Mark

些細なことまで気になってしまうのは、自信がないせい。
どうかしてる。
自分でも分かってる。

でも止められない。

どうか赦して。
この小さなしるしを。

「あれ、啓介さん首の後ろのとこ赤くなってますけど…どうかしたんですか」

他意も悪意もなく、純粋な質問をぶつけるケンタの発言に実のところ動揺していた啓介だが
煙草をくわえて誤魔化しながら口元を押さえて平静を装う。

「さあ。怪我した覚えはねえけど…虫刺されかもな」

半分ほど残っていた煙草を携帯灰皿にもみ消しながら腰を上げると大きく伸びをしてその場を離れる。
着いてこようとするケンタを制して足を進める先は、小さな悪戯を仕掛けた可愛い恋人のところ。
調整中のハチロクから少し離れたところでいつものようにぼんやりとした目を向けて手際良く作業を進める松本を見ているらしい。
そんなところにまで妬けてしまう自分に苦笑しながらずんずんと距離を詰める。

「藤原、よくもヤッテくれたな」

近づいてくるのに気付いてもその場から離れる理由を特に見つけられず、惹きつけられた目はそこから離せず口の端を上げてニヤリと悪い笑顔で迫ってくる啓介にあっさりと捕まってしまった。
触れられた二の腕が焼けつくように熱い。
顔が赤くなるような青くなるような、そんな複雑な気持ちが押し寄せて地面に視線を移した。

「な、何のことですか」
「おまえにしちゃ考えたよなあ、首の後ろなんて」
「……………」

こういう少しばかりボリュームを落とした声音にも弱いことを知っていて、わざと囁くような声を投げてくる。
啓介が言わんとすることに気付いて、ばれてしまった気まずさに何も答えられなくなる。
思いのほか落ち込んでしまった拓海を見て薄く笑った啓介は掴んだ腕を放すと一歩踏み込んで拓海のすぐ傍に並んだ。

「責めてるわけじゃねえし、別にいいんだけどな、どこにアト付けてくれても」

からかうように小声で囁かれるとまた何も言えなくて、意味もなく靴紐を視線でなぞったりしている。
ふと隣の空気が揺れて、耳元に寄せられた唇から零れる言葉にさらに体が固まっていく。

「でも…今日も帰してやれねえな」

ついでにと言わんばかりに軽く耳朶を舐められた。
ほんの一瞬の接触。
セッティングが終わった合図に手を上げて答えながらFDのもとへと戻っていく後姿を見送ったあと、震える手でパンッと乾いた音を立てて自分の太ももを叩くと、動揺を打ち消すようにハチロクの元へと駆けていく。

「あれ、藤原どうした。うなじの辺りが結構赤くなってるけど…虫にでも刺されたのか?」

いざシートに乗り込もうというときに松本から掛けられた言葉。
拓海は慌てて首の後ろを隠すように手で覆う。

「あ、そ、そうみたいです…ね」

信じられない。
いつの間に付けられてたんだろうか。
自分がつけたのとまったく同じ場所に、同じような紅いしるし。
昨夜は自分だけが起きていると思ったのに。だからいつもはしないような行動に出たっていうのに。
恨めしげに視線をやると、ばれたかと唇だけで言いながら悪戯っぽい顔を見せている。

ばか。

同じように唇だけで呟いてシートに潜り込むとステアを握る腕に火照った顔を伏せる。
気付いてしまえば首の後ろが気になって仕方ない。

くすぐったいような、焼けつくような…。

2012-04-02

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