はかりごと
ああ暇だ。
いつも眠そうだと言われる顔だが、今は本当に退屈で脳内は眠気と理性が小競合い中だ。
目の前の啓介が人の家に押しかけておいてひたすらに携帯電話と格闘しているからだ。
着信音はひっきりなしでやりとりは終息を迎える気配もなく、暇を持て余して見たくもないバラエティ番組を垂れ流していたが内容はまったく頭に入ってこない。
大きなあくびをして、右から左に聞き流されていくテレビの中の笑い声を強制的に切った。畳に横になり、新聞なんかを手に取ったりしている。うつ伏せになって小さな字を目で追っているとすぐに睡魔がやってくる。
顔だけ振り返っても啓介は手の中の機械とにらめっこを続けていた。拓海はひとつため息をついてついには眠る体勢に入った。文太が渋々ながらやっと許可を出したこたつは温かくて気持ちいいのだ。
こたつで眠ってはいけないと口酸っぱく言われていてもやはりこの誘惑に勝てそうにはなかった。
「っし、これでオッケー……って、あ!」
啓介が気がついたのは拓海が健やかな眠りに落ちそうになっていた寸前のタイミングだった。
慌てたように声を掛けながら肩を揺すってくる啓介に、不機嫌を装ってその手を振り払った。
「ごめんって、悪かったよ藤原。な、こっち向けって」
啓介は心地良いこたつのぬくもりから抜け出して上から拓海の顔を覗きこんでくる。拓海が反応するまでゆさゆさと体を揺さぶるつもりだ。
知らんふりをして笑いをこらえているのも限界が来て思わず吹き出していた。啓介はそんな様子にほっとしたように笑って拓海が起きるのを手伝った。拓海は行儀悪くテーブルに顎を乗せ、両手はこたつ布団の中に入れ込んだ。
「明日の夜さ、高校んときの友達とちょっとした同窓会みたいなことやるんだよ。それの連絡でちょっと手間取ってさ。ほったらかしてごめんな。帰れとか言うなよな」
啓介は元の位置に戻ると聞いてもいないのに事情を説明し始めた。まるで浮気を疑われているみたいな態度に思えておかしかった。拓海は頭を横に振って口端をわずかに上げた。
啓介は背中を屈めて拓海の頬にキスをした。こたつの熱のせいでいつもより赤みを増したそこは少し冷たい唇の温度を敏感に伝えてきた。照れくさくてむすっと唇を突き出すと啓介はついでと言わんばかりにそこにも口づけてきた。
拓海はたまらず冷たいテーブルに額を擦りつけて顔を隠す。ぎゅっと目を閉じると耳まで熱くなってきた。啓介は拓海の耳朶を指先で弄んでいる。
片側の頬をテーブルにつけて啓介を見上げると、啓介は手の甲に顎を乗せてぐっと距離を詰めてくる。間近で見る啓介の長い睫毛が頬に影を落としていた。
「同窓会って何人くらい来るんですか?」
見つめ合う時間に耐えきれずそんなことを口にした。大して気になっていたわけではないのに、それ以外に気の利いた話題を見つけられなかった。
「十数人くらいかな。この時期だいたい就職とか決まってくるからけっこう大所帯になっちまってさ。店探すの手伝ってた」
「ふぅん」
普段の会話から察するに性別問わずたくさんの友達がいるようで、人の輪の中心にいるような印象の啓介だから、きっと参加人数も膨れたのではないかとぼんやりとした頭で考えていた。
夜ということはきっと酒も入るのだろう。幹事のようなことを苦にせずやってのける啓介を素直にすごいと思った。啓介はピックアップしたが候補から外れた店を何軒か教えてくれて、今度行ってみようなどと言って笑っている。
きっと遠足を楽しみにして前の夜は眠れない小学生だったに違いない。
「就職と言えば藤原も来年には先輩になるんだろ。仕事とか教えるの苦手そうだよな」
図星を突かれ、拓海は悔しくて啓介とは反対側に顔を向けた。
「あっ、コラ藤原」
