特等席
啓介が、兄の涼介から頼みごとをされるのは珍しいことだ。こと緒美に関しては。
忙しい身でありながら従妹の家庭教師なんてものを引き受けた兄を物好きだとからかったのを覚えている。なんせ緒美は生意気だ。
それは啓介に対してだけなのかもしれないが、まるで自分が年上で、姉であるかのような振る舞いさえすることがある。
そんな従妹が大人しくFDの助手席に収まっているのが嵐の前の静けさかと思わせるほどには、不気味だというのが正直なところだ。
「まさか酔ったのか?」
「ぜんぜん。何でもないよー」
啓介の問いかけに小さく顔を振る。肩まで伸ばした髪がさらさらと揺れていた。
「髪食ってるぞ」
何気なく手を伸ばし、唇にくっついてしまったひと房を取ってやると緒美は照れたように笑った。
交通量の多い時間帯は何度も信号に引っかかる。特に前を走っている車がドンくさいと右折ラインからなかなか脱出できないのだ。ラジオから流れる音楽に合わせるふりをして、苛立ちを指先に乗せてステアリングを軽く弾く。
信号待ちの間に、従妹を夕飯前には送り届けて、その足で渋川まで出向いてやるのも悪くはないかと啓介は頭の中でひそかな計画を立て始めた。
生意気さでいえばこの助手席の従妹をも遥かに凌ぐ年下の男に、実のところ恥ずかしいほど夢中になっている。先週には会っていたのに、満足いくまで愛を交わし合ったのはもうずっと前のことのように思える。
「啓兄ィ、顔がニヤついてるよ」
「う、うるせーな」
思わぬ指摘に顔がかすかに赤くなった。ごまかすのにはちょうどよいタイミングで信号の矢印が青く灯った。
涼介の厳しい言いつけ通りできる限りの安全運転で、だが極力迅速に、無事に従妹を自宅へと送り届ける任務を完了した。
交通量の少ない路肩に車を寄せ、ひとりになってからようやくポケットに手をつっこんで携帯電話を取り出した。
まだ残業途中だろうか、そろそろ上がれるタイミングだろうか。考えるだけで顔がニヤついてしまう。
約束もなしにいきなり押し掛けたりはこれまでも何度かあった。もちろん無条件で喜んでくれるようなタイプではないし、そのたびに前もって連絡しろとぶつぶつ言われたりもした。嫌がったりという素振りは見せないところが憎めない。
啓介はソワソワとした気持ちで発信ボタンを押した。数回のコール音がしたあと、留守番電話に切り替わった。
「……まだ終わってねーのかな」
会いたいと思ってしまった以上、このまま会わずに帰れない。
メッセージを入れずに電話を切って、ひとまず恋人の勤める会社へ向かうことにした。
目的地へ着いた頃には辺りはもうずいぶん暗くなっていた。建物から少し離れた場所から、出てくるのを待っている。すっかり夢中な自分が可笑しい。
目当ての人物を見つけてすぐに車から飛び出して駆け寄った。
「藤原!」
会えて嬉しいと体で伝える軽やかな足取りの啓介とは反対に、拓海の表情は冷め切ったものだった。一言の返事をする素振りもない。
「あれ、けっこう疲れ、てる?」
いつもとは明らかに異なる態度に戸惑いを隠せないでいる。拓海はぷいと顔をそらせて歩きはじめてしまった。
「ナンだよ、シカトすることねえじゃん」
引き留めようと腕を掴むと、勢い任せに振りほどかれた。予想もしない出来事に、宙ぶらりんに浮いた手を呆然と見つめた。拓海は黙ったままでうつむいている。
「何怒ってんだよ」
かつてないほど恋に溺れている啓介といえど、あまりの態度に不機嫌さを露わに呟いた。それでも拓海は下唇に歯を立てたままだ。啓介は大きく息を吐いて腰に手を当てた。
「いきなり来たのは悪かったけどさ。電話はしたんだぜ」
正当性を主張してみるが、空振りに終わった。取りつく島もないとはこのことだろうか。無反応を決め込む拓海に、いい加減焦れてくる。
「飯でもどうかと思ったけど、そんな気分じゃなさそうだな」
「彼女と行けばいいじゃないですか」
