星に願わなくとも
『あ、藤原? 今大丈夫か?』
「はい」
『勉強どーだ?』
目の前に広げた教科書とノートから視線を上げた。
期末試験なんてなくなればいいのにとぼやくと啓介は声を上げて笑った。
『明日が最終日だっけ?』
「そうです。数学と日本史と…あと現代文」
『懐かしッ』
拓海は椅子から立ち上がり、扇風機の前に腰を下ろした。
汗ばむ体に風が心地良い。
「啓介さんは何してるんですか」
『寝ようと思っておまえから借りた本読んでた』
「何スかそれ」
『けど余計目冴えちまってさ、どうしてくれんだよ』
「オレのせいじゃねーし」
くすくすと耳元で零れる笑い声に自然と頬が緩んだ。
得意でも好きでもない勉強時間の合間の、ささやかな休息だ。
それをさりげなく与えてくれる啓介の気持ちが嬉しかった。
『今年で最後なんだから記念に頑張っとけよ』
「何の記念ですか…」
『テスト終わったら美味いもん食いに連れてってやるからさ』
「約束ですよ」
『おう。期待していいぜ』
「啓介さんのほうが楽しみにしてるみたいです」
『まぁな。早く会いてぇもん』
からかうつもりが、さらりとそう言われて顔から火が出そうになった。
急に黙り込んだ拓海に、電話口の向こうで啓介がフッと笑った。
『終わったら好きなだけ遊んでやるから、最後まで気抜くなよ』
「分かってますよ」
唇を尖らせて答えながら窓辺に立ち、カーテンを開けて夜空を見上げた。
部屋や外灯の明かりでわずかしか見えない星がちらちらと瞬いている。
「あ、流れ星」
『藤原がもっと甘えてくれますように! ついでにいい点とれますように』
「そっちがついでですか」
内容はともかく反応が速いのはさすがというべきなのか。
もう十分甘えさせてもらっていると思うが啓介には物足りないらしい。
『藤原はなんか願い事ねーの?』
「うーん…今はとくに」
『早くテスト終われってか』
「まぁそんな感じです」
『夢がねーなぁ』
楽しそうに笑う啓介の声に拓海は知らず指先で頬を掻く。
望んだものは、願うまでもなくこの瞬間に与えられている。
そう言ったら啓介はどんな顔をするだろうか。
『じゃあまた明日な』
「はい、おやすみなさい」
訪れた静寂に小さなため息をつき、古めかしい扇風機を机の近くに移動する。
ノートに目を落とせばミミズが這ったような字に苦笑う。
それを消しゴムで消しながら、明日はどうやって甘えてやろうかと考えていた。
2016-07-07
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