ハグの日

 カーテンの隙間から差し込む陽の光を瞼の向こうに感じ、深く沈みこんでいた意識はゆっくりと覚醒してくる。
 目を開けた拓海はだるい体を持ち上げながら辺りを見渡した。 部屋の主である啓介はいつから起きていたのか、隣で雑誌に目を落としていた。
 無言のまま触れるだけのキスを交わし、ベッドから脚を下ろして部屋の中を一巡りしてみても、昨夜引ん剥かれたはずの服はジーンズ以外は見当たらず、相変わらず散らかったままの物を避けながらベッドの中の啓介に声をかける。
「……啓介さん」
「んー?」
「オレの服どこですか」
「洗濯機」
「は?」
「だから、洗濯してる」
「え……ッ」
「だっておまえ、我慢しろって言うのに出しちまうから濡れちまってぐしょぐしょでべたべたで」
「わっ、わああああー!」
 自分の痴態を思い出し、慌てて駆け寄って啓介の口を塞いだ。その手を掴まれ、ベッドへと連れ戻された。
「乾くまで帰れねえんだからゆっくりしてようぜ」
 ぎゅう、と腕の中に抱き込まれ、反射的に啓介の背に腕を回していた。 さらりとした素肌に浮きあがる筋肉を指先で辿りながら心臓の音を聴いていたら、拓海の髪を撫でながら「そういや、今日何の日か知ってるか?」と問いかけてくる。
「え……いえ、分からないです」
 啓介は上半身こそ何も身につけていないが、下はハーフパンツを穿いている。拓海は今日が何の日かということよりも自分だけ真っ裸という状況に改めて羞恥を覚え、啓介の腕の中で顔を上げた。
「あの、せめて何か着るもの貸してください」
「えー、いいじゃんこのままで」
「ちょ、どこ触って……ッ」
 啓介の指先が埋まったそこから、甘い刺激が広がっていくように手の先、足の先に痺れが走る。
「まだ結構……ほぐれたままなんだな」
「あ、あんたがあんなにする、から……ッ」
 肩口に頭を擦りつけながら、これ以上はたまらないと啓介の手を制する。頬が熱く、耳を食む啓介の唇にぴくりと体が跳ねあがった。
「このままシていい?」
 吐息混じりに囁かれ、思わず受け入れてしまいそうになる自分を律して首を振る。
「や、……いや、だ」
「体辛いか?」
 心配そうに声をかける啓介に、ゆっくりと頷いた。
「……い、入れんのは、いやだけど、その」
 恥ずかしさに耐え、顔を隠すようにぐいぐいと啓介の体を抱きしめる。
「分かった」
 フッと笑みを浮かべた後、リップ音をさせながら拓海の肌の上を踊る啓介の唇が、きつく結ばれた拓海の唇に触れる。 啓介は目も唇もしっかりと閉じてガチガチに固まっている拓海の手を取りゆっくりと開いて指を絡めた。
「拓海」
 甘い声で呼びかけられ、観念したように啓介と視線を合わせた。 まっすぐに向けられる切れ長の目が、逸らされることなく拓海を捕らえている。啓介とどれだけ肌を重ねた関係であっても、まだこの視線に慣れそうにない。
 じっと見つめ合いながら、この至近距離では自分の心臓の音が啓介に聞こえてしまうのではないかと思うと気が気ではなかった。 啓介の頬に手を伸ばし、指先で形の良い唇に触れると、腰に回された手がゆっくりと拓海の体を引き寄せる。
「啓介さん……」
 沈黙に耐えきれず、拓海は自分から啓介に口づけた。 待ちかねたように舌を捕らえられ、キスをしながら仰向けになった啓介の上に跨がされる。昨夜も何度もこんな格好をさせられたと思考の端に浮かんだ光景を追いやろうとぎゅっと目を閉じた。
「は、……っ、あ、ん、ンン……」
 角度を変えて何度も深く絡まる舌に応え、息が上がるのも構わず啓介の舌を口腔内に招き入れる。裸の背を撫でる啓介の手のひらが拓海の体に熱を灯す。 ハーフパンツ越しに下肢に当たる啓介の陰茎も同じようにじわりと硬度を持ち始めているのを感じながら、わざとそこに自分のものを擦りつけるように腰をくねらせた。
「ッ、は」
 小さくても啓介が反応を示したことが嬉しくて、思わず啓介の着衣を脚から抜き去り、何度も押し付けていた。
「は……煽ってンの?」
「あ、啓介さ……ッ」
 尻を掴まれより一層押し付け合わされたふたりのそこが完全に勃ちきると、啓介は体を起こし拓海と向かい合わせになってベッドに座った。 明るい場所で見る啓介のものも先走りの液体でぬらぬらと光り、それがいつも自分の中に入ってくるのだと思うと心なしか緊張が高まる。 大きな手が屹立を包むと上擦った声が漏れ、仰け反った喉元に啓介の舌が這う。啓介の肩に腕を回して体を支えながら、唇を重ねた。
