何でもない一日

プロジェクト関連だけでなくても、週末は家を空けることが多くなっている。
今日もその例にもれず、昼間から啓介に呼び出されたところだった。
あいにくの雨で出歩く気になれず、部屋で映画でも観るかという話になって
啓介がよく利用するというレンタルビデオ店に来ている。

少し古めの作品が並んだ棚の前で拓海が難しい顔をして立っていると
新作コーナーから数本の映画を手に取り啓介が戻ってきた。

「藤原、何借りるか決まったかあ?」
「あ、まだ…」
「迷ってんならどっちも借りれば?」

当たり前のように口にする言葉に苦笑いを浮かべる。

「もしかしたらそのうちテレビでやるんじゃないかと思うと…」
「……ぶはッ」

吹き出して、拓海が悩んで睨みつけていた二本を躊躇なくケースから取りだした。

「テレビでやってるの観れるとは限らねえだろ」
「はあ…」

そう言われれば、確かにそうだ。
手に持っていたビデオをカゴへと放り込むと、啓介はさらに物色を続けている。

「まだ借りるんですか?」
「んー」

生返事のままパッケージの裏を流し読みしては棚に戻すという作業を繰り返す。
それを隣に並んで眺めながら、どんどんと真剣な顔つきになっていく啓介の袖を引っ張る。

「そんなに借りて、今日で全部観るつもりですか」

ミーティングも何もないたまの休日で、せっかく二人で過ごせるのに
映画観賞だけで一日が終わるのはもったいないような気がしてそんな風に言ってみる。

「…んなわけねえじゃん」

拓海の気持ちを見透かしたような笑顔で答え、
くしゃと前髪をかき上げてくる啓介の大きな手に頬が赤く染まる。
そっと顔を近づけて、啓介が小声で尋ねた。

「ついでにエロビでも借りてくか?」
「…ッ、いりません!」

すぐ傍にある啓介の体を押し退け、腕を取ってカウンターへと引っ張って行く。
耳まで真っ赤になった拓海を後ろから眺めながら、啓介はたまらず笑みを深くした。

借りて来た中から一本を選んでセットすると、リビングのソファへと隣り合って腰掛けた。
思いのほか啓介のすぐ近くに座ってしまったのを少しだけ後悔しながら、
できるだけ画面に集中しようと意識を向ける。
テンポよく進んでいく字幕を必死に目で追っているとこの洋画シリーズではお決まりの、
主人公と美女との濃厚なラブシーンに突入した。
そういえば父親と一緒にテレビで観たとき気まずかったという記憶が蘇る。
思い出して照れくさくなって画面から目を離すと、ソファのスプリングが軋んだ。
啓介のコロンの香りが強くなって、肩に回された腕に緊張が高まった。

「み、観ないんですか…」
「………何照れてんの?」
「照れてなんか」

ないとは言えず、口を噤んだ。
引き寄せられ、ますます距離が近くなる。
意地でも啓介を見ないでいようと膝の上で両手を握りしめてじっと耐えている。
そんな拓海に悪戯を仕掛けるように唇を寄せ、こめかみや頬に口づける。
いつの間にか体は背もたれに押し付けられ、圧し掛かる啓介で画面は見えなくなった。

「啓介さん、見えないです」
「映画観るより…したくなった」

まるで許しを請うように指先で頬を撫で、優しく甘いキスをする。
窓に激しく打ちつける雨の音に、手を伸ばした拓海の声はかき消された。

2012-03-20

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