罰ゲーム
「うそだろ? ぜってー納得できねえ!」
「なんでもいいって言ったじゃないですか」
「だからってそんなんナシだろ」
「そんなこと言われても、賭けは賭けです」
誰が持ってきたのか、携帯ラジオから流れるナイター中継を聴きながら拓海は啓介と言い争っている。
両チームから1人バッターを指名し、その選手がホームランを打てば勝ち。
両名がホームランを打った場合やどちらも打てなかった場合はその日の成績により勝負が決する。負けたほうは、勝者の命令をひとつだけ聞くという単純明快なルール。
言いだしっぺは啓介だった。その勝負に今夜は拓海が勝ったのだ。
連日負け続けた拓海は啓介にベッドの中でいろいろ恥ずかしい言葉を言わされたり信じられない格好をさせられたりと辱められていた。
その屈辱に僅かでも報いたかった。
「だからって、そりゃないぜ藤原ぁ」
「と、とにかく、啓介さんが言いだした勝負ですから」
情けない声を出してしなだれかかる啓介にびしっと言い捨て、セッティングが続くハチロクの元へと足を進める。その場に残された啓介は1号車に力なく背を預けた。
「……一週間お触り禁止とかマジ残酷」
呟いた言葉を偶然耳が拾った史浩は手に持っていた遠征先の資料をその場で盛大に撒き散らした。
「これでちょっとは懲りてくれるといいんだけど」
ハチロクが見える場所まで来るとその場にしゃがみこんで抱えた膝に顔を埋める。
自分としても喜んでこんな提案をしたいわけじゃない。
けれど、いくら賭けに負けたからと言っても苦手なことを半ば強制的にやらされ続けるのは耐えられない。せっかく勝負に勝ったのだから、啓介にも同じように苦痛を感じさせてやりたかった。
拓海に比べたらスキンシップが過剰な啓介のことだ。多少の効果はあってもいいはずだ。
もっと触りたいとか、中が気持ち良いとか、とんでもないことを耳元で囁かれるのをとりあえず1週間は避けられる。
あの声は危険だから思い出さないようにと気をつけていたのに、意識すればするほど息遣いまでもがリアルに蘇ってくる。
雑念を振り払うように頭を振って耳を塞いだ。
プラクティス終了後、いつもなら啓介が拓海を誘ってふたりの時間を作るのだが、今夜は必然的に甘い雰囲気になるその時間をどうやって耐えぬこうか啓介は頭を悩ませていた。
触れられないなら帰るという拗ねた態度を取ってもよかったが、そうなるとふたりきりになれる時間が普段よりさらに減ってしまうことは明白で、体が目当てなどと思われるほうが啓介には問題だった。
湖畔に車を並べ、石垣に寄りかかってただ何気ない話をしているとまるでただの友達だ。最初は警戒するようにぎこちなかった拓海も、啓介が手を出してこないと分かるとリラックスした表情に変わる。
たまに見せる無防備な笑顔に何度襲いかかりそうになったか、当の拓海はそんな啓介の苦労を全く気にも留めずに会話を楽しんでいた。
あっという間に時間は過ぎて、そろそろ帰りましょうと腰を上げてハチロクのドアに手をかけた拓海に、啓介は両手をジーンズのポケットにしっかりとつっこんだまま触れるだけのキスをした。
「あ……っ」
「触ってねえんだから……これくらい許せよ」
何度も触れては吸い付いて、挙句舌まで絡みついてくる。だけど確かに啓介の手はポケットの中に入れられたままだ。
キスを受けながら横目で様子をうかがうと腕にはくっきりと筋が浮いていて、拓海を今にも抱き締めそうになるその手を必死で押さえつけているのが分かる。
やられた、と思いながら拓海もお触り禁止と言い渡したからには自分から啓介に手を伸ばすのは気が引けて、同じようにポケットの中で拳を握りしめて噛みつくようなキスを返した。
いつもなら自分の体を抱きしめる腕がない。しがみつく背中がない。あの熱い体温に触れられないことが物足りないと感じるなんて、これではどちらが賭けに負けたか分からない。
