帰り道
啓介さんが「カレーが食いたい」なんて言うから、
男二人でスーパーマーケットになんか来てたりして。
楽しそうにジャガイモ見つめてる姿、子連れのお母さんたちが見惚れちゃってるよ。
だいたい夕方はどの店も混むと思うんだけど「ほとんど来ねえ」から知らなかったらしい。
陳列された野菜を手にとっては戻す姿を、買い物カゴを片手に後ろから眺めながらついて歩く。
必要なものだけをカゴに入れていると先を歩く啓介さんに追いついて、
振り向きざまに見せる笑顔に思わずカゴを落としそうになってしまった。
「藤原んちのカレーってどんな?」
「うちはフツーですよ」
「牛肉?」
「うーん…日によって違います」
「今日は?」
「啓介さんの好きなのでいいですよ」
その答えに嬉しそうに微笑んで、自分では決して買わない高そうなお肉をカゴに入れた。
躊躇のない動きに苦笑しながら、また歩き始める啓介さんを後ろから眺める。
お菓子コーナーで真剣に悩んでみたり、アルコールの棚の前では缶から瓶まで買い揃えようとしたり、
普段からは想像できない表情に、こっちの顔も緩みまくりでかなわない。
しゃがみこんで次々にお菓子を手に取り、また違う商品に手を伸ばそうとしたそのとき。
「コラ、けーすけ!」
横を走り抜けた少年をたしなめるような母親の声に、思わず顔を見合わせた。
「けーすけだって」
「…んだよ」
「いえ、別に。もういいでしょう、帰りますよ」
「ちょっと待て、あとこれだけ」
そう言って両手いっぱいのお菓子やデザートをカゴに放り込んだ。
一気に重量を増したカゴを両手で持ち直してレジに並ぶ。
「車で来ればよかったんじゃねえ?」
「FDのリアシート、荷物乗せられないじゃないですか」
「こんくらい乗るだろ、さすがに」
「啓介さんにもひとつ持ってもらうから大丈夫ですよ」
三つのビニール袋を下げて、すっかり日が落ちて薄暗くなった商店街を二人で歩く。
やっぱり少し後ろから、盗み見るように背中を眺める。
「なんで後ろ?」
「え、あ…」
立ち止まって振り返った顔が真剣で、思わず心臓が高鳴った。
両手に提げた袋を握り直し、無言のまま隣に並んで、ビニール袋一つ分の距離を取ってまた歩き出す。
ガサガサと音がして、右手に持っていた袋は啓介さんに移って、代わりに大きな手を握らされた。
「なに…」
「暗いし、分かんねーだろ」
つられて足を踏み出すと、見上げた視線の先に耳の先まで赤くなった啓介さんの横顔がある。
そんな顔をされたら、無碍に振りほどけなくなってしまう。
「あ、あのオレが荷物持ちますから」
「いいよ、こんくらい」
「けど…」
手を離してもらう理由が欲しいのに、分かっているのかはぐらかされる。
「じゃ啓介って呼んでみ?」
「は?」
もう一度立ち止まって、期待を込めた顔を近づけてくる。
そんな笑顔で見ないでほしい。
「今度はちゃんと、オレを呼んで。それなら離してやってもいいぜ」
「こ、こっ…このままでいいですッ」
「あ、おい、なんだよ藤原ぁ」
ずんずんと進む背中に届く面白がるような声を無視して、大きな手を引いて歩く。
家はもう、すぐそこだ。
2012-11-07
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