ライオンの耳
時間にうるさい取引先にチクチクとお小言を言われ、直属の上司でもない先輩社員から見当違いな叱責を受け、たまたま受けた電話は嵐のようなクレームだった。
いつもは気にもとめないことが鉛のように頭の隅に鎮座している。
「どーしたよ、珍しい」
「急にすみません」
体は元気でも気力が萎え果てた拓海は、思わず高崎に足を向けていた。
完全に寛いだ姿で玄関先に出てきた啓介を前に、拓海はぺこりと頭を下げた。そしてじっと気の抜けた啓介の顔を見つめ、何度かまばたきを繰り返した。
視線を受けて柔らかく笑う啓介のおかげでぺちゃんこになった気持ちがゆっくりと膨らみを取り戻していく。計画通りだ。
「じゃあ、これで」
「待て待て。今来たところじゃねえか」
「もう済みました」
「意味わかんねーよ。何しに来たんだおまえ」
啓介の言い分は尤もだ。
だが拓海とて自分勝手に押し掛けている自覚もあって長居をするのは憚られたのだ。急な来訪も大した違いはないのだが。
啓介が知る由もない理由を頭の中で並べ立てながらも、それが口をついて出て行かない。
突然自宅まで来ておいて説得力も何もないが、弱音を吐きたくはなかった。ただ顔が見たかっただけでこれ以上は情けないところを見せたくはなかった。
黙ったままでいると軽いため息とともに啓介が拓海の腕をつかんで引き寄せる。
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、ぎゅうっと力いっぱい抱き締められた。広い玄関で煌々と光に照らされる中、大きな鏡に映る自分に気づく。慌てて啓介の体を突き放すと啓介は拓海の真っ赤な顔を見て破顔した。
あっと言う間もなく再び抱き寄せられ、頬やまぶたに何度もキスをされた。
(ああ、ちくしょう)
頭の中でそんな悪態をつき、肝心の唇には触れてこない啓介に焦れて拓海は自ら口づけた。
嬉々として応える啓介を少しばかり憎らしく思いながらその背中に腕を回す。
「藤原、次会ったときそんなシケた顔してたらどうなっても知らねーぞ」
唇が触れあう距離で囁く声に、拓海は思わず目を閉じた。
敵わないと思った。
いつもなら帰って早々に床に就いているはずだったのに。悔しいが、だからこそここに来ることを選んだのかもしれない。
「シケた顔なんかしてません」
顎を上げ、啓介と向き合う。その表情に満足したように啓介が笑った。
そっと体が解放され、熱が遠ざかる。重く、だるさがまとわりついていた気持ちも啓介の持つ陽のパワーに吹き飛ばされたかのように晴れやかだ。
「ありがとうございました」
「何もしてねーぞ。オアズケ喰らっただけだ」
「ははっ。じゃあまた」
「おう」
弧を描く唇に隙をついてキスをして、拓海はそそくさと玄関の扉を開けた。「覚悟してろよ」とからかう声を背中に受けながら、足取りも軽やかにハチロクに駆け戻った。
「う……わぁ、すっげー片付いてる」
目の前に広がる光景に感嘆の息が漏れる。拓海は辺りを見渡し、後ろにいる啓介に向き直った。
「この部屋こんなに広かったんですね」
「アニキも遊んでくんねえし藤原は仕事だしで暇だったからさ」
失礼な台詞に苦笑いを浮かべた啓介は言い訳がましくそんな返事をよこした。少し目元が赤くて、意外にも照れているらしい。
怒涛のお中元シーズンを乗り越えてやっと巡ってきた二日間の休日だが、行き場所を啓介の部屋にして正解だ。大きな窓からは明るい光が差し込んでいる。ここで昼寝ができるなんて、考えるだけでウキウキしてくる。
拓海は、窓辺に無造作に置かれた巨大なビーズクッションに目をつけた。
「あのこれ、座ってみていいですか?」
「いいぜ」
