抱きしめたい
たぶん、わざとじゃないと思うんだよな。
啓介さん完全に寝てるっぽいし、オレがちょっと体を動かしても起きる気配ないし。だけど、だからってそんながっちり抱きつかれたら目が冴えちまうじゃん。
寝返りをうって背中を向けてみると、さらに抱きしめてくる腕に力が入ってこれじゃあますます眠れそうにない。
目を開けて辺りを見渡してみれば、暗い部屋の中でもいたるところに啓介さんの服やら車のパーツが散乱してるのが分かる。その中に自分の服も混ざっているのかと思うと顔が熱くなった。
脚を動かせば、すぐ後ろに啓介さんの体があって、足の先までほんのり暖かくて、それでいて違和感を覚えた。
啓介さんは久しぶりに会ったんだからって言いながら散々、気の済むまでオレを離してくれなくて、ジェルとか、なんかいろんな液体でべとべとになった体を一緒に風呂に入って洗い合って、もちろん洗うだけじゃ済まなくて、オレがのぼせそうになってやっと解放してくれた。
ようやく眠れると思って啓介さんが貸してくれたTシャツを着て布団に入ったはずなのに、オレと啓介さんは素っ裸のまま抱き合って眠ってる。
気付かない自分もどうかと思うけどいつの間にか脱がされていたらしい。ベッドの中を手探りしてもTシャツも、トランクスすら見つからない。
啓介さんがこの服の山のどこかに隠してしまったに違いない。
潔く探すのを諦めてもう一度振り返り、ぴったりと寄り添っている啓介さんの体を押し退けてみた。仰向けになった啓介さんはいまだ目が覚める様子もなく穏やかな寝息を立てている。
体を起こしてぼんやりと窓のほうへ視線を移すと、静かに降る雨の音が聞こえてくる。ベッドを抜け出して外を見ようと片脚を下ろしたところでふいに啓介さんの手がオレの腕を掴んだ。予想もしていなかったことにビクッとして振り向くと、啓介さんは変わらず眠ったままだった。
すやすやと眠る啓介さんを、少しの間眺めてみる。起きてる間にじっと見ようものなら何をされるか分からない。こんな無防備な寝顔も、ツンツンしてない髪型もまだ慣れなくて、新鮮だ。
形のいい唇に誘われるようにゆっくりと背中を屈めて啓介さんにキスをしてから背中を向けると、今度は啓介さんの腕が腰に巻きついてきた。あっという間にベッドの中に引きずり戻され、組み敷かれてしまった。
「……っ、啓介さん」
こうなったら寝ているわけがないと思って小声で呼びかけても、啓介さんは返事もせずにただギュッとオレの体を抱きしめて寝たふりをしている。動けずにいるとドクドクと脈打つ心臓の音が伝わってくる。
覆いかぶさっている啓介さんの背中に腕を回して力を込めてみたら、啓介さんは少しだけ身じろいでオレの首筋に吸い付いてきた。反射的に顎を上げて、ねだるみたいに仰け反っていた。
「は、……ぁ」
啓介さんの唇も、舌も、首筋にかかる熱い息さえ気持ちいい。
「どこ行くつもりだよ、藤原」
体中あちこち動き回る啓介さんの手がオレの呼吸を弾ませていく。薄く開いた唇の隙間から啓介さんの舌が入ってくる。
お互いの舌を絡めて、舐めて、吸って、啓介さんはオレの髪を撫でながらときどき唇にも歯を立てて甘く噛んでくる。それがくすぐったくて気持ち良くて、どきどきしてくる。
啓介さんの唇が耳から首筋へ、それから鎖骨へ移動していく。
「っ、……啓介さん」
「ん?」
慌てて肩を押し返すと啓介さんは顔を上げ、チュッと軽いキスを仕掛けてくる。
このまま、またしちゃうんだろうかと一抹の不安を抱きながら言葉に詰まっていると、啓介さんはそんなオレに構わず何度もキスを繰り返した。
「藤原、大丈夫か? どっか痛ぇ?」
その問いかけに否定するように首を振り、それでも黙ったままでいると、オレの髪を乱暴にかき回した。
「眠れねーなら子守唄でも歌ってやろうか?」
よしよしとオレの頭を撫でながら体を横たえ、背中から抱きしめてくる。
まるっきりの子ども扱いにちょっとだけムッとしたものの、直接触れ合った肌から伝わる体温にほっと息をついた。思ったより体が強張っていたのか、力の抜けた体は啓介さんの腕の中におさまった。
「服、どこやったんですか」
「いらねーだろ、別に」
