の手の甲に食いこませ、誘うように薄く口を開くと唇の縁を啓介の舌先が辿り、優しく食んで吸い付いてくる。
動きを真似て重なる唇を挟み、ちゅっと吸い付くと啓介は角度を変えて深く口づけてきた。
「んぅッ」
上顎を舌先でくすぐられ、背中が粟立ち、ぞくぞくと快感が駆け上がる。夢中で応え、舌を絡める。
濡れた音が耳について、照れくささにいっそう強く啓介の手を握りしめた。
「バトルの前にすっきりしようぜ」
熱い吐息を耳に吹きかけ、そんなことを言う。
「え、いや、さすがに無理です」
「バ、ッカおまえ、挿れたりしねえよ。だから、な?」
この声に誰が抗えようかと恨めしげに見やると、情欲を浮かべた瞳がゆっくりと微笑んだ。
「ん、けぇすけさ……ッ」
「声出すなよ、藤原。あいつらに気付かれちまうぜ」
鼓膜に注がれる声に何度も頷き、手の甲を噛むように口にあてる。
啓介はTシャツの裾をまくって熱い手のひらを這わせ、硬く尖る先端を指先で摘まむと反対側は舌で舐り、包み込んだ。きつく吸い上げ、その横の肌にも噛みつくように跡を残した。
拓海は両手で口を押さえ、漏れ出そうになる声を必死に堪えている。啓介は臍のまわりの柔らかい肌にも吸い付きながら、ジーンズのボタンを外し、ジッパーを下げるとすでに先走りで濡れ始めているトランクスの中へと手を差し込んだ。
「んん……ッ」
外気に晒され、直接の刺激に喉が鳴る。啓介は拓海と自身のジーンズを下着ごと脚から抜き去ると、拓海の手を引いて奥側のベッドへと移動して向かい合わせに腰を下ろした。
拓海の脚を開いて自身の体を割りこませ、啓介の太腿を跨がせると拓海のものに猛った先端から根元へと擦り付けた。
「舐めてやりてーけど、それはまた、今度、……なッ」
「は、ぁッ」
啓介が2本をまとめて握り込み、リズミカルに扱いて快感を引きずりだしていく。小刻みに震える拓海の体を片手で抱きしめながら顔中にキスを繰り返した。
拓海は水音を立てるそこに下ろした片手を添えると啓介の動きに合わせて手を動かす。啓介は真っ赤に染まり上がる拓海の顔を見下ろしながら口端を上げ、耳や頬に舌を這わせた。
拓海は口元を押さえるのも忘れて啓介のシャツを握り、動き回る啓介の舌を捕らえようとキスをねだった。
「ふ……っ、ぅ、ンン」
濃厚で長いキスの合間も啓介の手は休まず動いている。
追い上げられる感覚に腰が揺れ出し、啓介の腰を両脚できつく挟みこんだ。腹の間で触れ合ったそこはどくどくと脈を打ち、限界が近づいている。先端の小さな穴を引っ掻かれ、拓海は背をしならせて吐精した。
啓介に口を塞がれているおかげでかろうじて声を出さずに済んだものの、解放された舌を唾液が糸のように伝い、甘い刺激に射精は続いて膝が震えている。啓介はそのまま拓海の両手でふたりの陰茎を握らせ、最後の追い上げに入る。
「あ、まだイ……ッてる、のに……ッ」
「わり、っけど、も……出るッ」
声とほぼ同時に熱いものが手のひらに迸った。啓介の荒い息が耳を濡らし、ぶるりと体が震えた。
拓海は体から力が抜けてベッドへと横たわると、それを追うように啓介が口づけてくる。触れ合わせるだけの軽いキスが心地よくて、薄い笑みを浮かべるとそのまますう、と眠りに落ちていった。
目が覚めると拓海はひとりで啓介のベッドを占領していた。頭を起してみるとロフトには啓介の姿はなかったが、ちょうど風呂場のドアを開けて啓介が出てくる音が聞こえてくる。
いい匂いまで漂ってきて、そういえば史浩が食事を作っておくと言っていたのをぼんやりとした頭で思い出していた。啓介はもう風呂にも入り終え、メカニックの宮口とコースへ出る段取りを話している。
寝かせてくれたと思えばその優しさに感謝すれど不満を覚えるのはお門違いなのかもしれないが。
ジーンズは穿かせてくれているらしく、のそのそとベッドを這いだして梯子へと向かう。史浩の呼びかけに合わせて顔を覗かせ、寝ぼけ眼で梯子を下りる。
その途中、下肢に違和感を覚えて意識を下腹部の辺りに巡らせると、どうやら下着は穿いていないらしいという結論に至った。何のいたずらか、どういうつもりなんだと焦ったおかげで梯子のステップを踏み外し、史浩には呆れられ、皆に笑われる羽目になってしまった。
大笑いする啓介に向かって、誰のせいだよ、と唇を尖らせ赤く染まった顔を向けた。
「藤原ぁ、オレ風呂場に忘れもんした」
言いながら脱衣所のドアを開け、遠慮なく入り込んでくる。
食事を終えてシャワーを浴びようとTシャツを脱いだところだった拓海は白々しい、と疑惑の目を向けて啓介を見ると、啓介は当然のように後ろ手で扉を閉めてしまった。
「え、ちょっと」
「まさかそのまま穿かずにメシ食うとはなー」
さすがのオレも予想外とニヤニヤと笑いながら近づいて、拓海のジーンズのウエストから指を差し入れる。腰骨の辺りをくすぐって、ついでのように拓海の首筋に唇を落とした。
「わっ、ちょっと啓介さん」
「ほら、あんま大きな声出すと聞こえるぜ」
「……ッ」
ちゅ、ちゅ、と繰り返し肌を啄ばむ啓介の肩を掴んで押し返す。
「オレこれでも一応怒ってるんですよ」
「マジ? 許して藤原」
甘えた声で擦り寄って拓海を抱きしめ、裸の背中を撫でまわす。
「ぜ、全然反省してねーでしょ、それ」
「してるって」
耳の付け根や頬を辿って、唇を重ねた。
制止しようと背中を叩いても、構わずにキスを深くしてくる啓介に抱きしめられて思うように抗えない。的確にポイントを攻めてくる舌に肌が粟立ち、背中に回した手はいつの間にか啓介のシャツを握っていた。
「は……、うそばっか、ぁ」
ねっとりと絡みついていた舌が離れ、啓介の顔が視界に戻ってくる。至近距離で見つめられ、悔しいくらいに整ったその顔に釘付けになってしまう。
「マジだって。ちゃんと洗ってロフトの窓んとこに干してやってるからよ」
「信じらんね……っ」
言い終わる前に再び唇を塞がれ、大きな手に髪を梳くように撫でられると、怒っていたはずなのにどうでもいいやという気になってくる。気持ちいいのは好きだけど、快感に弱い自分がときどき悔しい。
「っし、チャージ完了。今夜も絶対勝つぜ、藤原」
「お、オレだって負けません」
ライバルの顔に戻った啓介は、洗面台の鏡の前に置いてあったリストバンドを手に取りコースの下見へと出かけて行った。
てっきり口実だと思っていたのに本当に忘れ物があったことにも驚きだったが、あまりの変わり身の早さに脱力し、よろめいて洗面台に手をついた。
鏡の中には真っ赤に染まった自分の顔がある。
「くそ、いつか覚えてろよ……」
何とか動悸をおさえバスルームに入ると、拓海は体の中に燻った熱を冷ますように思い切り冷水を浴びた。
2012-06-28
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