わがまま
「いつまで見てるんですか」
「飽きるまで」
顔を綻ばせながら啓介は拓海を見つめたままそう答えた。
拓海は手に持っていた遠征先の資料で顔を隠すが、啓介がそれを阻む。
「もう、見るなってば」
「いいだろ」
埒があかないやりとりに、拓海はベッドの上で膝立ちになって両手で啓介の目を覆った。
何すんだと不満を漏らす顔まで嬉しそうで、胸の奥がくすぐったい。
ちゅ、っと薄く開いた唇に自分のそれを押し付けた。
笑みを作っていた口元はゆっくりと真剣な表情へと変わっていった。
拓海は啓介から離れ、もう一度資料に目を落とした。
啓介は追ってくるでなく、拓海の隣で窓の外に視線をやっている。
静かな部屋に、窓の外から生活音が微かに入り込んでくる。
肩は触れたまま、啓介は何もしゃべらない。拓海もじっと沈黙を守っている。
それが自然で、苦痛でなく、ごく身近な日常に感じた。
鳥の鳴き声が遠ざかっていったあと、拓海は紙の束を隅へ押しやった。
じっと待ってみても、啓介は動かない。
沈黙は苦でないが、察してほしいこともある。
指先でさらに資料を遠ざけてみても、素知らぬ様子で窓の外を見つめたままだ。
「こっち、見ろよな」
「見るなって言ったの藤原だろ」
どこか嬉しそうな声で肩を揺らす啓介のパーカーの袖を引く。
一瞬固まってゆっくり振り返った顔は真剣で、その眼には熱がこもっている。
照れくささにたまらず、覆いかぶさってくる啓介の背中に腕を回した。
2015-10-07
back