あっさりと放たれる言葉に押されつつ、胸の前に回った啓介さんの腕を撫でながら視界に広がる服の山を指差した。
「オレは裸で寝る趣味なんてないですよ。さっき貸してくれたのどこですか」
「さあ、どこやったかな」
とぼけた台詞で答えた啓介さんの手はゆっくりと下がって、オレの腹や脚を撫で始める。肩口に吸い付いた啓介さんの気配が後ろからなくなったと思ったら、背中に這わされた舌が背骨を伝って下りてくる。
軽くて暖かい布団の中に潜ってしまった啓介さんの動きが見えず、逃げるように俯せると脇腹や腰に吸い付かれて思わず声を上げて枕にしがみついた。
「なにやって……んっ、いたっ、ちょっと!」
すくうように持ち上げた尻の肉にまで吸い付き、歯を立ててくる。親指の先が、今にもオレの中に入りそうなくらいぎりぎりの位置にある。しかもその指のすぐ横に、啓介さんの舌が移動してきた。
「し、信じらんねーっ」
そんなところ舐められてたまるかって慌ててベッドから這い出してわずかに見えるフローリングに座り込んだ。むき出しの下半身をその辺に適当に積まれている服で隠して、服の山から引っ張り出したシャツを羽織ってから、ベッドの上で頬杖をついてからかうようにこっちを見ている啓介さんを睨みつけた。
わざとだった。やっぱりわざとだったんだ。
本当はちょっとそんな気がしてたけど、まさかと思ってたのにやっぱりそうだったから、啓介さんの絶倫っぷりに正直ついていけない。
「オレ、ここで寝ます。ここもちょうどいい感じにふかふかしてるし」
「だめに決まってるだろ」
素っ裸の啓介さんが恥じらいもなくベッドから降りてきて、オレの腕を掴んだ。
「あ、いやだ、って啓介さんっ」
「なんでイヤなんだよ」
踏ん張り損ねて立ち上がったところへ間髪入れずに足払いをかけられてベッドに倒された。
這いつくばって逃げようとする足首をつかまれて引き戻され、体をひっくり返されたと思ったら啓介さんがのしかかってきて身動きが取れなくなった。こんなにあっさり捕まってしまうなんて、いくら啓介さんが喧嘩慣れしてるとはいえ、同じ男としては情けなく、かなり屈辱だ。
「寂しいこと言うなよ」
さっきまでの目の据わった表情とは一転、唇が触れたまま囁いて、鼻先を擦り合わせてくる。
そんなことで絆されるようなオレもオレだけど、啓介さんのこういう、時々しか見せてくれないけど甘えるみたいな仕草に弱いんだよな。
「……もう変なことしませんか」
「変なことなんかしてねーだろ」
「オレの尻、噛んだじゃないですか」
「そうだっけ」
「もうしないならちゃんとベッドで寝ます」
「おまえに触るなってこと?」
「……そうじゃないです、けど」
そう言っている間もオレの耳とか唇とかにキスしまくってる啓介さんに、どう言えば伝わるんだろう。
「オレ誰かと一緒に寝たりとかそういうこと慣れてないんですよ」
「じゃあ慣れろよ」
「え……」
暗闇に慣れたせいで、じっと見下ろしてくる啓介さんの視線から目が反らせない。
「なあ、藤原の嫌がることはしねーからさ」
顔中のいろんなところにキスされながら頭も撫でられて、自然と目を閉じていた。
「離れて寝るなんて言うなよ」
耳元で熱っぽく囁かれて、耳朶を柔く齧られた小さな痛みに肩を竦めたら唇が塞がれた。
「ん、……ふ」
「こうやって……抱きしめたまんま寝たいんだ」
「……ん、け、すけさ……ん」
ダメだ。啓介さんにキスされると気持ち良すぎていろいろ考えられなくなってくる。
羽織ったシャツの前が開かれて、剥き出しになった体に啓介さんの肌が当たる。ゆっくりと脱がしにかかる啓介さんの手に、思うように逆らえない。
「……風邪引いたらどうしてくれるんですか」
「そんときはオレが超優しく看病してやるよ」
啓介さんは大真面目な顔でそんなことを言いながら、結局また丸裸にされてしまった。
窓に打ちつける雨の音が激しくなってきて、暗闇の中ただ見つめ合った。手を伸ばして啓介さんの頬に触れたら、オレからだったのか啓介さんからだったのか分からないくらい、シンクロしたみたいに同じタイミングで唇を寄せてキスをした。
2012-11-22
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