「んん、ふ……っぁ」
 前を弄られているのに、拓海の体はどこか物足りなさを感じていた。まさかそんなはずはないと自分が信じられないのに自然と腰が揺れ、気付けば啓介の体をきつく抱きしめていた。
「お、……い藤原、そんなに抱きつかれると動けねえよ」
「啓介さん、それ、い、い……て」
 口にした言葉に啓介は瞠目したが、拓海自身が一番驚いていた。
「入れんのやだって言ったじゃん」
 肩に口づけながら、少しだけ不満そうな声を出す啓介にしがみつく。
「あ、……いい、から」
 啓介の耳元で消えそうな声で囁いて、ねだるようにキスで唇を塞いだ。そんな拓海を前に、我慢ができる啓介ではなかった。
「クソ、おまえがいいって言ったんだからな」
 啓介の脚を跨いで膝立ちになった拓海の尻の狭間に、啓介はジェルを塗りつけた指を埋めていく。
「ん、……っく」
「藤原、そのまま腰下ろせるか?」
 何度も出し入れを繰り返し中を拡げようと蠢く啓介の指が抜かれ、息を詰めていた拓海に優しく口づけながら啓介が先端で入口を突くと、拓海は小刻みに震えながらも体が覚えている快感に誘われるようにゆっくりと腰を下ろしていく。
「あ、……ぅッ」
 息を吐いて圧迫感をやり過ごし、少しずつ進んでは止まって、啓介を飲み込んでいく。全部が納まると、拓海は一度大きく深呼吸をした。
「すげー……熱いな」
 耳たぶを舐り、首筋にも舌を這わせながら啓介は時折拓海を突き上げる。 そのたびに拓海の吐息が熱を帯びていく。汗を浮かべながら啓介の背に腕を回し、目の前にある啓介の唇を食む。揺すられた拍子に唇が離れ、腹の間で擦れる茎を扱かれると何も考えられなくなってしまう。 ギシギシと鳴き声を上げるスプリングに膝を立て、内壁を擦る啓介の熱塊から逃げようと無意識に腰を上げる体を熱い腕が引き戻す。根元まで突き入れられ、舌を絡め取られ、揺さぶられて追い上げられていく。
「あ、あ、けぇすけさん、オレもうやば、い」
「うん、オレも……ッ」
 啓介は勢いのまま拓海を押し倒してキスをすると、腰を掴んで活塞を速めていった。 拓海は啓介の刻むリズムに合わせて自身を扱き、ふたりほぼ同時に限界を迎えた。腹の上に吐きだした白濁は薄く、肌を伝い落ちてシーツに染みを作った。啓介はそれを一向に構わず拓海を見下ろして前髪を梳いた。
「今日、何の日か知ってるか?」
 まだ呼吸の整わない啓介を惚けたまま見つめる拓海にもう一度同じ質問をし、拓海は首を横に振った。
「8月9日」
 啓介は枕元のティッシュに手を伸ばしながら日付けだけを口にして、拓海は自分の腹を拭うのをぼんやりと見つめていた。
「……はち、きゅう……あ、やきゅうの日?」
「それも間違いじゃねえけど」
 ん、と拓海に向かって両手を広げた。つられて拓海も両手を広げると、啓介ががばっと覆いかぶさってきた。
「わっ」
 ぎゅうぎゅうと体を締めつける啓介の腕に息苦しさを訴えると、力を緩めて顔を覗きこんでくる。
「ハグの日なんだってよ」
 笑顔でそう言うと、もう一度拓海の体を抱きしめる。
「え、ハグって」
 啓介の勢いに押されて言葉をつなげない拓海の首筋や耳元、頬に触れるだけのキスを繰り返し、薄く開いたままの唇まで辿りつくと隙間から舌が差し込まれた。
「あ、あの、けぇすけさ……」
 拓海の言葉を遮るように舌を絡め、背中に回していた手をゆっくりと下ろして腰や太腿を撫でている。上顎や頬の内側を舌先でくすぐられると、敏感になった体はぴくりと震える。 拓海は力の入らない手を啓介の首に回したまま、蕩けそうな視線を啓介に送った。
「ッ、藤原」
「んぁ……ッ、啓介さ……も、無理ですこれ以上した、らっ」
 拓海の中に入ったままだった啓介が力を取り戻しつつあるのを感じながら、このままではやばいと啓介の下から這い出そうとするのを遮るように揺さぶられて、思考が飛びそうになる。
「それだめ、です、抜い、てくださ……ッ」
「入れてって言ったろ」
 掠れた声が鼓膜を震わせ、啓介は腰を進めてさらに奥へと侵入してくる。
「あッ、啓介さん」
「藤原ン中ぎゅーってなってハグされてるみてー」
「な、何言ってんですか恥ずかしいッ」
 真っ赤になった顔を隠そうともがく拓海を見ながら楽しそうに揺れる体を、悔し紛れに力いっぱい抱きしめた。

2012-08-09

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