ホットチョコレート
「いつまで意地を張るつもりですか」
「…るせ」
ぷいと顔を背けて、だけど背中を丸めてコタツにうずくまる。
拓海はマグカップを手に台所を出ると、啓介の向かいに腰を下ろした。
小さな音を立てて置かれたマグカップを、啓介は視線だけで盗み見る。
「冷めますよ」
言いながら、こぶし一つ分、カップを啓介に寄せる。
視線をたどると、無残に放り投げられた空き箱が二つ、畳の上に転がっている。
男所帯には不釣り合いな、可愛らしい色のリボンと包装紙もぐしゃぐしゃの状態だ。
「いらないんですか」
不機嫌そうに口を尖らせる啓介の顔を、じっと見つめる。
「なんでオレが、お前がもらったチョコ食わなきゃなんねーんだよ」
事の始まりはほんの数十分前だ。
バレンタインデーの今日、アポなしで拓海の家に押しかけてきた啓介は、
珍しく台所に立っている拓海に詰め寄った。
明らかにバレンタイン用のチョコの箱が置いてあったのを目ざとく見つけたからだ。
仕事で疲れていたとはいえ、啓介の図々しさにカチンと来てしまったのも事実で。
もらったんですよ、と意味ありげに言ってしまったのだ。
機嫌なんてすぐに直ると思っていたのに、今回はちょっと尾を引いている。
「啓介さん」
本当は自分で買ってきたものだなんて、今さら言ったところで信じるだろうか?
立ち上がり、啓介の背中に回って後ろから抱きついた。
「…なに、してんだよ」
「冷めちゃいますよ」
「だからいらねーって…」
「オレからの、って言ってもですか」
「えっ…」
振り返ろうとする啓介を押さえつけ、抱きしめる腕に力をこめる。
マグカップの中身はホットチョコレート。
仕事中にラジオで聞いた作り方を何とか思い出しながら、初めて作ってみたものだ。
啓介と会う予定はなかったから、ためしに自分で飲んでみようと思っていたのに。
「だから、それ、オレからのだって言ってんですよ」
「だっておまえさっきは」
「あ、あんたが当たり前のようにチョコもらいに来たとか言うから」
「…本当に?」
心地良い声が、背中越しに伝わってくる。
胸の前に回した手に、啓介の手が重なった。
かすかに頷くと、啓介は机の上にぽつんと置かれたマグカップを手に取った。
「……甘ぇ」
啓介は嬉しそうな笑顔で振り向いて、マグカップを拓海に差し出した。
受け取って一口含むと、チョコの甘さが広がった。
思ったより上出来だったともう一口飲めば、啓介にカップを奪われる。
「オレんだろ」
「…いらないって言ったくせに」
今度は拓海が唇を尖らせる。
啓介は慌てたように拓海の体を抱きしめた。
「おまえ、けっこういい性格してるよな」
「それはお互い様じゃないですか」
啓介は笑いながら、甘くて優しいキスをした。
2014-02-14
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