目をキラキラとさせる拓海を見守るような表情で啓介は答えた。
太陽のぬくもりでふかふかになったクッションに体を埋める。包み込まれるような座り心地に、瞬間的に眠りに落ちそうになる。うつ伏せになってクッションを抱きしめながら啓介を見上げる。
「大きくてめちゃくちゃ気持ちいいです」
「……その台詞、別のときに聞いてみたいぜ」
くしゃっと笑顔を見せて、啓介は拓海の隣に腰を下ろした。長い脚を存分に伸ばしても何も邪魔するものがない。
嫌味なほど伸ばされた啓介の脚を内心うらやましく思いながら、拓海はクッションに顔を半分埋めた。眠りに落ちかけている拓海の前髪を指先でいじり、ゆっくりと顔を寄せてくる。触れるだけのキスをして、啓介もごろんと横になった。
「マジでどこにも連れて行かなくてよかったのかよ」
「どこも人だらけだからいいですよ」
「藤原見てるとオレも眠くなってきた」
大きなあくびをする啓介の脇腹に軽くパンチをお見舞いし、横向きに体勢を整える。
「晩飯くらいは外出ようぜ。何食いたいか考えとけよ」
「はい。ありがとうございます」
啓介はもう一度キスをすると手を伸ばして顔が隠れる程度にカーテンを引き、向かい合わせに寝転んで拓海を抱き寄せて目を閉じた。拓海は体温と太陽のぬくもりを感じながら啓介の背中に腕を回した。
「なあ、聞いたか? 啓介さんまた告られたらしいぜ」
「マジで? ったくいいよなぁモテる男は。こっちにまわしてくんねえかな」
「けどなんか車と同じくらい大事な子がいるって言われたらしい」
「え、啓介さんって前はそんな断り方してなかったんだよな?」
「そうそう、気の毒なくらいスパーッとさ」
「じゃあついに本命できたのか」
そんな噂話が、当の本人と一緒にいるときに聞こえてきた。結局、いつもと変わらないファミレスで夕飯を終えたあとのことだった。
啓介は飲んでいたコーヒーを危うく吹きこぼすところだった。背後のボックス席でくだらない噂話がわずかな盛り上がりを見せている。ソーサーにカップを置きつつ、啓介は大きなため息をついた。
「あいつら……何の話してんだ」
ぶつぶつと言いながら照れたように頭を掻いている。どうやらチームの仲間らしかった。
拓海は自分の耳がほんのり熱を持つのを感じながら、グラスをぎゅっと握りしめた。
「なんで藤原が赤くなってるんだよ」
啓介が頬杖をついて身を乗り出してくる。拓海が照れくささにたまらず啓介から顔をそむけると、啓介は小さく笑って指先を絡めてきた。
「ちょっと、ここ外……っ」
「なら二人になれるとこいこうぜ」
啓介はいたずらっぽく笑って伝票を手に取り立ち上がる。拓海は赤く、しかし渋い顔をしながら後に続いた。
車に向かって先を行く背中をちらちらと見ながら、今しがたの噂話を思い出す。
兄の涼介と揃って雑誌に載るくらいなのだから、赤城の峠に訪れる女性ギャラリーの多さは頷ける。秋名では考えられないことだ。
以前、見た目だけで騒がれてるんだと当の啓介は呆れたように言っていたが、話をしたこともないような人がたとえ興味本位でもあれだけ押し寄せるのだから十分すぎるくらいに魅力があるということなのだ。
普段は険しい顔つきのことが多いが、たまに見せる笑顔は人懐っこくて反則だ。男の拓海ですらそう思うのだから、異性であれば母性本能とやらがくすぐられるに違いない。
ギャラリーの中には本気で啓介と付き合いたいと思っている人物がいても何ら不思議ではないし、今回の告白もきっとそういう人だったんだろう。これからだって何人もそういう女性が出てくるはずだ。
