I CAN NOT SLEEP TONIGHT
今度の週末、遠征は休みだったが、忙しくて時間が取れそうにないと電話で話したのはつい2時間ほど前のことだ。
すまなそうな声に、別に大丈夫だと答えるほかに何と言えただろうか。ついこの間会ったばかりだと言うのに。
風呂に入り終えて部屋に戻り、ベッドへと突っ伏す。何度目かの呼吸でそこに残るわずかな啓介の香りに気付き、枕を抱きしめた。
啓介は拓海の部屋へそれほど頻繁に訪れるわけではないが、それでも一度この部屋に入れば濃密な時間を過ごすのが常だった。
「……ヤバいな」
触れ合った肌や伸ばされた手を思い出し、頬が紅潮してくる。
啓介が触れた場所はどこもかしこも熱を持って、そしてそれは啓介の手によって解放されることを望み、ねだる。脚の間にそろそろと手を伸ばし、布越しに触れてみる。
せっかく風呂にも入ったのに仕方がない。厚い生地の上からでもはっきりと分かるほどに主張を始めたそこを、今夜は自分の手によって解放してやるしかない。
「ん……」
やわやわと撫で上げてみると、そのもどかしい刺激にも敏感に反応している。あれほどに欲しがられたあの日から、実際はそんなに日は経っていないのに、もうずいぶん触れていないような感覚だ。
この体はなぜこうも啓介の残り香にすら反応するようになってしまったのか。
どうしようもないことを考えながら、ベッドに横になったまま下着ごとスウェットを少し下げ、直に触れる。
父親はわざわざ2階に上がってくることもほとんどなく、部屋に鍵はなくてもこの家には父親以外には誰もいない。
誰に気兼ねするでもなく、必要なのはビデオでも雑誌でもなく、ゆっくりと目を閉じて啓介の手を思い出す。
「んぅ……ッ」
耳元で囁かれる声や手の熱や体温を思い返しながら、じわりと汗や涙が自然と浮いてくるのも構わずに休むことなく扱き続ける。
先端から溢れだした滴で滑りがよくなり、どんどんと自身を追い上げていく。肩で息をしながら、絶頂が近づいているのを感じていた。
「ふ……っ、け、ぇ」
瞼の裏にいる相手の名前を呼ぼうと口を開いたまさにその瞬間、部屋の襖はスパンと心地の良い音を立てて全開になった。
「…………?!」
あまりのショックに頭は真っ白になり、自分の顔は赤いのだか白いのだか青いのだか、どうなったかさえ考えられない。
あと少しで解放されるはずだった拓海の熱はすっかり力をなくし、拓海の痴態を目の当たりにして呆然と立ち尽くす相手の顔を見つめたままパクパクと口だけが動く。
後ろ手にゆっくりと襖を閉めた相手は無言のまま近づいて体を屈めると、言葉を発することができていない拓海の唇を塞いだ。
「んぁ……っ」
やっと音になったものの何も言えず、
ただ口内を暴れ回るその熱い舌に必死に応える。ベッドに上がり、拓海に圧し掛かりながらキスをし、その合間に器用に服を脱ぎ、拓海からも身にまとっている全ての布を奪っていく。
「え、け、けぇすけさん? なんで……んッ」
「ごめんな、萎えさせちまったみてーだから責任取る」
「ん、ちょっ、っと、うわ」
首筋から少しずつ唇を移動させ、解放を待ちわびていたそこに口づけて舌を這わせた。一度ぎりぎりまでのぼりつめていたそこは啓介の愛撫に素直に反応し、あっさりと力を取り戻した。
「う、あっ、……ぁも、ッ」
「まだだぜ、藤原」
張り詰めたそこを握り込み、動きを止める。
「い、なんで、啓介さ……あ!」
根元を抑えたまま、さらにその奥へと指を差し込んで解しにかかる。指の動きに合わせて漏れる声を抑えようと上半身を捩って枕に顔を埋めるとまた啓介の匂いが鼻腔をくすぐる。
「ふぅ……、んんッ」
後ろへの刺激だけでなく、握られたそこの先端もまた熱に包まれて、すぐにでも弾け飛んでしまいそうなのに啓介の指がそれを阻む。
「も、も……むり……」
これ以上焦らされればとんでもないことを口走りそうで、さらに体を捩って啓介の手から逃れようともがくとすかさず拓海の腰を掴んで引き戻す。
「前からと後ろ、どっちがいい?」
拓海の脚の間に埋めていた体を起こした啓介が耳たぶを食みながら囁く。指先は脇腹を辿り、胸元へと上がってくる。
「やっ、啓介さんそれやです……っ」