振り切るように体を離し、そそくさとハチロクに乗り込んだ。
平日は多忙を極め、週末も仕事のしわ寄せでプラクティスに参加することができず、結局あの賭けの日から3週間が経ち、その間は一度も啓介と会うことができなかった。
あんなことを言ってみたものの、会えないのであればお触り禁止の命令も必要なかったなと小さくため息をつくとギアを入れ、ゆっくりとハチロクを発進させる。
今夜は赤城でプラクティスとミーティングがある。仕事が終わってからの参加のために少し遅れてしまうものの、久しぶりの赤城に、何より啓介の走りが見られることにワクワクしている。
プロジェクトが始動してからの啓介の成長は目を見張るものがある。過去の勝利など霞んで消えてしまうほどの勢いに、敵じゃなくてよかったなんて情けないことまで考える。
ただでさえ先を見据えて進む啓介の背中を追いかけているような心境で、うかうかしていると追いつけないところまで行ってしまいそうで、自然とアクセルを踏む足に力が入っていく。
ダブルエースとして肩を並べている意地もある。これ以上置いて行かれるわけにはいかない。
赤城について真っ先に涼介の元へ駆け寄り、松本とセッティングについてを話し合い、あとはとにかく飛び出して時間が許す限り走り込むだけだ。
暗闇の向こうから浮かびあがるヘッドライトと独特のロータリーサウンド。考えなくても啓介と分かる。
こうやってすれ違うときはいつも空気がビリビリと震え、自分を奮い立たせる啓介の走りはいつだって拓海の心臓を鷲掴む。互いの表情は見えなくてもきっと同じ場所を見ている。
バックミラーからすぐに消えてしまうテールランプを見送り目の前のコーナーを攻めていく。ハチロクの状態も上々で地元ではない峠を走ることで気付くことや見えてくることもある。
啓介の背中を追っているようで、自分との闘いでもあると確認できる。イメージではない生身の啓介が操るFDの走りにとてつもない刺激を受けていることも。
予定より早めに切り上げられたプラクティスに少し惜しい気もしたが、この後はミーティングの予定が入っているのでそれも仕方ない。
最後のチェックが入るハチロクを遠目に眺めながらペットボトルのキャップを開ける。
「藤原、てめー久しぶりじゃねえかこんにゃろッ」
水分が喉を通ったところで大きな体が勢いよくぶつかってくる。
「ぶっ」
咽ながら涙目で振り返ると熱い体が覆いかぶさってくる。
「うわ、ちょ……わああ、く、るし……っ」
ぎゅうぎゅうと体を抱きしめてくるのはもちろん啓介で、背骨が折れそうなほどきつく抱き込まれてしまう。
周りのメンバーはただふざけ合っていると思っているのか誰も気に留める様子もなく、唯一ケンタだけは拓海を刺すように睨んでいた。
その視線に居たたまれなさを感じつつもペットボトルの中身がこぼれないようにするのが精いっぱいで、首筋で大きく呼吸を繰り返す啓介に思うように抵抗できない。
「この匂い……本物の藤原だ……」
拓海にだけ聞こえる声で呟いた言葉にぎょっとして、慌てて身を捩って体を離した。何だよという顔を見せる啓介から目を逸らす。
「あ、……暑いからやめてください」
誤魔化すように言いながらペットボトルのふたを閉める。ボトルを持っていた拓海の手首を啓介の手が掴み、反射的に顔を上げるとふたりの時にだけ見せる顔で拓海を見つめている。
それ以上は何も言えなくなって、手を振り払うこともできずにただ触れ合っているそこに視線を移した。
「なあこの後……来いよな」
啓介の指先に力が入る。手の甲を親指がゆっくりと撫でていく。自分の肌の上で指が動くさまをじっと見たまま小声で啓介に問いかける。
「この後……?」
「ミーティング」
「あ、ああ、はい、行きます」
思わせぶりな言い方だと内心毒づきながら答えた直後、啓介の顔がすぐ傍まで寄ってくる。