嫉妬とも不安とも取れる感情が少しだけ顔を覗かせる。今はまだ自分を好きでいてくれてると思う。だがいったいそれがいつまで続くかなど誰にも分からない。あとどれくらい隣にいられるんだろうか。
最悪の事態まで想像して仄暗い思考に覆われはじめた拓海は、歩くスピードがどんどんと落ちてしまう。
先を行く啓介と距離ができ始め、それでも歩調を合わすことができずに小さくなる背中を視線だけで追っている。胸が苦しくなってきて、ついには足が止まってしまった。
「あれ、聞いてんのか藤原」
啓介は話しかけても返事がないことを怪訝に思って振り返り、立ち止まっている拓海に驚いて小走りに戻ってきた。
「どうした、具合でも悪いのか?」
手の甲を首に当て、心配そうに拓海の顔を覗きこんでくる。
突然の接触に鼓動が速くなる。
「あ、ちょっとボーっとしてただけ」
拓海は慌てて笑顔を作り、啓介の横を通り過ぎた。信用できないのは啓介ではなく、啓介を信じきれないでいる自分自身だ。
傍にいるときでさえこんなことを考えてしまうなんてどうかしている。情けなさに片手で顔を覆い、ゲンコツで自分の額を小突いた。空いた右手に温もりが伝わってきて振り返ると啓介が拓海の手を取っていた。指先を絡めて、いわゆる恋人つなぎの状態だ。
「わわ、何やってんですか」
「こうしたいんじゃねえの?」
「ち、違いますっ」
振りほどこうとする手をいとも簡単に捕らえられ、さっと掠めるように唇を奪われた。呆気にとられているうちに啓介は口元を緩め、拓海の手を引いて歩き始めた。
「も、啓介さんッ」
「じゃオレがしたいってことにしていいからさ」
手を離してくれと、ただ一言いえば済むはずなのに。拓海はきゅっと唇を噛んでうつむき、FDに着くまでのほんの少しの距離を啓介と並んで歩いた。
拓海はそそくさと助手席に乗り込み、シートベルトを両手でつかんだ。頬も、繋がれていた右手もうそのように熱い。前進駐車のために視界はまだ白い壁一面しかなく、心臓がバクバクして全神経が自分の右側に集中してしまう。
「明日さ、国道沿いにあったパーツショップ行ってみねえ? 最近リニューアルしたみたいでさ」
「は、はい、オレはどこでも」
声が裏返り、しかも少し震えていた。何だってこんなに情けない状態になってしまうのか。
拓海は穴があったら入りたい気持ちになった。啓介が不思議そうに拓海を見ているが、それに気づいていても目を合わせることができずにいる。
啓介はフッと笑ってくしゃりと拓海の髪をかき混ぜ、ゆっくりとFDを発進させて滑らかな動きで車道に合流した。
高橋邸に辿りつき、勧められるまま風呂に入り、今は啓介の部屋で主が風呂から出てくるのを待っている。指先まで温まった体は自分でも分かるほどずいぶんと緊張が解きほぐれている。
大きなクッションに半分埋もれながら、柔らかく肌触りの良いタオルで湿った髪を拭く。広々とした部屋を見回すと大きなベッドがすぐに視界に飛び込んでくる。頬に熱が集まってきて、拓海は思わずタオルで顔を隠した。
ドアが開く音がして、視線を上げると啓介が2リットルのペットボトルを片手に部屋に入ってきたところだった。首に掛けたタオルと下着以外は何も身につけていなかった。洗いざらしの髪は濡れて幾つも水滴が落ちている。
啓介は無言のまま拓海の前に膝をつき、クッションに押し倒すように覆いかぶさってきた。
「あ……」
軽く触れただけの唇は頬や瞼に移動して、もう一度唇に戻ってきた。
啓介の体温が沁み込んでくるようにじわじわと熱を移していく。動くたびに形を変えるクッションに戸惑いながら拓海は啓介の背中に腕を回した。
「け、啓介さん電気……っ」
「んー?」