あわよくばキスの一つでもできたらなんて甘い想像は、ブリザードが吹き荒れたような拓海の空気によって木端微塵に砕け散ってしまった。聞き捨てならない台詞を吐き出した当の拓海はさっさと踵を返して歩き出している。
今度は振りほどかれないようにがっちりと本気で腕を掴んだ。拓海が痛みに顔をしかめようが知ったことではなかった。
「何だよそれ」
「は、離せよっ」
「今のどういう意味だよ」
腕を掴む手にさらに力を加える。大人しくはなったが依然口を開く気配はなく、啓介は奥歯を噛みしめて拓海を車に乗せようと腕を引いた。
「いたっ、痛いって離せよ、啓介さん……嫌だッ」
涙声に気づいて、思わず力を緩めて拓海を凝視した。
「……今日は、啓介さんといたくない」
「は?」
「せっかく来てもらって悪いけど、帰ってください」
緩んだ手からするりと抜けて、拓海は振り返らずに、足早に立ち去って行った。
送るという言葉を掛ける間もなく、拓海の姿が見えなくなった。結局一度も拓海と視線を合わせることすらできず、啓介はその場に立ち尽くした。
あんな拒絶は初めての体験だった。
リビングのソファに仰向けに寝そべりながら、啓介は手のひらを見つめて数日前の出来事を思い出していた。
あの時、拓海は確かに「彼女」と口にした。誰のことを言っているのか、どこからそんな発想に至ったかすら検討がつかない。しかもあの日以来、拓海は啓介の電話に一切出ない。メールの返事も当然ながら、ない。
現状を打破しようにも、早朝の待ち伏せは何となく逆効果のような気がして実行できずにいた。こんな弱気になったことがあったかと自嘲する。
今日は涼介の都合もあり、自宅で勉強会が行われることになっている。Dの絡みとあれば、否が応でもエースの片割れはやってくるはずだ。
何か気に食わないことがあるなら、直接、拓海の言葉でちゃんと聞きたい。あんな風に背を向けられるのはさすがに堪える。目を見て、話がしたかった。手のひらで額を覆い、ぎゅっと目を閉じた。
「始めるぞ」
言葉とともにドアが開いて、涼介が入ってきた。後に続いてメンバー数人もそれぞれソファに腰かける。
一番最後に入ってきた拓海は啓介の視線から逃れるように、離れた場所に隠れるようにして座っている。啓介は胸の内がもやもやするのを感じながらも頭の中から強引に拓海を締め出し、目の前の涼介に意識を向け続けた。
「待てよ藤原ッ」
勉強会後のミーティングが終了し、そそくさと帰ろうとする拓海を見つけ、やはりこれ以上は我慢ならないと手首を捕まえて強引に部屋へと連れ込んだ。ドアを背にし、逃がすまいと拓海を睨みつける。
「やっぱり藤原に避けられる理由がねえんだけど」
拓海は気まずそうにうつむいたまま、あの日と同じように押し黙っている。
「黙ったままじゃわかんねえだろ」
ぐっと唇を噛みしめて、頑なに口を開かない。
啓介は拓海のそんな態度に少し焦れて、体の横でぎゅっと拳を握った。
「おまえ、言ってたよな、彼女がどうとか。あれ、まさか浮気とかそういう意味で言ってんの?」
啓介の一言に、拓海が肩を震わせた。それでも何も言わない拓海は、黙っていることで肯定の意思を示しているらしい。啓介はため息をついた。そしてポケットから携帯電話を取り出し、ベッドの上へ放り投げた。
ベッドサイドの引出しからはジェルとコンドームの箱まで取り出して、拓海の前に並べる。
「好きなだけ調べろよ。藤原と半分使ってから減ってねーだろ」
「……いい」
「逃げるなよ。背中向けてちゃ解決しようがねえ」
「逃げる、なんてッ」
ギリ、と歯ぎしりする音が聞こえる。悔しいのは自分の方だと一喝してやりたい。心にいるのは拓海だけだと胸を張って言えるし、望むなら神にでも、何なら兄にだって誓ってやれる。まったくもって潔白だ。
これまでも、浮気を疑われたことがなかったとは言わない。人よりは多少恵まれた容姿やバックボーンに惹かれて寄ってくる相手もいたし、そんな相手なら楽だと思ったことがあるのも認める。
