つめあと

 シャワーを浴びてすぐにチリ、と小さな痛みが走ったと思ったら湯上りの背中に、浮き上がる幾筋かの赤い跡。
 濡れた髪を大雑把に拭きながら腰掛けたベッドの中で、それを見た拓海の顔がみるみる赤く染まっていく。
「だ、大丈夫ですか……?」
「うん? 全然痛くねえよ」
 甘やかすようにキスをしながら囁くと、大人しく啓介の唇を顔中に受け止めながら、目を閉じる。
「でも……すみません」
「それだけ夢中にさせちまったってことだろ?」
 クスクスと笑って上顎を舌で掬い舐めながら、動けずにベッドに沈んだままの拓海に肌をすりよせる。 傷痕などまったく気にもしていない、むしろ男の勲章なんだと振舞う啓介にそれ以上は何も言えなくなって、素直にその気遣いを受け入れることにした。
「は……、……あったかい」
「風呂、入れてやろうか?」
 顔を横に振って答え、ちゅ、と軽い音をさせて啓介の唇に触れると体を起こしベッドに座り直す。 拓海に倣ってベッドの端に浅く腰を掛けた啓介の背中に抱きつき、剥き出しの肌にも唇を寄せる。 ボディソープの香りが残るそこは、あまり日に焼けていないせいか拓海の残した赤い筋がくっきりと見えて痛々しくも扇情的だ。指先でなぞるように触れていると、とろりとしたものがこぼれ出した。
「わ……、ぁ……」
 その感触に驚き咄嗟に腰を上げると、太腿を伝わる液体はぱたぱたと音を立てながらシーツの上に染みを作った。 敏感になったままの肌にはまだその液体の感触さえ刺激が強く、撫でさする啓介の指の動きを思い出させる。
「ふ……、っく……」
 啓介の背中にしがみつき、こぼれ落ちるその感触を目を瞑って耐える。振り向こうとする啓介の背中が動くと、鼻孔をくすぐる香りが一層強くなった気がした。
「藤原」
 起き上がった体を再びシーツに沈められ、割り開いた脚の間に圧し掛かる啓介に吸い寄せられるように腰が浮きあがる。 その隙間に腕を差し入れた啓介に抱き込まれ、ぴったりと張り付くように肌が合わさると、スプリングの揺れに連動するように再び拓海の中からこぼれ出し、 密着した啓介をも濡らしていく。
「ど、……んだけ出してるんですか」
「わり……」
 照れ笑いを浮かべ、触れるだけのキスをする。
 ゴムを使うときもあれば、今夜のように最初の1回だけは使って、使わずに2回目に突入してしまうこともたびたびある。 拓海の体や、後の処理を考えれば毎回使うべきだと分かっているのに、自分の下で淫らに溺れる姿を目にしてしまえば啓介は欲望に駆られて性急に埋めてしまいたくなる。
 少し動くだけでも体の間でくちゅりと音が鳴り、それがはっきりと聞こえたのか目の前の顔がさらに紅潮していく。首に回された腕にも少し力が入り、僅かに引き寄せられた体がまた音を立てる。
「ん……ッ」
 鼻から息が抜けるような声に煽られ、わざと強めに体を押し付けてみると、拓海はぎゅっと目を閉じ口を噤んだ。それを合図と受け取り、 腹の間で形を変えてきているものを擦り合わせ、腰の動きだけでゆっくりと刺激していく。
「け、啓介さ……あっ」
 肌を滑りながら移動した啓介の先端が拓海の奥へと触れ、腰を抱いていた腕がさらに体を引き寄せると解れて濡れている拓海の中にさほど苦もなく啓介が飲み込まれていく。 肩に爪を立てながら、押さえつけられた体を離すこともできず声を上げる。
「あ、あ……、またっ」
 啓介は浅い位置まで引いて腰を止め、深く息を吐き出した。拓海は耳を濡らすその吐息に肩を揺らし、間近にある顔を窺い見ると眉間にしわを寄せ何かを堪えるような険しい表情になっている。 その視線に気付いた啓介が薄く笑って、頭を傾けて拓海に口づけ舌を絡める。体の奥にピリピリと感じる痛みも、このキスを前に霧散してしまう。
 キスで緊張が緩んだのを見計らったように拓海の体を横に向け、片脚を掬いあげると少しずつ深く侵入させていく。 隘路を穿つ啓介に内部のある一点を擦られ、反射的に縋るように伸ばした手でカリ、と筋肉の隆起した啓介の肩に爪跡を残した。

「啓介さん、ちょっといいですか」
 ハーフパンツだけを身につけてだらしなくベッドに転がっていると、風呂から上がった拓海が珍しくまじめな顔で詰め寄ってくる。 肘をつき上半身だけを起こしてヘッドボードに凭れて拓海に向き直ると、横たわった体を跨ぐように正面へと陣取る。十分に乾かしきれていない髪から落ちる滴が啓介の裸の胸に落ち、 拓海の首に掛ったタオルを取って髪を拭いてやりながら、詰め寄ったわりに続きを言い淀む相手を促す。
「なんだよ?」
「ここ」
 そう言って指差したのは、拓海の首筋だった。意図が掴みきれず指先から顔へと視線を移すと、真剣な顔は真っ赤になっていて唇を尖らせている。 もう一度指先に視線を戻すと、顔と同じように赤くなったそこは明らかにキスマークではなく歯型がついている。
 誰がやったかなんて、一目瞭然のそれはとぼけて誤魔化すこともできない。
「い、痛かった?」
「そうじゃなくて、あの……、いつの間につけたんですか」
「え」
「オレ、全然……気付かなくて」
 耳まで赤く染めてうつむきながら、もごもごと聞き取りにくい小さな声で啓介を問い詰めようとしている。 怒っているのか、それとも噛みついたことさえ気付かないほど素晴らしかったと賞賛してくれているのか、なかなか判断が難しい。
「じゃあこれも?」
 跨る拓海の頭にタオルをかぶせてゆっくりと押し戻し、体をひねって肩を見せる。指先で辿るのは、まだ出来たての、新しくついた赤い勲章。
「ちょ、オレ……またっ」
 タオルで顔を隠しながらうなだれる拓海を抱きしめて、首筋の赤くなったそこへと優しく舌を這わす。タオルを掴んでいた手を取り鼻先をすり合わせると、 同じ匂いになった拓海が顔を寄せて触れるだけのキスをして、ごめん、と呟いた。沈む頭をタオルでぐしゃぐしゃとかき回し、両頬を固定してペロリと唇を舐める。
「次は腕、噛んでもいいぜ」
 その言葉に噴き出した拓海が今度は啓介の頭にタオルをかぶせてぐしゃぐしゃとかき乱し、啓介はお返しとばかりに拓海の両わき腹をくすぐって、 夜中なのも構わず声を上げて笑いながらベッドの上を転げまわる。啓介が上になったところで笑い声が消え、じっと見つめ合う。 乱れる息を深呼吸で整えると下から拓海の腕が伸び、啓介はゆっくりと顔を下ろして啄ばむように唇を合わせた。
「ふ……オレ、もう今日はできねえかも」
「つーか、もうしなくていいです」
「んだよ、冷てーこと言うなよ」
 ぐりぐりと額を押し付けてくる啓介の体温が、急速に拓海の眠気を呼び覚ます。
「……じゃあ今日はもうこのまま寝ちまいます、ね……」
 抱きついたまま目を閉じた拓海が、啓介の制止の声を聞く前に眠りの中にダイブした。

2012-09-05

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