悪い男

最近は部屋がずいぶんと片付けられていて、
居場所を作ってもらえているようで、嬉しさを感じる。
今まではベッドの上しか座れる場所がなかったのに見えている床の面積が増えて、
ベッドを背もたれに床に座ることができるようになった。
今では定位置になった場所に腰を下ろすと、啓介が強引にベッドと拓海の間に体を入れ、
まるでバケットシートのように脚の間に閉じ込められる。
腰に回された手は熱く、首筋に触れる毛がくすぐったい。
こういう仕草は甘えられているようで嬉しい。
だけど照れくさい空気をどうにかしたくてテーブルにあるCDのケースを手に取った。

「け、啓介さんって洋楽好きですよね。英語分かるんですか?」
「いや、あんま分かんねえ。感覚っつーかだいたいの雰囲気」
「じゃあ…今かかってるのはどんなカンジの歌なんですか?」

その問いに返事はなく、下から伸びて来た啓介の指が頬を撫で、顎を掬う。
苦しい体勢で振り向かされた拓海の目をじっと見つめて、囁いた。

まぎれもなく愛なんだ
こんな気持ちは初めてなんだ
オレはおまえの一番になりたい

熱っぽく紡がれる言葉にすっかり固まった拓海に、啓介はそっと口づける。
反射的に目を閉じたが、唇はすぐに離れてしまった。
間近で見つめるその目に捕らえられ、動けない。

「昨日よりも愛してる」

はっきりと言葉で言われたのは初めてで、体に火が灯ったように熱を持つ。

「…とまあ、こんな感じ」

おちゃらけたような仕草で拓海の両腕を掴むようにバシンと叩く。
体のこわばりが解けて我に返ると、一気に顔が赤く染まり上がる。
真剣な目で言うから、うっかり自分に向かって言われたのだと勘違いしそうになった。
自分も、だなんて言わずにいてよかったと心底ほっとした。
咄嗟に体を離して背中を向け、持っていた歌詞カードに目を落とす。
英語なんてさっぱりでも、それ以外に恥ずかしさをやり過ごす術がない。

「え、あっ、ああなるほどー恋愛の歌なんですね」

どの曲かも分からず歌詞カードをペラペラとめくりながら、驚くほど棒読みで答えると
愛を囁いたその声で、耳をくすぐってくる。

「この曲作ったやつの気持ちは分かるよ」
「…………ッ」
「すげぇ、――…分かる」

じわじわと、拓海の体を抱きこむ腕に力がこもって体温が伝染する。
耳を侵す声が舌に変わって、啓介の指先は肩に食い込むほど力強い。

「マジで、さ…」
「けい…」
「…こんな気持ちになったの…拓海だけだぜ」
「…ッ、オ…レも」

自分を抱きしめるその腕に顔を埋め、聞こえないほどの声で呟いた。

2012-09-03

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