だが特定の相手がいる間はずっと誠実でいたし、不埒な真似をしたことはない。それでもそんな疑いを掛けられたら途端に気持ちがすっと冷めていた。引き留めようという感情すら湧き起こらなかった。
それがどうだ。拓海相手だと冷めるどころか、どうにかして拓海の思いを聞き出そうと必死になっている。
「オレに思うところあるんならはっきり言えよ。避けるのはナシだろ」
極力冷静に話し合おうと口を開いたが、拓海を失うかもしれないという恐れからか、情けないほど声が震えた。
「……前みたいに、戻れませんか」
「────それ本気で言ってんのか?」
拓海のまとう空気に嫌な予感はしていた。的中するなと願ってもいた。それでもまだ引き返せると、小さな小さな希望さえ持っていた。
辛そうに顔をしかめる拓海を見れば、それが本意ではないとその眼が伝えているからだ。
「勝手なこと言ってるのは分かってます。けど、オレ、……見たんですよ」
「何を」
「……、だから、その」
拓海に詰め寄り、少しだけ低い位置にある大きな目をまっすぐに見つめた。
言葉を繋げずに気まずそうに目を伏せた拓海に、こんなときさえ口づけたい衝動を啓介はぐっとこらえて大きく息を吐いた。
「言っとくけど、開き直ってるわけでもヤケになってるわけでもねえからな」
そう言うとパーカーとTシャツを脱ぎ、半裸になった。
「なに、やってんですか、服着てくださいッ」
拓海はまたも目をそらすが、掠れた声でそれを咎めた。
「おまえのつけた跡以外何もねえって、自分の目で確かめろよ」
「……、そういうんじゃなくて……」
拓海はためらいながら啓介の肌に震える指先を乗せた。もうずいぶんと薄くなった赤い跡は、間違いなく拓海がつけたものだ。
「藤原」
呼びかけると拓海はパッと指を引っ込める。
また距離を取ろうとするその態度にカッとなって、拓海の手首を掴み上げた。泣きそうに顔を歪めながらうつむく拓海の胸倉を、啓介は勢いのままに掴む。
「目ぇそらすんじゃねえよ!」
「オレじゃダメなんだって!」
啓介の言葉をかき消すように、拓海が叫んだ。胸倉を掴み上げている啓介の手を握りながら、じっと見上げて唇を震わせている。
「啓介さんの隣にいるべきなのはオレじゃなくて、……オレじゃないって……思ったんだよ」
「……な、んでそんなこと」
「オレだって、……オレだってこんなこと考える自分が嫌ですよ。けどッ」
「けど何だよ? ふざけんなよ藤原、何を見たってんだよ」
胃が焼けるような焦燥に気を高ぶらせていく啓介を止めるかのごとく、部屋の扉をノックする音がした。拓海は口を噤み、啓介は肩越しに振り返った。返事をする前にドアは開いて、小柄な少女が顔をのぞかせた。
「啓兄ィ、涼兄ィがお友達の分もコーヒー淹れたから持っていけって」
「……緒美?」
「わ、何で脱いでるのー?」
当然のようにトレイをベッドの上に乗せる少女に、拓海はなにも反応できずただ呆然とその姿を見つめていた。
「おまえまた髪食ってるぞ」
「こんにちは、いつも啓兄ィがお世話になってます」
少女は啓介の言葉に少し赤くなって髪を耳に掛け、拓海に向かって会釈した。
「こいつ、藤原」
「え、……あっ、こんにちは」
肩に乗せられた啓介の手にハッとしたように、かろうじてそれだけを口にする。にっこりとほほ笑む緒美から拓海を隠すように啓介が立ちはだかった。
「何だよおまえ、今日も押し掛け生徒しに来たのかよ」
「うん。この前はありがと。今日は涼兄ィが迎えに来てくれたよ」
啓介は緒美を半ば追い出し気味に部屋の外まで連れ出しながら、ふと嫌な予感が頭をよぎった。ドアを閉めてゆっくり振り返ると、前を見つめたままの拓海が立ち尽くしている。
「……ッ、信じらんねえ」
「何が」
「せめて、……せめて隠し通すくらい、しろよ。何普通に会わせてんだよ……」
絞り出したように掠れた、消えそうな声。まさかという思いは捨てきれないが、九分九厘間違いないだろう。
