絡める指先
「散らかってますけど」
そう言って通される拓海の部屋が散らかっていると感じたことなんて一度もない。隅々まで行き届いているとは言えないが、自分の部屋と比べればはるかに片付いていて、居心地もいい。
ふたりきりで会うのはだいたい啓介の部屋か、たまにはそういうホテルでということもあったが、拓海の部屋にはまだ数えるほどしか入ったことがなかった。
ボロくて壁が薄いからとかオヤジがいるからとかでこの部屋で一緒にいても思う存分いちゃいちゃさせてくれないのも理由のひとつではある。
「わ……っ」
いくら2週間近くお預けを喰らったからと言って部屋に入って早々がっつくなんてみっともないと自分に言い聞かせ、目の前のうなじに齧り付きそうになる欲求を理性で抑えこんでいたはずなのに、どうやらそれは失敗に終わったらしい。
「藤原」
「いきなり、ですか」
照明を点け損ねた拓海が抗議の言葉を口にしている間も、啓介の舌は首筋や耳の裏、耳朶を縦横無尽に這いまわる。
「啓介さん、ちょっと待っ、てくださ……ァッ」
「待てねえ」
赤くなった顔を強引に振り向かせると、忙しなく唇を塞いだ。距離を取ろうとつっぱる腕を首に回させ部屋の真ん中に押し倒し、甘い舌を貪る。
「……っ、は、もう少し、っくり……」
待てよ止めろと色気のない言葉が唇からこぼれ落ちてもそれが上辺だけの抵抗だというのは分かりきっていて、拓海の手はしがみつくように啓介を抱き寄せている。
「ごめん、久しぶりで全然抑え利かねえ」
意識しなくても自然と荒くなる息に、拓海の体がピクリと反応を返す。舌を絡ませ、何度も唇に吸い付いてはすぐに閉じようとする口腔内を舌先で抉じ開ける。
口端から零れる唾液を舐めとり、そのまま首筋や耳元も堪能していると拓海の手がキュッとTシャツの襟を掴んだ。組み敷いた拓海を見下ろすと、目はきつく閉じたまま顔を逸らせた。
「藤原?」
少し汗ばんだ額にはりつく前髪を梳くと、無言のままもどかしげに脚を絡めてくる。
「ンだよ、煽るなよ」
太ももに当たる感触に、ゆっくりと上がる瞼からのぞく視線にそそられる。
ひどくしてしまいそうな余裕のなさを、もしかしたら拓海は見抜いているのかもしれない。
「……啓介さん」
起こした体を引き寄せるように腕に力が込められる。舌打ちをしてまた唇を塞いだ。
拓海の脚を押し開くように腰を入れジーンズ越しに昂りを探り当てると、浮いた膝が大きく跳ねた。それに構わず腰を揺らし、Tシャツの裾から手を忍ばせていく。
ゆっくりと這いあがる指先に合わせて、小刻みに体が揺れる。肌を撫でるように往復して、尖った先端を指先で捏ねる。拓海が必死に堪えていた声が、呆気なく甘さを増して漏れる。
「ん、……っ」
「藤原、舌」
噛み締めている拓海の唇を舌先でつついてねだると、素直に唇を開いて舌を差し出してくる。それを絡み取り口に含みながら、Tシャツの中で指先を突起に押し付けると上擦った声が漏れる。
複数の箇所を同時に責められると拓海の抵抗が緩むことは、これまでの経験によって学習した。あちこちに意識が散らばって、それを繋ぎとめることに必死になるらしいのだ。
感じているなどとは頑として認めたりはしなかったが、啓介の手や舌に翻弄されている拓海の体が何よりも雄弁に語っている。
熱い息が唇を濡らし、口端からは唾液が零れる。
弾力の良い唇にずっと触れていたくて、下唇を食み、舌で上顎をくすぐると喉の奥で絞るような小さな呻き声を上げ、啓介の背中に縋りついてくる。
腰を揺らして昂りを擦り合わせると、拓海が仰け反った拍子に唇が離れ喉元が晒された。考えるまでもなく体が反応し、そこに吸い付き跡を残した。
「ア、ァ……ッ」
片手を下ろしてジーンズ越しに屹立を撫で上げる。すっかり形を変えたソコは窮屈そうに張りつめていた。前立てを寛げて解放してやると、蜜を垂らして喜んでいる。
「やらしーな……」
つい意地悪く囁くと、それまで背中に回っていた手が下りて啓介の怒張をチノパンの上から握り込んだ。
「……ンッ」
思わぬ反撃に声を漏らすと、拓海は得意げな笑みを浮かべてそこを扱き始めた。
「この……っ」
積極的なのは大歓迎だ。けれども良いようにされてやる気にはなれなかった。
苦笑いを浮かべ、主導権を取り戻すべく自ら熱く育ったソコを取り出して直に握らせると、焦ったのか目元をさらに赤く染めて握る力を弱めた。