仕事を教えることもそうだが、素直に気持ちを伝えることだって苦手だ。人をほったらかして携帯電話をいじってばかりいた啓介に、正直なところ多少の不満があったってそれをうまく伝えることができない。
冗談めかして咎めることだってできないのだ。そんな拓海の気持ちもお構いなしに、こたつから出た啓介が拓海の背後に腰を下ろして抱きしめてくる。
「はー。あったけえ」
ほとんどこたつ布団に入れていないが当の本人は気にも留めない。腰に回った手と肩に乗せられた顎に胸を高鳴らせながら、平静を装う。啓介が強引に振り向かせるから、苦しい体勢ながら上半身を捻ってキスに応える。
指の背で頬を撫でられ、ぞくりと肩が震えた。バランスを崩して倒れそうになる体を抱きすくめられれば自然とキスが深くなった。少しだけ濃厚なキスのあと、啓介は吐息がかかる距離で拓海の顔を見下ろした。
いつも余裕ぶった表情でいることが多い啓介だが、今は息が上がって頬の赤みも増している。拓海が照れくさくて視線をそらすと啓介は小さく笑って触れるだけのキスをした。
「こたつっていいよな。オレも買おうかな」
「……あの部屋のどこに置くんですか」
「んー。じゃあこたつ置ける部屋借りて引っ越す。藤原も一緒に住めばイチャイチャし放題だな」
これだから金持ちは。
そんな思いを抱きつつ、背中にぴったりとくっついてくる啓介の体温と他愛無い会話が心地良くて、啓介のキスとのんきな発言に小さくささくれ立った気持ちも簡単に和む。なんて単純なんだと心の中で自嘲した。
「おい、聞いてる? オレけっこうマジなんだけど。アニキの目もおまえの親父さんも気にしなくていいんだぜ」
拓海は薄く笑って啓介の腕の中でゆっくりと振り返り、正面に向き合った。言い分を取り合わないことが不満なのか唇を突き出している啓介に構わず、その切れ長の目を見つめたまま膝から内腿へと手のひらを滑らせていく。
「ふ、……藤原?」
呼びかけられて一瞬手が止まったが、うつむいてぎゅっと唇を引き結んでさらに手を進めていった。
啓介の案は一理ある。誰の目も気にせずにいられるなら啓介に触り放題だ。文太が飲みに出たら朝まで帰ってこないといっても気まぐれな父親のことだ。いつ帰宅するともわからない。
自分でも大胆なことをしている自覚はあるが、生唾を飲むような音が聞こえて羞恥心が煽られていく。
「あの、部屋、いきますか。ここより寒いと思うけど」
「いい、のか? 明日仕事って」
「だから、その、……手とか、でよければ」
固まった啓介の唇に、拓海は顎を上げてそっと口づけた。答えを促すつもりで、だけど本当は否の返事を聞くのが怖かったからだ。
さすがに居間で事に及ぶことは避けたいという思いもある。それと同時に、啓介が聞けば怒りにまかせてめちゃくちゃにされそうな恐れもあるが、明日の夜に何も間違いが起こったりしないようにという、いうなれば策略だ。
こんな小細工をしなくても啓介が拓海を裏切ることはないだろうが、自分の醜い嫉妬心も啓介の熱で溶かしてほしかった。
目を閉じて少し顔を傾げて啓介の唇を吸い、応えてくれるまで何度も繰り返した。拓海から触れたがることがそうないせいか、啓介は固まったままだ。
まるで焦らされているような気になって、とどめとばかりに啓介の左手をぎゅっと握った。その手を握り返され、それと同時にカチッとこたつの電源を切る音が聞こえて目を開けると、欲を含ませた目つきの啓介がそこにいた。
その眼に見つめられ、体の芯が熱くなるのを感じた。
「ほんとは部屋までだって待てねえけど、藤原からのお誘いだから我慢してやる」
そんな台詞に呆気にとられて口が開いたままになってしまった拓海は、笑いがこぼれそうになる寸前ですかさず舌を絡め取られ、啓介の全開走行のようなキスにすぐさま翻弄されていった。
2015年11月頃
啓拓の楽園KT FESTIVAL ONLINE に掲載していただいた作品です。 back