あの日、約束もなしに会いに行ったときから拓海の態度はおかしかった。”彼女”などという単語が出たのもあの日で、それ以来無視を決め込まれたのも、今の拓海の話も、拓海が勘違いしているだろうことにもようやく合点がいった。
ここ最近でナビシートに乗せたのは拓海以外では従妹の緒美しかいない。しかも涼介の代わりを務めたあの日、ただ一日だけだ。
どこで見ていたのかは分からないが、間が悪いにもほどがある。
「おまえはオレがそんなロクデナシだと思ってんのかよ」
啓介は大股で拓海の元に戻るとその勢いのまま拓海をぎゅっと抱きしめた。力のない抵抗をする拓海の背中や髪を撫でながら、頭にぐりぐりと額を押し付けた。
「言っとくけど、あいつ従妹だから」
「……いとこ」
オウム返しに呟く拓海を、啓介はさらにきつく抱きしめる。
「藤原が見たの、FDに乗ってたあいつなんだろ」
腕の中で栗色の頭がコクリと頷いた。盛大にため息をつくと啓介の裸の胸に顔を埋めた拓海は、耳までも赤く染め上げた。
まさか身内と一緒にいるところを目撃されて、誤解された上に避けられ拒絶され、身内だと知らないということを差し引いても相手は子供だ。あまりにばかばかしすぎて眩暈を覚える。
「マジでふざけんなよ」
「だって」
「だってじゃねーよ。おまえオレにどれだけひどいことしたか分かってんのか?」
「でもあんときはすげーショックでムカついてたし、ひとりで考えたかったんですよ」
「どうやって別れてやるかってか?」
「違っ、……だっていとこだなんて思わなかったんですよ」
「だからって、電話もメールも完璧シカトなんてあんまりじゃねーか」
「……、別れ話なんか聞きたくねえって、……思って」
背中に腕を回し、小さくこぼした拓海の言葉に、啓介の理性が切れた。
「本っ当、勘弁できねえ」
拓海の顎をすくいあげて、今までで一番と言っていいほどの濃厚なキスをお見舞いした。
長く熱い口づけに膝の力が抜けた拓海はその場に崩れ落ちた。後を追って啓介も膝をつくと、拓海の目尻に浮かんだ涙を親指で拭ってまた齧り付くようなキスを送る。
息を弾ませ、散乱しているものを蹴り飛ばしてスペースを広げ、すぐ後ろにベッドがあるというのに床の上に拓海を組み敷く。手も脚も伸ばすのが一苦労なほどに散らかった部屋の隙間で何度も甘いキスを送り合う。
唇が離れるたびに、拓海はごめんと繰り返した。
「藤原、そんなのいいから好きって言って」
唇を触れ合わせたまま囁いたら涙声になっていた。啓介の声に拓海の睫毛が震え、ゆっくりとまぶたが開いて正面から視線がぶつかる。
「……啓介さんが好きだ」
今度は優しく押し付けるだけのキス。
「もう一回」
ねだるように唇を啄めば、拓海はかすかに口角を上げて囁いた。
「すげー好き、です」
「やきもち焼いてブチ切れるくらいに?」
誤解とはいえ理不尽な仕打ちをされたのだ。このくらいの意趣返しは許してほしい。うっと息を詰める拓海に、啓介は鼻先を擦り合わせて答えを待った。
「仕事中じゃなかったら、どうしてたかわかんないですよ」
配達途中に緒美を乗せたFDを見かけ、見たまま誤解し、仕事終わりを待ち伏せていた啓介の浮ついていた態度に拓海の頭はスパークしたというわけだ。つくづく間が悪い。恨むぜアニキと咄嗟に頭の中で兄に悪態をつく。
拗ねたように唇をとがらせる拓海に微笑んで、ちゅっと軽いキスを送ると、拓海はやっと安心したように笑った。啓介の首に腕を絡め、力いっぱい抱きしめてくる。啓介はその体を抱きしめ返して鼻をすすった。
「恋人って紹介すりゃよかったな」
啓介の発言に息をのんだのが分かった。いつもなら文句のひとつ、ゲンコツの一発でも飛んでくるがそれがないということは、啓介に対して気が咎めるのだろう。
少しはこらしめてやりたい気持ちもあったが、いざ目の前にすると
こんなのは拓海らしくないと感じるし、落ち込み具合が手に取るように分かって、すっかり溜飲が下がった。啓介は口端を上げ、目の前の体を抱きしめ直した。