啓介は拓海の肌を啄みながらTシャツの裾から手を差し込んでくる。脇腹を直に撫でられ小さく息が漏れた。借り物のハーフパンツはすぐに脱がされてしまった。
器用に動く指が拓海の尻の狭間に到達したとき、啓介はピクリと眉を動かして手を止めた。
「……啓介さん?」
「風呂で後ろいじったな?」
間近でじっと見つめられ、拓海は困惑していた。受け入れるようにはできていない体を慣らしておくことをなぜ咎められるのか。啓介の手間も面倒も省けるはずで、むしろ喜んでくれてもいいくらいではないか。
できるだけ言葉を選びながらそんなことを訴えてみると啓介は指先で拓海の唇をなぞって乾いた唇を重ねた。
「逆だろ。頑なに閉じてるとこじっくり開いていくのが楽しいんじゃねえか」
「え?」
「オレの手でトロトロになってく藤原を見るの好きなんだよ」
極上に甘い笑顔を見せてそんなことを耳元で囁いてくる。
甘い顔とは裏腹に強引に脚を割り開いて、ジェルを塗りつけた指を拓海の中にゆっくりと埋めた。指二本を易々と飲み込むそこを啓介は丹念に愛撫する。強すぎる刺激に膝が震え、腰が揺れてしまう。
「気持ちはすげー嬉しいよ。けど、どうせならオレの前でやってくれよ」
「わ、ぁッ、な……何言ってんですか」
「あーでも想像するだけでイッちまいそう」
引き抜いた指の代わりに熱塊をあてがい、腰を進めてくる。
押し広げられる間隔に拓海は背をしならせた。小刻みに息を吐き、震える唇を噛んだ。薄っすらと浮かんだ涙を啓介が舌ですくい、優しく体を抱きしめる。頬に少しだけ冷たい啓介の耳が当たり、拓海は無意識に耳朶に舌を伸ばしていた。
啓介はくすぐったそうに肩を竦め拓海の舌を絡め取る。
「んぅ、……ふ、っぁ」
啓介を飲み込んだそこは小さく収縮を繰り返し、じわじわと体が馴染んでいくのが分かる。
覆いかぶさる啓介の熱っぽい呼吸が拓海の耳を濡らした。
「はぁ、藤原ん中すげぇきもちいー。もう出たくない。ずっと入れときたい」
「ば、ばかっ」
「ヒデーの。好きだって言ってるんじゃん」
こぼれ落ちた言葉が拓海の胸をぎゅっと締め付けた。啓介は動きを止めたままで、鼓動が重なる。つながった場所から熱が溶けあうように広がっていく。
啓介がモテることはずっと前から分かっていたことだ。これからも成長を続ける彼は今よりもっと人間的にも魅力が増すはずで、それこそ誰もが放っておかないだろう。
拓海自身も啓介と対等でいられる自分になりたいと努力してきたはずなのに、啓介が告白されたと聞いたくらいで悪い方に想像し、勝手にへこんで気を遣わせてしまうだなんて、今すぐ愛想を尽かされてもおかしくない。
こうやって触れ合ってやっとそんなことに気づくなど、やはりまだまだ啓介に追いつけそうもない。たとえお前の居場所はないと突き放されたとしたって諦めることはしたくないが、願わくば啓介にはずっと自分を見ていてほしい。
「オレも、啓介さんが好きだ……」
拓海の肩口に顔を埋めていた啓介が、その一言で勢いよく体を起こした。その刺激でうっかり声を漏らしてしまい慌てて口を塞いだ。
顔を隠していた拓海は様子を探るように視線だけを送り、何度かまばたきをした。啓介の顔や耳までもが赤くなっている。照れくさそうな、だけど悔しそうな、複雑な表情を浮かべている。
「おまえ、ずりーよ藤原」
「何がですか。好きって言っただけです」
「うわ、また言った!」
「うわって、言っちゃダメなんですか」
「そんなわけねえだろーがッ」
啓介が突然律動を開始した。激しい動きに視界ががくがくと揺れ、拓海は啓介の首に両腕を回してしがみついた。
「むしろもっと言っていいくらいなんだよ、藤原はッ」
「あっ、……え、うわッ」
