消毒
どうも藤原が落ち込んでいるようだ。
ちょっと不機嫌な空気もはらんでいる。
ここまで感情が分かりやすいのも珍しい。
「何かあったのか?」
「別に何もないです」
「そうは見えねーけど」
膝を抱えて顔を伏せる藤原の肩を抱き寄せて髪にキスすると、しぶしぶといった感じで顔を上げた。
「笑いませんか?」
「笑わねえ」
望まれるまま約束したら、藤原は諦めたように大きくため息をついた。
「今日、会社の都合で東京の支店に行ったんですよ、電車で」
「ああ」
「電車の中めちゃめちゃ混んでて、それで……」
「それで?」
「…ちかんに」
「間違われたのか?」
「じゃなくて……、その、された…んです」
「は?」
「スーツ着てたのにすげーカッコわりぃけど」
藤原の一言にオレは頭に血が上って、それでも怒りを堪えようと思いっきり歯ぎしりした。
笑うどころか、とても心穏やかに聞いてられない話だ。
何も言わないオレを不思議に思ったのか、藤原はためらいに満ちた顔で遠慮がちに見上げてきた。そしてオレの目つきで察したらしい。
「あの、あ、いや、そもそもオレの勘違いかもしれないです、本当に…一瞬だったんで」
「どんな奴だった? 探し出して社会的に抹殺してやる」
久しぶりに地を這うような声が出た。
藤原は慌ててオレを止めようと膝立ちになった。
「何で啓介さんがそんなに怒ってるんですかっ」
「オレの藤原に勝手に触ったんだ。怒るに決まってるだろ」
「オレのって」
「違わねーだろ」
「…違わねーです」
恥ずかしそうに呟くその一言に、怒りとは別のスイッチが入った。
「どこだ? 気持ち悪いとこ、消毒してやる」
「へ? うわ…っ、ンンッ」
今夜はとことん、藤原を甘やかして蕩けさせて癒してやることにする。
2021-04-14
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