手のひらに、拓海の背中から鼓動が伝わる。緊張しているのか普段よりもずっと速い。拓海の首元に顔を寄せ、鼻孔をくすぐる匂いを胸いっぱいに吸いこんだ。それを合図に拓海は少し身じろいで啓介の耳や喉にそっと口づけてきた。
カーゴパンツの股間辺りに拓海の手が伸びてきたと思ったら荒い息を吐き、熱のこもった視線で射られる。いつにない積極性に体の熱が高まっていく。啓介の願望が表れたのでなければ、拓海の目は明らかに啓介を欲していた。
「藤原」
隣の部屋には兄も従妹もいるはずだったが、啓介は続きの言葉を飲み込んで拓海にキスをした。体を起こしベッドへ凭れると拓海の手を引いて腰をまたがせる。
「あっ」
「おまえの好きにしていいぜ」
耳打ちするように囁いて、そのまま耳たぶを舐め上げた。拓海は息をのみ、ためらいがちに啓介の頬を両手で包むとゆっくりと口づけた。角度を変え何度も唇を重ねる。
じれったさに唇を割り開いて舌を差し込み上顎をくすぐると、ぎゅっと閉じていた目が薄く開いて視線が絡んだ。さらに奥に舌を侵入させれば拓海のそれと音を立てて絡み合った。
「脱げよ」
ベッドの上に出したままだったジェルを手に取りながら拓海を促す。拓海はきゅっと唇を結んで啓介の言葉通り服を脱いでいった。さらには両手が塞がった啓介のカーゴパンツに手をかけてずり下ろすとその昂ぶりに顔を寄せていく。
「ンなことまでしてくれんの……ッ?」
拓海は両手で啓介の屹立を持ち、舌で裏筋を舐め上げながら上目づかいに視線を送り、
「好きにしていいって言った」
赤い顔でそう呟き、啓介の弾けそうな熱の塊を口の中に含んだ。
「すげ、カンドー」
舌なめずりをしながら脚の間にいる拓海を見つめ、素直に愛撫を受ける。必死に舐める姿に興奮し、ますますいきり立っていく。苦しそうな息さえ愛おしかった。
「藤原」
限界が近いと暗に訴えながら名前を呼ぶと、拓海はおとなしく体を起こして啓介の腰をまたいだ。啓介の顔を囲うようにベッドに手をつく拓海を抱き寄せ、秘所に指を埋めてジェルを塗り広げていく。
目の前の鎖骨や喉元にきつく吸い付き、ジェルまみれの手で拓海の陰茎も扱いた。声は漏らさないが、乱れる息が拓海の快感を伝えてくれている。
「な、ゴムつけて」
喉元や顎を舌で愛撫しながら囁く。
啓介のいたずらに作業を中断されながら、拓海は震える手でなんとか啓介のペニスにコンドームを装着した。ご褒美のようなキスを送れば、拓海は期待と不安に満ちた目を向けてくる。
「そのまま、腰下ろして」
汗の浮かんだ顔を見上げる。啓介の一言に、潤んだ目が戸惑いに揺らめいている。
「藤原に喰われたい」
汗ばむ肌を啄めば小さく息をのむ音がする。じっと、無言で見つめ合い催促するように唇を軽く触れさせた。
拓海は啓介の先端を自身の窄まりにあてがい、大きく息を吐くと、そのままぐっと腰を下ろした。
「ん……ンゥッ」
堪えきれない声が漏れ、目尻に涙が浮かんでいる。
啓介は口端を舌先でくすぐるようにつついて、拓海の手を取り指を絡めた。
「藤原、好きだぜ」
指先に口づけ、手首にもちゅっと音を立ててキスをする。こぼれ落ちた涙をたどり、すくい上げるように拓海の唇を塞いだ。
「助手席はさ、史裕だってたまには乗せることあるけど──」
拓海の体を抱き寄せ額を合わせる。
「──オレの上に乗れんのは藤原だけだぜ」
「……って、下ネタじゃん」
圧迫感に耐え、息を整えながらも啓介の一言にツッコミを入れてくる拓海が可愛くて仕方がなかった。
「けど本当のことだぜ。マジでおまえだけ」
「そんなこと、言って……あッ」
「もうおまえじゃないとイケない体になっちまった。責任とれよな」
「うそ、ばっかッ」
可愛くない台詞を繰り出す拓海を、ずんずんと突き上げながら見上げる。痛みに眉を寄せながら、だけど快感を拾い始め、言葉とは裏腹に蕩けそうな眼差しを向けてくる。
「ほら、好きに動いていいんだぜ」
