はちみつ

うだるような暑さにもともと少ないやる気も底を尽きて
繁忙期の物量は暑さとともに気力も体力も奪っていく。
部屋に帰ればベッドに倒れこむ毎日。
電話もメールもろくにできない自分に怒りをあらわにはしないけど
きっと不満が募っている頃だろうとぼんやり思う。

ベッドにうつ伏せたまま手さぐりで携帯を取り出し、
同じ名前で埋まった着信履歴から発信ボタンを押す。
なかなか出てくれないのに未練がましく切れなくて
コールされ続ける規則的な音が子守唄にさえ聞こえてくる。
まぶたが下りてきて、もう意識が途切れそうだというところまで来て
不意に耳馴染みの良い、優しい声が鼓膜に届く。

「藤原?」
「…啓介さん……アイス、食いたい…」

目が覚めたら部屋の中に真っ赤な顔をした啓介がいる。
照れてるんじゃなくて、走ってきて息が上がって頬が紅潮した感じだ。
闇夜に響くロータリーエンジンの音も、階段を駆け上がる音も聞こえなかった。
電話は耳元に置いたままで、完全に眠りに落ちてしまっていたらしい。

「…な、んで…」
「アイス、食いたいっつったろ」
「え…?」

だからってこんな夜中に、わざわざ買ってきてくれたというのか。
差し出す手をすり抜けて、体温の上がった体に抱きついた。
体勢を崩した啓介が畳に転がり、そのまま上にかぶさった。

「おまえがそんなワガママ言うの、変だと思ったんだけど」

ゆっくりと頭を撫でながら、ぽつりとこぼす。

「アイスなんか…口実なんかなくてもよかったのにな」

きつく、力いっぱい抱きしめられる。
頬に押し付けられる鎖骨の痛みさえ恋しかった。

「会えねえの、もう限界だった…」

欲しかった。
自分を見つめるこの甘い熱が。

うだる暑さもまとわりつく湿気もなにも構わない。
触れた肌は汗で滑り、クーラーなんてない暑い部屋で
ただ熱を分け合う。

寄せた唇の間にアイスが割り込んできて、舌を遮る。
一瞬だけ眉をしかめて、その冷えた先を舐めるとはちみつの味がする。
啓介の目を見ながら咥えて吸って、口内で溶けるそれを喉に流し込む。
向かい側では当然のように啓介の舌がそこを舐め上げ、
互いの吐く息と熱でとろりと溶けだす。
アイス越しに唇も舌も触れて、滴り落ちるのも構わず舐め続ける。
甘い甘い、はちみつとバニラ。

とけて、まざる。
ひとつに、なる。

2012-08-03

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