フルムーン

秋名山の、早朝に待ち伏せたあの場所で車を停める。
窓を開けたままエンジンを切って、シートベルトを外すと藤原もオレに続いた。
夜と思えないぐらいに月明かりが辺りを照らして、星なんて一つも見えやしない。

「…そういえば昔、狼男の映画観ましたよ」

窓から夜空に浮かぶ満月を見上げながらそんなことを言う。
そんな藤原を、オレは黙って見つめた。

「…なんか変ですか?」

少し照れた顔で笑って、頬を掻くクセが出る。
その手を取ってぐっと近づくと、藤原は顔を赤くして少しだけ体を強張らせた。

「なあ、藤原」
「はい」
「キスしていいか?」
「な、んでそんなこと聞くんですか」
「いいから、ハイかイエスで答えろ」
「…ってどっちも同じじゃないですか」

そりゃあそうだろ。断るなんて、許さない。
握ったままの指先に口づけながら、視線を送る。
藤原の顔はどんどん赤みが増していって、困ったように視線が彷徨う。
伏せた睫毛の影が頬に落ちて、尖らせた唇が少しだけ震えた。

「…のに」
「え?」

パーカーの胸倉を掴んだ藤原に引き寄せられて、
気付けばオレのほうが襲われていた。
ぎこちなく合わされた唇は固く閉じたままで、
ついでにいつも眠たげな目もギュッと閉じられている。

「…オレより藤原のが狼だな」
「あ、啓介さ…っ、ン」

顎に指を添えれば自然と口が開く。
すかさず舌を滑り込ませて、藤原のそれを絡め取った。
藤原の息が乱れるまで甘い味を楽しんで、弱いところを何度も舐る。

「ン、は、もう…やめ、ぁ」
「逃げンな」

逸らそうとする顔を両手で包んで、さらに追い詰める。

「啓介さ、ん、…っ」

こやって息継ぎのたびに名前を呼ばれると、腰にクる。
実はわざとなんじゃないかと疑ってんだけど残念ながらそうじゃない。
どこかでまだ理性が残ってて、オレを止めようとしてるらしい。
だけどオレのことだけしか考えられなくしたいから、
どれだけ名前を呼ばれたって止めてやれない。

「あ、あ、ばか、啓介さ…っ」

今日はキスだけで帰してやろうと思ってたのは本当だけど
押し戻そうとする手がかわいくねえ。
シートに押し付けて、藤原の股間に手を伸ばしたらしっかり主張し始めている。
藤原が見せる、あんたのせいだって顔が、すげえそそる。
自分だってしっかり勃ちあがってしまってるのに。

「悪いけど、車の中じゃヤらねえ主義だから」

耳元で囁くと、赤い顔で睨み上げてくる。
煽るような視線を浴びて、いよいよやばくなってきた。
名残惜しいが余韻だけを残して体を離し、零れた唾液を拭ってセルを回す。

「場所変える」
「え、い…今から?」
「このままじゃお互い辛いよな」

舌舐めずりをしたオレの顔を見るなり思いっきり顔を逸らせた。
藤原は震える体を自分の腕で抱きしめながら、
オレの言葉の意味を理解したのかゴクリと唾を飲み込んだ。

「信じらんね…っ」
「答えはハイかイエスでって言っただろ」

だって今夜は満月だ。
狼にだって何にだってなってやる。

2012-09-21

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