咄嗟に後ずさりつつも見上げると掴まれている手首を引き寄せられ、薄っすらと口角を上げた顔は耳元へ近づいて見えなくなった。
啓介の肩越しに、撤収作業をしている松本やまだパソコンに向かっている涼介の姿が視界に入る。
離れなければと思うのに、啓介の息遣いを感じてしまうと思うように足が動かない。鼓膜に直接注ぎ込まれる低く掠れた声が、拓海の体を跳ねさせる。
「……の後」
「えっ」
ちゅっと軽い音を立てて唇が離れていく。
「絶対来いよな」
そこだけはわざとらしく大きな声に出して踵を返すと涼介の元へと行ってしまった。
その場にひとり残された拓海は顔を赤くしたまま立ち尽くし、近づいてきたケンタが口を尖らせて何かを訴えているような気がしたけれど何も耳に入ってこなかった。
「ん……っ、ぁ……は、……あッ」
ミーティングが終われば拉致同然に啓介の部屋に連れ込まれ、着いてすぐに唇を奪われた。舌が絡み、上顎をなぞる啓介の舌先に睫毛が震える。
抱き寄せようとした手を取られて指が絡むと上下の唇を交互に吸われ、じりじりと足を進めて来る啓介に逆らえずベッドに倒れ込んだ。
「ぁ……、啓介さ……ッ」
絡みあった手はそのままシーツに縫いとめられ、さらに深く口づけられる。触れ合っているのは唇と両手だけで、拓海の体を跨いだまま膝で体を支える啓介の重みを感じることができない。
封じられた両手からは啓介の熱がありありと伝わってくるのに、唇が離れると体の間に冷たい風が吹いたように距離を感じる。啓介はキスをするとき、いつも拓海の体を抱きしめていた。
なのになぜ、今日はそうしてくれないのか。いつものように抱きしめてほしいとは言えなくて、口を開いてもうまく言葉が出てこない。物足りない。
そう言いたいのに開いた唇の隙間からまた舌が入りこんで思考を遮る。
「ん……、……ふッ」
指を振りほどこうとしてもそれを許してもらえず、キスは深くなるばかりで体の中心は次第に熱を帯びていく。
「……ッ、啓、介さん」
荒い息の合間に名前を呼ぶと、どうした、と吐息で答えて視線を合わせる。
「……なんで」
重みが足りない。熱が足りない。
言いたい言葉はたくさんあるのに、ただその顔を見つめることしかできない。
「暑いから……ヤなんだろ?」
意地悪そうに笑みを浮かべ、拓海の震える唇を食む。カッとなって思わずその唇に噛みついた。
「イテッ」
「ひでーよ啓介さん」
あんまりだ。いじわるが過ぎる。峠の、あの場ではああ言うしかなかったことは啓介にも分かっているはずなのに。
じわりと浮かぶ涙を必死に堪えて睨みつけると、目の前の体を押し退けてベッドから起き上がる。
「オレ帰ります」
気付かれないように手早く目元をぬぐってドアに向かうと、強い力で引き止められた。
「藤原……ッ」
追ってきた啓介に背中から抱き込まれ、頬にかかる息は荒く乱れている。息が詰まるほどきつく抱きしめられると足が止まり、鼻孔をくすぐる啓介の香りに眩暈を覚えた。
促されるまま腕の中で振り返り、その背に腕を回すとさらに強い力で抱きしめられる。
「藤原がお触り禁止とかひでーこと言うからだろ」
咎めるような口調に、思わず反論する。
「も、もとはと言えば啓介さんがオレに……その……いろいろ言わせようとするからでしょう」
「おまえの口から聞きたかったんだよ、分かれよ」
「そ……んなこと言われても」
「おまえに触れねえとか、考えるだけでも嫌だ」
拓海の体を抱きしめる手がTシャツの裾から入り込み、直に肌を撫でさする。
反射的に啓介の手から逃れようと体を離すと、首筋に吸い付いて鎖骨に甘く噛みつくと、舌が這いあがって唇を塞ぐ。
「んぅ……ッ」
するりと下りた手がジーンズ越しに拓海の芯に触れ、象るように指先がそこをなぞっていく。もどかしく甘い痺れに膝が震え、啓介の肩に腕を回して抱きついた。
「……ンな体で帰ろうとしてたのかよ」