「あ……っ、ちょっと待って、くださ、アッ」
動いていいと言いながら両手で腰を押さえつけて下から容赦なく出し入れを繰り返すと、拓海はびくびくと体を震わせて絶頂に達した。温かい精液を腹に浴びながら、それでも腰の動きは止めずに拓海を追い上げる。
強い力で啓介に縋りつく拓海を抱えたまま体を起こし、そのまま床に組み敷いて休む間もなく腰を打ち付ける。
「あ、あっ、啓介さ……待っ、声、出ちゃいま、すッ」
とぎれとぎれに訴える拓海の声をキスで塞いで、薄いゴム越しに感じる粘膜の蠢きに搾り取られるように啓介も限界を突破した。射精の間も、出し切ってからもまだずっと舌を絡めたままでいた。
「ふ、ぅ……うっ」
「はぁ……っ」
唇を解放すると、体を起こして大きく息を吐いた。幾分力のなくなった分身を引き抜こうと腰を引くとその刺激に拓海が小さく息を漏らす。
「…………藤原」
啓介はたまらず来た道を戻って拓海の中に入っていった。驚いた顔を見せる拓海に口づけ、背中に腕を回すと再び抱き起した。拓海の自重でさらに啓介が奥へと侵入することになる。
「なん、……でっ」
拓海の問いには答えないまま、指先で背中をなぞり、舌の先で鎖骨をたどる。喉元から顎のラインへと移動し、耳朶を柔く噛んで吸い付いた。
「キスして藤原」
掠れた声で囁くと拓海は逡巡して息をのみ、そっと口づけてくる。
キスをしすぎたせいかと思えるほど、赤く熱い唇が触れる。ひとつにつながったまま、何度も頭を交差させて優しくキスをした。
目を閉じて粘膜の感触だけを追うと、じわじわと下半身へと血液が集まっていくようだった。
体内で啓介の変化を感じ取り、拓海がわずかに腰を上げる。そんな拓海の腰を掴み、浅い部分で行ったり来たりを繰り返す。
「んん、……わ、だめだって、啓介さ、……あぁッ」
ベッドの上を探って、目当ての箱を手にすると中身をひとつ取り出した。
「も、もう無理です」
封を切る前に、焦ったように啓介の手首を掴み、泣きそうな声で拓海が音を上げた。
「……まだ1回しかしてねえのに?」
啓介はすっかり力を失っている拓海のペニスを片手で優しく扱きながら赤い顔を見つめた。
「でっ、でも」
「ずっとおあずけ喰らってたんだぜ」
熱く囁き拓海に唇を押し付ける。
緊張したように目をつむって唇を固く閉じている拓海の中から自身を引き抜き、腕を掴んでそこを握らせた。びくりと震えたのは拓海の肩だけではなかった。優しい刺激に耐えながら、啓介は拓海に耳を寄せる。
「おまえは受け止める責任があると思うけど」
「……そ、それは、その」
「うそだよ。オレが我慢できねーだけ。だから、な?」
胸元に顔を埋めてぎゅっと抱きしめると、拓海の腕が戸惑ったように啓介の頭を抱きかかえた。啓介はそれを承諾と受け取り、拓海の腰の下で手早くゴムを替えてもう一度拓海の中に熱を埋めた。
「う……ン、あ、あ、そこダ、メッ」
小さく掠れた声で訴えてくる拓海を無視して両手の指を絡めて赤い顔を見上げながら揺さぶる。バランスを取ろうとする指先に力が入った。
膝を立てて拓海の背を支えながら、今度は大きく拓海の膝を割り開く。
「藤原のココ、すげー飲み込んでるぜ。ダメとかって、全然、ん……ッ、離してくんねーし」
「あ、や、やめッ……見る、なよ」
腹の間で揺れる拓海の芯からこぼれるしずくが肌を伝ってフローリングを濡らした。濡れそぼったそこを啓介は容赦なく扱き上げる。
「あっ、……も、だめだって、啓介さ、……ん、ンンッ」
キスで唇を塞ぐと、啓介の手がさらに精液にまみれる。
「きゅんきゅんしてるしカウパーすげーし、オレに見られてコーフンしてんだ」
「言う、なっ」
「あー、すげーきもちいい。も、イキそ」
赤く染まる耳朶に舌を這わしながら、陰茎をこする手を速めていく。快感を与えるたびに拓海の中は啓介のペニスを締め上げる。
垂れた前髪を指先で梳き、真っ赤な顔で声をこらえる拓海の顔を覗きこむ。恥ずかしそうに手を伸ばして啓介の目を覆おうとする拓海を、啓介は腰を止めて抱きしめた。
