もう遅い
啓介から二人分くらい離れた場所で、拓海はバンにもたれていた。
手に持っているペットボトルは拓海が最近よく飲んでいる炭酸飲料だ。
よほど気に入ってるのだろうと思いながら、そんな些細なことに気づく自分に驚きもした。
「好きなんですよ」
ふいに聞こえた台詞に、啓介は持っていた缶コーヒーを落としかけた。
ゆっくりと頭を拓海の方に向け、拓海が手に持っているペットボトルを指さしてみた。
拓海もゆっくりと啓介を見て、首を小さく横に振った。
沈黙が続き、啓介は自分が生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる気がした。
まさかと思いながら指していた指先を自分のほうへ向けてみた。
拓海はさっと頬を染めて同じように小さく頷いた。
啓介は驚きに満ちた顔で拓海に向き直り、気持ちを落ち着かせるように大きく息を吐く。
拓海はペースを崩さずに炭酸飲料を口に含んだ。甘い香りが風に乗って届く。
啓介は大きく一歩踏み出し、拓海のすぐ隣に移動した。
無機質な白い塊とガラスの境目に手をかけ、ぐっと顔を寄せると拓海は面白いほど赤くなった。
「返事が必要?」
「え?」
「それとも言いたかっただけか?」
「…聞かなくても分かってます」
「ずいぶん消極的なんだな」
「…か、考えてくれるっていうんですか」
気づかれないと思っているのか、ペットボトルを持つ手がかすかに震えている。
蓋の部分を指先でなぞって、そのまま赤い唇に触れてみた。
ぎゅっと眉を寄せるせいで、涙を堪えているように見えた。
平静を装いきれないその若さも、体の芯を熱くさせるあの走りも、これでは淡々と告白してきた男と同一人物とは思えない。
「考えるまでもねえよ」
「そ、…そう、ですか。あの、近い…」
「オレも好きだぜ」
言いながら軽く口づけると、拓海は焦ってバランスを崩し、尻もちをついた。
啓介はバンの側面に両手をかけたまま閉じ込めるように拓海の前にしゃがみ、赤くなった頬にもキスをした。
「や、あのちょっと待って、啓介さ…っ」
「待たねえよ」
余裕のない切羽詰まった声が出たが、拓海はそれ以上に逃げ場を失っている。
啓介から距離を取ろうとつっぱる腕をつかんで、固く握られた拳を開いて指を絡めた。
「晴れて両想いじゃん。嬉しくねーの?」
「いや、そういうことじゃなく、て…やっぱりここじゃっ」
「残念。もう遅い」
抱き込んで優しく舌を差し込めば、甘い香りが淡く広がった。
2015-06-27
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