熱い吐息で頬が濡れる。ちらつく舌に吸い付いて腰を押し付けるように脚を絡めると、ベッドに連れ戻されて裸に剥かれた。
「……ァ、けぇすけさ……んッ」
胸の突起も中心で震える茎も啓介の舌と手を素直に受け入れ喜んでいる。
「オレがイくまで我慢できたら、今日は1回で我慢してやろうか?」
奥をほぐす3本目の指を入れながら掠れた声で囁き、耳の中を舌が蠢く。答えられずに嬌声だけを上げていると小さな入口を啓介の先端でつつかれ擦られながら、それでもなお焦らされる。
「な……どうして欲しい?」
何も言わなくても、こんな状態になっているんだから分かってほしいと涙目で睨んでみても、効果はないらしい。
啓介こそ辛そうに顔をしかめているのになかなか拓海が望むものを与えようとしない。入りそうで入ってこない啓介の熱塊が入口を往復するたびに互いの先走りで湿った音が響き、
ぱくぱくと収縮を繰り返すそこを指の腹でくすぐりながら舌舐めずりで拓海の震える体を見下ろしている。視線だけで抱かれている気分になって肌が焼けるように熱い。
「ぁ、や……も……は、……ゃく」
膝を立てて自ら尻たぶを掴み割り開いて招き入れるように腰をくねらせて誘うと、滾る熱が体の奥に遠慮なく押し入ってくる。
「は、……ッ、拓海……すげ、えろ……」
ピリピリとした痛みを堪え圧迫感に耐えながら大きく息を吐いて、目の前にある啓介の顔中にキスの雨を降らす。
「啓介さ……あ、……好……です」
戸惑ったように動きが鈍くなる啓介を抱き寄せて顔を隠しながら、ぎゅっと目を閉じて繰り返す。
「……す……き、です」
「たく……ッ」
言葉を遮るように啓介の耳を甘噛みし柔らかい部分を口に含んだ。
小さく呻いた啓介の体が震え、奥に注がれる熱を感じる。
「お……まえ、それ……」
先に果ててしまうことがほとんどないせいか、体を起して拓海をのぞき込む啓介の顔は真っ赤になっている。
拓海はそれ以上に紅潮した顔を片手で隠しながら荒い息を飲んで、見上げながら微笑んだ。
「オレの勝ちですね」
「……って、……わざとかよクソ」
反則だぜとぼやいてがっくりと肩を落とし、それでも果てたその部分はまだ拓海の中に埋まったままでその硬度は変わらない。
「けど……うそじゃないです」
絶対にもうしませんけど、と加えながら視線を逸らせて呟いた。啓介は拓海の肩に頭を乗せると、まだ達していない拓海の茎に手を伸ばして扱き始めた。
「ぁ……んんッ」
「藤原、おまえはヒデーやつだ」
「ひぁ……ッ」
限界ギリギリのところまで来ていた拓海も不意打ちの愛撫に敏感になった体がすぐに反応を示し、啓介の舌に口内を蹂躙されながら手の中に白濁を放った。
乱れた呼吸の合間に絶えず口づけられる。
「けど……すげースキ」
その言葉に笑みを返して覆いかぶさる体を抱きしめ、啓介の重みと熱を両手いっぱいに包み込んだ。
荒い息が整い始めたころ、再び啓介がゆっくりと体を動かし始めた。
「ぅあ……ッ」
油断というより、すっかり安心しきっていたところに与えられる甘い刺激に体が反応してしまう。
「け、啓介さん、まさか」
一度で我慢してくれると言ったのに。そう言いたげに見上げる拓海の腰を抱えて空いた隙間にクッションを差し込んだ。
「ごめん、やっぱ1回だけとか無理」
素直に告げて、だけど返事を待たずに腰を打ちつけてくる。キスで反論を遮られ、組み敷かれた体は抵抗するどころか喜びのしるしを示し始める。
突っぱねようとする腕は意思に反して啓介の体を抱き寄せ、動かないでとせがむように巻きつけた脚を取られてさらに深い場所を抉られる。
「あぁ、あ……ッ、はぁ、啓介さんッ」
「藤原……ッ」
何度も名前を呼んで耳元で好きだと繰り返す息が熱くて、身をよじれば体勢を変えて拓海の深くに入ろうとする。耳たぶを這う舌に肩を竦めるとその肩口に唇を落として肌を啄ばむ。