「……ぁ……? けーすけ、さん」
急に動きを止めた啓介を不思議に思ったのか、拓海が腕の中で身じろいだ。
「目、そらさねーでオレのこと見てろよ」
「え……っ」
「オレの顔見ながらイクとこ見せて」
「な、に言って……んッ、ぁあっ」
「オレには何も隠すな」
フローリングに押し倒し、まぶたや頬に優しく口づける。
荒い息を吐き出す拓海に唇を重ね、徐々に舌を絡めキスを深くしていく。活塞を速めていくのと同時に拓海の雄を刺激すると切なげに眉根を寄せた。間近で見下ろしながら拓海を解放へと導き、啓介自身も熱を放出した。
「すげー冷たくなっちまってるけど飲むか?」
べとつく液体を拭い終え、従妹が置いていったコーヒーを拓海に差し出す。ぼんやりとした目を上げ、拓海はだるそうにフローリングから体を起こした。
受け取ったカップに一度だけ口をつけ、トレイに戻すとベッドを背もたれにして座っていた啓介にもたれかかってきた。
「体ヘーキか」
前髪の隙間を縫って額に口づけながら囁く。拓海は無言のままかすかに頷き、啓介にすり寄る。
こんな風に甘えてくる拓海は珍しい。啓介は鼻歌を歌いだしそうになるのをこらえて拓海に腕を回した。
「啓介さん」
「ん?」
「あ、いや、あの……服、着てください」
「んー、もう少しこのままでいてーな」
背中から抱きしめ、拓海の体ごとベッドに寄りかかった。されるまま大人しい拓海の耳はほんのり赤く、啓介は笑みを深めてぎゅっと抱きしめる腕に力をこめた。
「あの……疑ったわけじゃないんですよ」
「え?」
「目、そらすなって……啓介さんを信じろって、そういう意味ですよね」
ふいに切り出した拓海の顔を覗きこむ。赤い顔を正面に見ながら啓介は続きを待った。
「ちゃんと見てるから、啓介さんの気持ちは、分かってる……つもりです」
珍しく素直な気持ちを吐露する拓海を、鼻先を近づけてじっと見つめる。
「オレなんか全然、自信も持てなくてダメダメっすけど、でも、それでも」
「──うん」
上目遣いで啓介をうかがう拓海に、我慢できずにちゅっと口づけた。拓海は肩を竦めて笑みをこぼし、啓介の手を握った。
「オレも啓介さんと同じ気持ちだから、……やっぱり啓介さんの隣は、誰にも譲らないことにします」
普段は眠たそうな冷めたような顔をしながらも、秘めた思いは啓介と同じく深く、熱い。
ああ、追いかけているのは自分だけではないと、気持ちは伝わっているんだと胸がジンとする。
「あ、だからって啓介さんも油断しないでくださいよ」
「ナマイキ。誰に向かって言ってんだ」
照れ隠しに言いながら、それでも拓海の気持ちが嬉しくて頬が緩むのを止められないでいる。照れたように頬を染める拓海と互いに笑いあってキスをした。
気持ちが通い合っていたとしても、これから先、もっと些細なことで喧嘩をする日が何度も来るだろう。そのたびにこうして感情をぶつけ合って、理解を深めて、愛情を確かめ合うのもいい。それがきっと、二人の絆になっていく。
じっと見つめ続けている気恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、啓介に背を向けた拓海はうなじや肩まで赤くなっている。背後から抱きしめ、耳元に唇を寄せた。
「隣も、前も後ろも、特等席でオレを独占できんのはおまえだけだぜ」
拓海はますます肌を染め、勢いよく振り返ると啓介の唇をキスで塞いだ。硬くなった体とは裏腹に唇は柔らかく、ほのかに甘い味がする。
押し付けただけで離れた唇に指先で触れ、見上げてくる大きな瞳に笑みを返した。
「てことでコレ、残りも使い切ろうな」
掲げた箱を横目に、拓海のひきつった顔と抗議の言葉を今度は啓介のキスが塞いだ。
2014-12-20
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