片脚を担ぎ上げられ、よりいっそう激しく穿たれる。肌のぶつかる音や衣擦れの音、啓介と自分の荒く弾む呼吸。耳が拾う音たちに情欲が煽られていく。見上げれば啓介は汗を浮かべ、ぐっと眉根を寄せている。
熱を持ち、少し赤くなった耳に手を伸ばす。啓介の腰は止まらないままだったが、背中を屈めて口づけてくれる。
「藤原、はぁ……っ、気持ちいいか?」
「ん、……ぅ、んッ、すげーき、もちいい、は……あっも、イく」
頭を抱き寄せて耳元で応える。啓介に絶頂寸前のペニスを扱かれその熱い手の中に吐精した。びくびくと体が震え、拓海のその動きに合わせて啓介の手が蠢く。
「藤原、声すげ……たまんね」
「あ、あ、……ン」
拓海をきつく抱きしめて啓介も熱を放出した。ぐったりと上半身をクッションに埋もれさせながら、腿を撫で上げる啓介の手のひらの熱を感じていた。
呼吸が落ち着いた頃、啓介の鼻先が頬をくすぐり、汗ばんだ体が離れていく。体を返されてうつ伏せになると、再び啓介の腰が揺らめいた。
「あっ……?」
「こんなんじゃ足りねえだろ、藤原のココ」
耳の穴に舌を差し込まれ、同じような動きでゆっくりと抜き差しを繰り返される。ぐちゅぐちゅと音を立てながら熱く火照るそこは啓介のペニスを飲み込んでいく。
しがみつく目の前のクッションは一度として同じ形を保たず、突き上げられるたびに中身のビーズが音を立てる。尻の肉を鷲掴みにされて腰を打ち付けられ、うなじに噛みつかれる。
耳元で好きだと繰り返し囁かれて、セックスの激しさと言葉の優しさのギャップに拓海の脳は甘い痺れに覆い尽くされていく。
「藤原、オレのこと好き?」
湿った髪を撫でる優しくて大きな手に、苦しい体勢で振り返りながら何度も首を上下に振った。
「コレも?」
ズン、とひときわ強く挿しこまれて息が苦しくなった。啓介が快感に口元を歪めながら拓海に口づけてくる。
上半身を捻ってそれに応え、啓介の耳を塞ぐようにしてつかんだ。
「お、っきくて……ッ、きもち、い、ですっ」
きっと今夜限りだ。こんな恥ずかしい台詞が言えるのは。だけどできれば聞かれたくなくて耳を塞いでみたけれど、啓介の顔を見ればまったく効果がなかったようだ。正常位に持ち込まれ、力強い腕に捕らわれる。
キスをしたまま貫かれ拓海は前に触れることなく気を遣った。一拍おいて拓海の耳元で小さく呻いた啓介も射精した。頭の横で啓介はクッションに顔を半分埋めながら、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。
形のいい耳に唇を寄せ、ふっと息を吹きつけた。
「ぶはッ! やめろってこのヤロっ」
両頬を熱い手に包まれ、頬の肉がぎゅっと寄せられた。
むにむにとそこを揉みながらも啓介の肩は震えていて、面白くなくて今度は耳の穴に指をつっこんでみた。耳介を撫でたりしてみても啓介は笑うばかりだ。
「残念。藤原と違ってオレは耳弱くねーの。くすぐったいけど」
ひとしきり笑った後、啓介はチュッと口づけながらそんなことを言った。
「じゃあどこなんですか、弱いとこ」
「くくっ。そういうのは自分で見つけるもんだぜ」
窘められるついでに耳たぶを吸われ、甘い息が漏れた。照れくさくて恨めし気に視線をやると頭を撫でられてキスをされた。
(くっそー。余裕かましやがって)
啓介に追いつける日は本当に来るんだろうかと悔しくなったが、今日のところはひとまず勝負は預けることにする。月明かりに照らされた横顔を見ているともう少しだけ余韻に浸っておきたくて、啓介の体を引き寄せた。
2015-09-05
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