かわいいひと

 こんな風に思うの、本当はちょっと失礼なのかもしれないけど、いつもの鋭い視線とか挑発的な口元とかそういうの全部見えない今みたいな少し弱ってるところも、結構……良いと思うんだよな。 自惚れるわけじゃないけど、たぶんこういうところ、オレにだけ見せてくれてるのかなって思う。もしかしてそうだといいなっていう願望なのかもしれないけど。
 オレより少し背が高くて、顔はカッコいいしスタイルも良くて運転も上手くて面倒見が良くて人望もあって、周りにはだいたい人の輪ができてる。  そこに自分からは入り込めないから遠目から見てるだけなのに、笑顔が目を惹くんだ。
「ふ、啓介さんって本当に耳朶が好きなんですね……く、ははっ」
「あー……、拓海のだけな」
「あ、ちょっと顔赤くなってる…」
 きっと風邪のせいだと思うけど、いつもは余裕でオレをからかってくるその顔が赤くてなんかちょっと嬉しい。 こんなときじゃないと、いまいち手を伸ばせないっていうか今がチャンスっていうか……ずるいけど普段は照れてる顔もなかなか見ることないから、二人だけの今ならって思うのは間違ってないよな。
「ん……っ、ン……ん、んんん~~~ッは!」
「こら、逃げんな」
「だって、息、苦し……ぃんぁ」
 余計なこと考えてたら伸びてきた手に捕まってしまった。 病人のくせにそんな余裕のキスができるなんて…ちょっと悔しい。唇が熱いのはきっと熱があるせいだって。本当、オレのほうが熱出そう。
「んん、も、もうだめ……」
「……ちぇ」
 なんとか大人しく寝ててもらわないと、看病に来た意味がないのに……。
「じゃあ髪、触ってい?」
「……どうぞ」
 無骨で大きな手が優しく撫でてくれるから触られるの、嫌いじゃないっていうか……むしろ好きで、気持ちいいんだよなあ。 もっと撫でてほしいってやっぱり言えないから、啓介さんから触ってくれるとほっとする。
「んわ、わあぁ何、どこ触ってる…っ」
「キスはしてないだろ」
「ででで、でも、ちょっ…わわ裾めくらないで、あっ舐め、たら、……っ」
「おっ? ……わぷッ」
「や、やっぱりこっち」
 まさか胸を舐められるなんて思ってなかった。油断した。時々予想外の動きをするから困る。ここにいるのは看病のためで、無理させたらいけないんだ……そうそう、そうやって大人しく寝ててほしい。 あーでもいつもはツンツンの髪の毛がくしゃっと寝てるとこなんてほとんど見ることないしちょっとくらいはオレも触ってもいいかな……。

「ん……?」
 ヤバっ。調子に乗って触りすぎた? すごい見られてる……どうしよう……。
「もっと撫でて」
「え、あ、はい……あの……起こしちゃってすみません」
「は?」
「気持ち良さそうに寝てたから、さ、触っても大丈夫かと思ったんですけど」
「え、オレ今寝てた?」
 え、寝てなかったのかよ? 嘘だー。オレ、すげえ恥ずかしいことしちゃったじゃんか。
 うわー本当に、寝てると思って調子に乗ってやりすぎちゃったかも……。
「どこから現実?」
「え?」
「………何でもない」
「わ、ちょっと寝返りはだめですって、あ、しかもこっち側向かないで」
「うるせー」
「啓介さん、この体勢はちょっと……やばいっていうか」
 今のこの体勢、分かっててやってるのかな。だとしたらかなり……やばい。この角度からの啓介さんの顔、超えろい…ってやべー! 余計なことは考えるな、オレのばかー!  だけど膝枕してるのにお腹のほう向かれたらさ、ちょっと男としては……困るって。
「せめて上、向いててください」
「…………センセー、藤原君の竿が耳に当たってまーす」
「ちょ、っと……まじで」
「このまま口でしてやろうか?」
「……っ」
 マジ、ふざけんなよこの人。絶対からかってるだろ。口で、とかちょっと想像しちゃったじゃんか。 鎮まれー、静まれーっ。
「し、しなくていいです」
「でもおまえ、すげー苦しそうじゃん」
「いいから、大人しく寝ててくださいよ。啓介さんこそまた熱上がりますよ」
 そうだよ、そうそう、オレよく言った。相手は病人だ。ダメだな、オレって自分のことばっかり考えちまって反省反省。
「寝たら帰るんだろ」
「…………え、っと」
「わり、今のなし」
 ちょっと何だよ今の。そんな弱気なとこまで見せちゃうものなの、熱って怖え!
「藤原…うつしたらゴメンな」
「ていうか、もともとオレがうつしたんだし…また貰って帰りますよ」
「それはダメ」
 何だよそれ。ていうかさっきあんなに濃厚な……したのに……覚えてないのかな。 あ、起きちゃうのか……ってあ、やっぱり熱出てきたのかな、啓介さんの体熱いよ。
「啓介さん?」
「ごめん、ありがとな。オレもう大丈夫だから。明日も仕事なんだろ」
 帰れってこと? こんな状態で置いて帰れるわけないだろ……変なとこで遠慮するの止めてほしい。
「あ、の……でももう少しだけ、その、迷惑じゃなければ…啓介さんが寝るまではいてもいいですか」
「……何だよ、これもまた夢なわけ? そんなの、嬉しいに決まってるだろ」
 やっぱり熱のせいか、全然視線が定まってないし顔中に浴びる唇もやっぱり熱い。
「治ったらちゃんと気持ちよくすっから……」
「何の話ですか。ほら、もう寝てください」
「うん……おやすみ、拓海」
「……おやすみなさい」

 こんな風に思うの、やっぱり変かもしれないけど……
 かわいいなあ。

2012-06-02

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