とりこ
ジャラジャラとコインが流れる音や、ボタンを連打する音、
歓声を上げる人や悲鳴のような声、ゲーム開始のファンファーレ。
機械的な音の波に埋もれる中、しなやかに素早く伸びた腕から
風を切る音が聞こえた気がした。
ドスンと鈍い衝撃音がして、囲うように並んだライトがぐるぐると回って
けたたましく派手でどこか間抜けな効果音が鳴り響く。
「久しぶりだし、こんなもんだろ」
「マジかよ、今日の最高得点って出てますよ」
「ま、昔ちょっと齧ったんでね」
「…ボクシング? 喧嘩?」
グローブを器用に外しながら何とも言えない笑顔だけで答え、
迷いなくその場を後にする。
慌てて背中を追いかけ、隣に並んだ。
ジャブもフックもストレートも、アッパーカットだって
もしかしなくてもこの人は繰り出せるのだろうか。
細く引き締まった腕はもう何度も見慣れているはずなのに、
シャツに隠れて見えないそこを意識してしまう。
ふいに肩を組まれ、近づいた顔を見上げるとその視線の先には
レースゲームのコーナーがある。
どのシートも埋まっていて、仲間同士なのだろうはしゃぐ声が聞こえる。
「出ようぜ」
「え…?」
「あれ見てっとうずうずしてきた」
その言葉に思わず噴き出した。
「メシのあと、ドライブ付き合わねえ?」
疑問形の言葉なのに、顔を見ればもうそれは決定事項のようだ。
毎日毎晩、もうずっと体の一部になるほど一緒にいるはずなのに、
どれだけ乗っても乗り足りないのは自分も同じで。
駐車場に並べたそれぞれの愛機に乗り込んで、エンジンに火を入れた。
無駄のない動きで切れのある右ストレートを繰り出した腕が、
今は自分を優しく包んでいる。
もうすっかり馴染んだ豆腐屋の二階で抱擁とキスを受けながら、
シャツに隠れたままの腕に視線を落とし、ゆっくりと手を添えた。
2012-06-14
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