「中、きゅってなった……」
「なってな……ぁあッ」
一層強く穿たれ、角度によっては啓介の茎が敏感な腺を擦り上げる。
その部分を集中して刺激されるとあられもない声が止まらず、さらに啓介を締めつける。
繋がった部分から蕩け合ってひとつになる感覚に溺れ、啓介の肌に飛沫を放つとほぼ同時に拓海の中へと欲が注がれた。
「……ッ、はぁ……ん、……ふ……ぅ」
薄く開いたままの唇を合わせこぼれた唾液を舐めとると、啓介は拓海の中から自身を引き抜いた。引き抜かれた刺激に声が漏れ、顎が上がって首筋を晒す。
離れがたいそこに吸い付いて跡を残し、体を起こすと拓海の隣に横たわる。
「……おまえってけっこう策士なとこあるよな」
「…………そんなことないです」
髪を梳く長い指を感じながら、小さく笑って目を閉じる。結局、どんな策を巡らせても強行突破されれば意味がない。
啓介のことに関しては先まわりして行動を読むこともできなければ、予想外の動きに瞬時に対応できるだけの余裕もない。
「つーかさ……」
ぎし、とスプリングが鳴いて啓介の香りが濃くなると、唇が重なってゆっくりと離れた。
「もう1回言って」
「え……?」
目を開けるとすぐ傍に啓介の顔があり、指先で拓海の唇をなぞっている。
「何をですか」
とぼけたふりをしてみても、啓介の求めるものはすぐに理解していた。
体は金縛りにあったように固まって、期待が溢れる眼差しから視線を逸らすことができずに数回瞬きを繰り返す。
「うそじゃねえんだろ」
「う……」
もちろんうそではない。
だけど改めて言われると妙に気恥ずかしいものがある。
「も、もうしないって言った」
「言わないとは言ってなかっただろ」
ずばりと言われ、確かにそうだったと記憶をたどる。
唸りながら言い渋っていると、啓介は小さくため息をついて拓海の胸の上に頭を乗せた。心臓の音がダイレクトに伝わるのかと思うと余計に早鐘を打つ。
「そりゃいろいろ言わせたいのも本当だけどさ。言ってほしい言葉ってあるだろ」
拗ねて甘えたような声で言いながら、ピンと指先で乳首を弾いて舌を這わす。
「……ッ」
悪戯を仕掛ける啓介がエスカレートしないよう早々に降参だと告げると、ガバッと体を起して拓海をのぞきこんでくる。
「…………あ、の」
言うよ。言うけど、じっとまっすぐ見つめられたらすごく照れくさくて言いにくい。
手を伸ばして啓介を抱き寄せると、さっきと同じように形の良い耳たぶを唇で挟む。
背中に回る啓介の腕の熱を感じ、目を閉じる。沸騰しそうな自分の顔の熱さに今にものぼせそうだ。
「す……、…………き、です」
たっぷりの間で消えそうなほどの掠れ声で告げると、啓介は小さくオレも、と答えた。そして。
「……やべー……オレ耳弱かったかな。すげぇムラッときた」
「な……っ、うわ、ちょ……1回で我慢するってうそだったんですかッ」
そもそもそれはすでに反故にされているけれど。
だからこそさすがにこれ以上はないだろうとタカをくくっていたのが悪かったのかもしれない。
啓介の言葉を持ち出して抗議してみたら、腕から逃げ出そうと仰け反る拓海の顎に口づけながら枕元の時計を手に取ってみせた。
「……もう日付変わった」
「……あんたね」
すぐばれるウソを持ち出してまで啓介が欲しがってくれているということが嬉しいなんて重症だな、と自分に毒づき、
それでもその視線や触れ合っている肌の温度を渇望していたことも事実で、啓介の顔を見れば抵抗してみせたところで強行突破されるのだろうということは想像に難くない。
拓海は観念したように溜息をついて、力を抜くとおとなしく啓介の腕の中に収まった。
策士はどっちだという拓海の言葉は、蕩けるような啓介の舌に絡め取られた。
2012-02-07
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