「うん?」
余裕ぶった笑みを見せると、腹の間で昂りを擦り合わせ、焦らすようにゆっくりと腰を揺らす。
「う……、この……ッ」
覆いかぶさる体を抱きしめ、啓介の腰に両脚を回した。力の限りにしがみついて啓介の動きを止める。
「わ、……はは。すげぇ積極的」
「う、うるさ……ッ」
「なあ……脚、ちょっと緩めろよ」
太腿をくすぐるように指先が撫で、反射的に力を緩めるとその隙をついて啓介が侵入を始める。
「キツ……ッ」
「は、あ……っ」
「大丈夫か?」
「……じゃ、な、いっ」
質量と圧迫感に息が苦しい。小刻みに揺らしながら根元まで埋め終えた啓介が、軽く息を吐いて拓海の髪を撫でる。間近で見つめるその額には汗が浮かんで、口元も僅かに歪んでいる。
「おまえン中……やけどしそう」
体の中に感じる啓介も、十分に熱い。浅い呼吸を繰り返していた拓海は一度深く息を吐いた。
「啓介さんも、です……」
「やべえ、も、動くぜ」
言葉とほぼ同時に腰を揺らし、隘路を穿つ。啓介が動くたびに声が漏れ、口を塞ごうにも両手は啓介に絡め取られてしまい、無防備に晒される。
「啓介さん、けぇ……すけさ、んッ」
その名前を口にするたびに、答えるかわりにキスが降ってくる。
「ん……も、で、あ……んん」
こぼれる声は啓介の舌に吸い取られ、啓介の長い指は解放を待ちわびる拓海自身に絡んで、耐えきれずその手の中に熱を放った。
「なー、まさか怒ってんのかよ」
「いや……ていうか……なんでいるんですか」
確か忙しいから会えないと言っていたはずだ。なのになぜ、今、この部屋にこの男がいるのか。
「何でって……なんでだろうなあ?」
「オレが聞いてるんですけど」
「つーかこっち向けよ」
背中を向けているのはもちろん恥ずかしいからだ。あんな場面、誰にも見られたことはないし最中に人が入ってくるだなんてまさか想像さえしていなかった。
何度体を重ねた相手だろうと、それとこれとは話が別だ。訪ねてくるなら連絡くらい入れてほしい。せめて部屋に入る前に声くらいかけてくれてもいいんじゃないだろうか。
「……いやです」
「なんだよ、オレはおまえのつむじ見に来たわけじゃねえんだぞ」
そう言って背中から抱きしめながら、頬に唇を寄せる。きっと真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、手のひらで覆った。
「だめ」
「けち。さっきはあんなかわいかったのに」
「ちょ……っ」
するすると手が下りていく。
拓海はトレーナーだけを着せられ、下に穿いていたスウェットは啓介に奪われている。下半身は下着だけ身に着けていて、その布越しにまたゆるりと握られて体が跳ねた。
「や、やめてくださいよ」
啓介の腕の中で体を反転させ、向かい合う。すぐそこにある啓介の顔がこれでもかと綻んで、そっと近付いてくる。
「やっとこっち見た」
「…………ン」
唇が重なり、脚が絡む。
啓介の背中に腕を回して応えると、同じように体を抱きしめられる。
「んーわり、ちょっとも……限界」
「えっ? ちょっと、啓介さん?」
「レポート仕上げんのに手間取って……あんま寝てねえんだ。配達の時間になったら起こしてくれたらいい、から」
「あ、けど……」
「今度オレのひとりえっち見せてやるから、それで……おあいこだろ?」
言い残して、すう、と眠りに落ちた啓介の顔をまじまじと見つめる。
別にそんなもの見せてもらわなくてもいいとか、そんなに疲れてるんなら家で眠ればいいのにとか、いろんな言葉が浮かんでは消えていく。
普段は啓介が先に眠りに落ちることはほとんどなく、こうしてゆっくり寝顔を眺める機会もあまりない。
もしかしてわざわざ風呂に入ってきたのか、自慢の金髪はくたくたに下りていて、きれいな額を隠している。
啓介が完全に眠っていることを確認し、そっと前髪を掻きあげて唇を押しあてた。
「明日の配達はオレの番じゃないんだよな…」
狭いシングルベッドの中で窮屈そうに体を収める啓介の寝顔を、今夜ならずっと見つめていられそうだ。
2012-11-22
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