Luscious

 何がにくたらしいかって、そりゃこの顔だよ。
 幸せそうにぐっすりすやすや眠り倒してるこの顔。オレ様がじきじきにコーヒー淹れてやってるってのに、ほっときゃいつまでも眠ったまんま。
「わざわざおまえの好きな、あま~いカフェオレにしてやってんだぞ」
 マグカップを眠っている藤原の鼻に近づけながら自分用に淹れたブラックコーヒーに口をつける。 伸ばした手の先では甘い匂いに少し反応するけど、それでもやっぱり目は開かない。もう一口飲んで、カフェオレも一緒に横のテーブルに避難させてから寝ている藤原にかぶさった。 顔の横に両肘をついて、真上から見下ろす。体重を掛けても指先に当たる髪を梳いても頭を撫でても、まったく起きる気配がない。
「さっさと起きねえと、襲っちまうぞ」
 少し開いた唇の中に、舐めるように舌を差し入れると、舌に残った苦みに僅かな反応があった。それでもやっぱり顰めた眉が元の位置に戻って眠りからは解放されてくれない。 唇を押し当てるようにキスを繰り返してもされるがままで、ときどきくすぐったそうに顔を逸らせるだけ。
 仕方がないから横に置いた甘いカフェオレに手を伸ばして少しだけ口に含む。反射的に眉間に縦ジワが寄る。口の中に染み渡った甘い味を舌越しに伝えると、さっきとは打って変わって裸の背中に腕が伸びてくる。 指先の丸みが肩甲骨に当たってくすぐったい。起こそうとしてるんだから関係ないけど、つい声を出しながら笑ってしまった。 甘ったるいカフェオレをまた少しだけ飲んで同じように唇をつつくと舌が探るように動いて、物足りなかったのかきつく閉じられたままだった瞼はゆっくりと上がっていく。
「……けいすけさん……?」
 舌足らずな声のあと、瞬きを繰り返す。
「おはよ。カフェオレ、冷めちまうぜ」
 この顔はもしかしなくてもまだ半分夢の中。視線が定まらないまま再び瞼が閉ざされて、呼びかけには答えもない。近づけた顔が手のひらで押し返され、藤原はすっぽりと布団の中にもぐってしまった。
「おい、ふじ……」
「……あと5分」
「マジかよ」
 素直な男は欲望に忠実だ。食欲よりも性欲よりも、何より睡眠欲に支配されている。 こうなればこれ以上は打つ手がないのは分かってる。だから仕方なしに起き上がってブラックコーヒーで口の中に残ったカフェオレの甘みを取り去る。 藤原の体を壁際に転がして場所を確保しておくのも忘れずに。足元に転がったリモコンを拾い上げて音楽をかけ、惰眠を貪る藤原の隣に寝そべって読みかけの雑誌に目を通す。 これが案外至福の時間で、気付けばオレも眠りに落ちてるなんて日も少なくない。

「啓介さん、起きてくださいよ啓介さん」
「ん……?」
 揺り起す声に目を開けると、きっちりと着替えを済ませている藤原がベッドの脇からオレの顔をのぞきこんでいる。
「あ、起きたのか」
「それはオレのセリフですよ……」
 呆れたような声に、自分のことは棚上げかよなんて思いながら腕を伸ばして抱き寄せる。被さるように倒れてきた体を抱きとめてキスをする。
「あッ、けぇすけさ……ん」
「んー、キスして拓海」
「も、もうしてます……っ」
「ちがくて、目が覚めるようなやつ」
「は? そ、そんなの無理……」
 ぱっちり開いた目でじっと見つめると、慌てたようにオレの目を両手で覆ってくる。その隙に腰を抱いて指先で背骨をなぞる。 見えなくても、藤原の敏感な場所はもうばっちり体が覚えてる。首元まで到達した指は自在に肌の上で遊んで、首筋や耳たぶをくすぐっていく。
「おまえにはまだ無理だったかなあ。それなら仕方ねえな、まあいいぜ無理しなくても」
 藤原はこんなの見え透いた挑発だって分かってるだろうけど、きっと仕掛けてくる。負けず嫌いの発揮しどころ、間違ってるけど間違ってない。
「ム……無理じゃねえもん」
 おそるおそると言った感じにそろりと触れた唇に合わせて、肌を撫でる指先を動かしていく。藤原の体はそれに反応しつつ、それでも必死に舌を絡めてくる。 背中に置いた手のひらを移動させて、デニムに隠れた腰骨を指先で掠め、体の間に挟まれたベルトを外そうと手を入れると驚いて腰を浮かせた拍子に唇も離れた。
「啓介さん!」
「なんだよ」
「それ、ダメです」
 両手首を掴まれて、ターゲットのベルトから引き離されて顔の横で固定された。何とも頼もしくて男らしいじゃないか。 ここはひとつ、大人しく藤原の好きなように任せてみてもいいかもな。見下ろしてくる藤原から視線を外さずに口端を上げると、バツが悪そうに呟いた。
「なんか……すげーやりにくいから……目、閉じててください」
「ああ」
「笑わないでくださいよ」
「笑わねえよ」
 普段はこうやって主導権を握らせることをあまりしないからか、というよりはされるがままのほうが藤原は気が楽そうだしオレもそのほうが楽しい。でもこういうのもたまには悪くない。 何かを考え込んでいたような間を開けて、やっと入ってくる舌に応えながら薄く目を開いて藤原を見ると、照れくさいから見たくないのか目をギュッと瞑って、顔は真っ赤になっている。 押さえつけられている手も解こうと思えば簡単に自由になるけど、オレがマウント取らせるのはおまえだけだって、たまには身を挺して教えてやらねえとな。


「なんすか……その顔。なんかやっぱ変だった……?」
 乱れた息を整えながら、不安そうに視線を送ってくる。
「ん、その逆。キス上手くなったなあって。まさか練習でもしてんの?」
「だ……ッ、んなこと、だって、啓介さんがしてくれるようにやってるだけです」
「え」
「す、すみませんだってオレそんな……どうすればイイのかよく分かんねえから」
「おまえなぁ……」
 天然ボケな答えが無性に照れくさくて、勢い任せに押し倒して覆いかぶさった。緊張した顔で見上げてきて、それでも嫌がるそぶりは見せないなんて。
「ま、啓介さんちょっと、あの……」
 その声に、視線に、誘惑に、支配されている。ゆっくりと首筋に顔を埋めてその肌を舌で味わいながら、藤原の手を腹の間で期待に膨らむソコに誘導してやる。 ビクッと震えて固まって、布越しに手のひらに押し付けてこすると真っ赤な顔で見上げてくる。
「拓海が起こしちまったんだから、責任取ってもらわねえとな」
 せっかく着替えていたTシャツも脱がせて、外すことを阻まれたベルトにも手を掛けると今度は妨害するつもりはないらしく、言葉とは裏腹に大人しく身を任せてくる。
「だって啓介さんがやれって……っ」
「オレはキスして、って言っただけだぜ……?」
「そんなの……ずりぃ」
「じゃあ止めとく? したくねぇ……?」
 脱がせておいて、止めるつもりのない手つきで藤原の中心に触れながら囁くと、ぎゅっと目を閉じて首元に抱きついてくる。
「……ッ、コーヒー、冷めちゃいましたよ」
「あとでまた淹れてやるよ」
「あまく……して」
 擦り寄って囁かれる言葉に、煽るつもりがいつもただ一言に簡単に煽られる。
「ずりぃのはどっちだよ……ッ」

2012-08-25

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