唇が弧を描き、拓海の耳元で掠れた声で囁いた。
「藤原、もっと強く触って」
「……ぁッ」
このくらい、と言いながら拓海の茎を扱きあげる。びくびくと体を震わせ、啓介の肩口に額を擦りつけてくる。それでも啓介自身を追い立てるように必死に手を動かし、拓海は啓介を、啓介は拓海を刺激し合う。
「啓介さ……ッ」
「は、すげ、イイぜ、拓海……ッ」
「あ、お、……オレ、も……ッ」
くちゅくちゅと音を立てて触れ合う先端から白濁が迸る。お互いの手の中へと欲を吐き出した。
拓海は目を伏せてハアハアと大きく息を吐いている。呼びかけるとゆっくりと顔を上げ、視線が絡まった。
「ん、ふ……、ン」
うっとりと蕩ける表情にたまらず口づけ、出したばかりの前を合わせた。
「んぅ……ッ」
「まだ、イケるよな?」
腰を抱き寄せて擦り付けると零れた精液が粘着質な音を上げる。
それと同時に尻の狭間に指を差し入れて入口を撫でると、敏感なそこは少しの刺激にも面白いほど反応を示す。薄い瞼や鼻先に口づけながら唾液と精液を塗り付けた指を増やして埋めると、拓海は僅かに顔を顰めた。
「痛えか?」
「……だい、じょうぶ、です」
浅い呼吸を繰り返しながら啓介に抱きついて違和感から気を逸らそうとしている。啓介は拓海の体を反してうつ伏せにすると背中から抱きしめた。
膝まで下したジーンズとトランクスはそのままでさらに中に埋める指を増やし、後ろを解していく。目の前にある、リンゴのように真っ赤になった拓海の耳を齧っては舐め上げる。
「は、……あッ」
拓海は無意識のうちに啓介の指から逃れようとベッドに手を伸ばし、布団にしがみついて顔を埋めた。
膝立ちで、ちょうど尻を突き出すような格好になったのをいいことに啓介は埋めていた指を引き抜くと狭い入口へ硬度を取り戻した自身をあてがった。
「や、ぁああ、いや、だ……ッ、啓介さッ」
訴えを無視して押し込むと、拓海はひゅっと息を飲んで小さく悲鳴のような声を上げた。拓海の腰を掴み律動を開始すると、その動きに合わせてギシギシとベッドの軋む音が響く。
「あ、あ、あ」
啓介のリズムで、拓海が喘ぐ。Tシャツに覆われた背中を、布地をめくって背骨に沿って撫で上げる。首の付け根辺りに口づけを落とすと奥がきゅうっと締めつけられた。
「ク……ッ」
耳元で息を漏らす啓介に、拓海は苦しい体勢で振り返りながら涙目でキスをねだる。啓介は腰を打ちつけながら口端を上げると拓海に口づけ、舌を絡めて歯列をなぞる。
「啓介さ……ん、こっち、いや、だ」
苦しそうに息を吐きながら啓介の髪に指先を絡めて肩越しに見上げてくる。拓海の表情は快感と不安がない交ぜになったような、どこか儚げな色を醸し出して啓介は拓海の中でその存在を大きくした。
「あ……ッ」
「けどナカ、すげーうねうねして、食われてるみてえ」
啓介がくい、と腰を揺らすと雁首が内部の一番敏感なところを刺激し、拓海の先端からパタパタと半透明な液が零れた。
濡れそぼったそこを啓介の手が卑猥な音を立てながら扱く。
「ぅ、あ……やだ、啓介さんッ」
カバーが寄ってしわくちゃになるのも構わず、啓介の首に回していた手で再び布団を鷲掴んだ。
固く握った拳に手を重ね、ゆっくりと開かせて指を絡めた。腰の動きを緩め、拓海の背中に胸をぴったりと添わせて赤く染まった耳を愛撫する。
「拓海」
「……は、ぁッ」
「おまえをこんな風にできるのは、オレだけだろ?」
「ア、……あ、たりまえ、ですッ」
「だったら、何でバックが嫌なんだよ。気持ちよくねえ?」
「んぅ……ッ」
掠れた声にビクつき、中の啓介を締めつける。立て続けに耳や首筋を愛撫し答えをねだっても、首を振るばかりで答えようとはしない。
拓海はいつも、後ろから貫かれることを嫌がる。嫌がることはもちろんしたくないし啓介自身も拓海の表情を見ながらするほうが好きだ。
けれどあまりの頑なさと拒絶の言葉を繰り返す拓海に、なぜだか今日は本心が知りたくなった。
拓海が答えるのを渋っている間も、ゆっくりと抜き差しを繰り返しながら耳や背中に舌を這わす。
蜜を垂らす茎からは手を離し、Tシャツの中で胸をまさぐる。
自分の手でこれほどまでに感じて体を震わせているのだから気持ちよくないとは言わせない。
耳と胸と、奥とを同時に責めると絡んでいた指にぎゅっと力が込められた。
「う、あ……ッ、啓介さ、も……ッ」
絶頂を迎えようかというほどに昇りつめた拓海の体をぐい、と抱き起こしそのまま畳に腰を下ろした。
「ああ……ッ!」
膝下に残ったままのジーンズのせいでうまくバランスが取れず、拓海自身の重みも手伝って啓介の熱塊が根本まで突き刺さった。不意に繋がりが深くなり、拓海は声にならない声を上げて白濁を放った。
「イッちまったのか?」
ぐったりと力が抜けて啓介にもたれかかる拓海を支えながら、耳元で囁く。まだ硬度が残る拓海の芯を擦ると拓海は体を震わせ、啓介の手を濡らした。
「も……い、やだ、離し……ッ」
力の入らない手で啓介の手を払いのけようとする拓海から啓介は自身を引き抜き、畳に押し倒すとそのまま覆いかぶさって唇を塞ぐ。
器用に足でジーンズを脱がせると膝を抱え上げて胸につくほど折り曲げた。
「いやとか言うなよ。さすがに傷つく」
拗ねたように言うと拓海の目が揺らめいた。じっと見上げてくる視線に煽られ、すっかり啓介の形に解れた拓海の奥に再び楔を打ち込み、肌がぶつかる音が響くほど激しく揺さぶった。
荒い息と衣擦れの音の中、声を堪えて手を伸ばしてくる拓海に応えて指を絡め、深く口づける。
「ふぅ……、うッ、……ぇすけさ、……んッ」
縋りつくように抱き寄せられ、胸が軋んだ。関節が白くなるほどに手を握り合ったままキスを繰り返し、ゆっくりと唇を離すと唾液が伝う。
潤んだ目がまっすぐに啓介を捕らえ、掠れた声で名前を呼んだ。熱い舌にがむしゃらに吸い付いては獣のように腰を振り、拓海の中へと熱を注ぎ込んだ。
「……後ろからされんの、好きじゃねえ?」
熱を出しきってなお拓海の中に自身を埋めたまま唇を啄ばみ、離さないと言わんばかりに拓海の腰を抱き寄せる。濡れた唇を拓海の指先が遠慮がちに拭っていく。
啓介の視線に耐えきれなかったのか、きゅっと唇を閉じて目を伏せた。
「好きじゃねえって言うなら、無理にはしねーけど」
なかなか答えない拓海をじっと見つめる。
身動ぎをすれば下肢からぐちゅりと音が鳴り、そのたびに拓海の睫毛が小さく揺れる。
「……怒りませんか」
ぽつりと零した言葉に頷いた。口元にある拓海の手を取り、指先に口づけて先を促す。
拓海はしばらくの間ウンウンと唸ってから、観念したように口を開いた。
「……あの、まずは、前からのが安心できるっつーか……ちゃんと、オレで気持ちよくなってくれてんの見たい、ってのと」
嬉しい言葉を言ってくれる拓海に感動を覚えつつ、ぼそぼそと小声で白状する拓海の顔がどんどんと赤みを増していくのを見ながら抱きしめたい衝動をぐっと堪えて続きを待つ。
「あと……啓介さんが、さ、最中にすげー名前呼ぶ、から、耳元でそうされるとヤバいっていうか」
すげー照れる、と拓海が言い終える前に啓介は両手で自分の顔を隠した。
「ちょ、何それ、オレそんな? うわー、すげぇはずいじゃん、何だよそれマジかよ、オレどんだけだよ」
指の隙間から拓海を覗いてはあーだのうーだの呻いては見るものの、無意識だったことを告げられて居たたまれなくなった。
「あの、とりあえず……抜いてくれませんか」
恥ずかしさに黙りこくった啓介に申し訳なさそうな声がかかる。
「無理」
啓介は開き直ったように思い切って顔を上げ、ばっさりと言葉を返した。
「なんで……あッ」
「オレも、藤原がオレで気持ちよくなってくれてるとこ、もっとちゃんとじっくり見てーな」
「そんなん、見なくていいですッ」
拓海は顔を引きつらせて肩を押し返してくるが、意に介さずその手を取ると指を絡めた。
「け、啓介さん……も、無理ですって、ンッ」
唇が触れ合うだけで、体の芯に熱が灯っていくのが分かる。キスで言葉を遮り、腰をグラインドさせてみる。ぐちゅぐちゅと音を立て、繋がっているその隙間から中でかき回された液体が零れ出る。
その感触にびくりと体を跳ねさせた拓海の背に腕を回して抱き起こすと、勢いのままベッドへと倒れ込んだ。
「もっと……見たい。見せろよ」
「そん、なこと……言われても」
「――なあ。本当にマジで嫌なら、無理にはしねーけど」
止める気はないくせにそんなことを囁き、絡めた手を口元に寄せて指の先に歯を立てる。
拓海が答えを出せない間にも中に埋まった啓介が形を変えていく。
「啓介さん、タフすぎるんですよ……」
絡めた手をきゅっと握り返した拓海の答えに笑みを浮かべ、ゆっくりと、深く口づけた。
2012-05-25
back