静かな夜 3 おまけの話
目覚まし時計の音に体を起こせば、拓海の腰を長い腕が抱きしめている。欠伸をしながらその手を退けると啓介もゆっくりと目を開いた。
「……はよ」
「……はようございます」
寝起きの、こんなにも柔らかい笑顔を目にして、いつもはぼうっとしたままの頭がフル回転で動き始めた。
慌ててベッドから出て手早く着替えを始める。そんな拓海の体を啓介が背中から抱きしめ、赤くなった頬と唇にそっと触れるだけのキスをした。ますます顔が熱くなって、啓介の顔をまともに見られなくなった。
それを気にする風でもなく、のそのそと動きながら啓介も着替えを済ませ出発の身支度を整える。
「悪いな、朝飯まで」
「いいですよそんなの。ケーキのお礼です」
拓海の出勤時間に合わせて啓介が送ってくれると言うので厚意に甘えることにした。
FDの助手席に乗り込むと啓介が思い出したようにリアシートに腕を伸ばした。
「これ」
手渡されたのは手のひらサイズの箱で、クリスマスらしい赤と緑のリボンがかかっている。
「え?」
「今夜、仕事から帰ってから開けろよな」
啓介は笑顔でそれだけ言うと視線を前に戻してギアを入れている。拓海の問いかけも空しくFDは発進し、あっという間に職場の近くまで来てしまった。
「啓介さんあのこれ、ありがとうございます」
中身は分からないがとにかく礼だけ言ってドアに手を掛ける。
「おう、仕事がんばれよ」
大きな手でくしゃりと拓海の髪を撫でまわし、耳朶を摘まんだ。
いつものサインに思わず辺りを見渡し、さっと掠めるだけのキスを送って逃げ出すようにFDを降りた。振り返って腰を屈めるとパワーウィンドウが下がって笑顔の啓介が助手席側に身を乗り出す。
「本当にありがとうございました。また、連絡します」
「ああ、またな」
軽く手を振り、走り去るFDを見送る。角を曲がって見えなくなってから、手のひらの箱を隠すように鞄に入れながら事務所へと向かった。
この時期特有のハードさを今夜も何とか乗り越えて畳に膝をついたままベッドに突っ伏す。布団に頭を擦りつけたままコートを脱ぐと、足元に転がった鞄を蹴っ飛ばしてしまった。
「あ、やべっ」
慌てて起き上がり、今朝、啓介からもらったプレゼントを取り出す。リボンを解き包装紙を剥いて中身を見るなり、拓海の体は固まった。
どれくらいその手のひらのものを凝視していたか分からない。
小刻みに体が震えるのは啓介に対する怒りから来るものだろうか、物体を握りしめ、コートをひっつかむとハチロクに飛び乗った。
「あれ、藤原? どーし……」
「どういうつもりですか」
言葉を遮り、高橋家の玄関先で鬼の形相で凄んでくる拓海に押されつつ、啓介は咥えていた煙草を指で摘まんだ。
「なんの話だよ」
「これですよ!」
ポケットに忍ばせていた啓介からの「クリスマスプレゼント」を勢いよく目の前に差し出す。啓介はそれを一瞥するともう一度煙草を深く吸いこみ、ふう、と白煙を吐きだした。
「とにかく入れよ」
背中のほうから扉が閉まる音がする。拓海はずっと啓介からのプレゼントを箱ごと握りしめたまま唇を尖らせている。煙草をもみ消してベッドに腰掛けた啓介の正面に立ち、手の中のものを押し付ける。
「なに」
「も、もらえません」
「なんで」
「だ、だってこんなの、こんな……」
拓海が手に持っているのは、楕円状のユニットとリモコンがケーブルで繋がっている、いわゆる大人の玩具だ。パッケージにはパワフル振動や防水仕様などと謳い文句が並んでいる。
啓介は真っ赤な顔の拓海を抱き寄せて膝の上に乗せると、その体をきつく抱きしめた。
「風呂でも使えるんだぜ?」
「そういうことじゃなくて」
プレゼントの中身には怒りに似た感情さえ覚えながら、抱きしめられるとホッとしてしまう。ない交ぜの感情を持て余して啓介の背中に腕を回した。啓介の腕の中で深く息を吐くとようやく気持ちが落ち着いてくる。
勢い任せに押し掛けてきたことがだんだん恥ずかしくなってきて、だけど今さら引っ込みがつかずに啓介に詰め寄る。
「何でこんなもの買ったんですか」
「そりゃ藤原と楽しむために決まってるだろ」
「オレいらないって言った」
「これはバイブじゃなくてローターだろ」
「一緒でしょ」
「試してみるか?」
「は?!」
抵抗する間もなく押し倒され、マウントを取られてしまった。形勢は圧倒的に不利な状態だ。
「……冗談ですよね」
逃げ場はなく、ゆっくりと身を屈めてくる啓介に引きつった笑いで問いかける。
啓介は悪巧みしているような笑顔を見せるだけで、当然止める気はないようだ。挨拶がわりの軽いキスから、次第に濃く深いものへと変わっていく。啓介の舌は少しだけ苦い、煙草の味がする。
ピリピリと痺れるような感覚に、体の力が抜けていく。
「昨日の今日で抑えろってほうが無理じゃねえ?」
「……っ、けど」
「明日もまだ仕事あるんだろ? オレも鬼じゃないからさ、無茶はさせたくねえよ」
「だったら……ッ」
「入れない代わりにコレ、使わせてくれよ」
箱から取り出したピンク色のそれを拓海の目の前に掲げ、どちらに転んでも拓海にはメリットの少ない交換条件を出してくる。
ずるい、と視線を送れば勝ち誇ったように鼻で笑われた。
「電話してくりゃー済んだ話なのによ」
「……え、あっ、あーそっかオレってバカ」
啓介の唇が瞼や頬、首筋を啄ばんで、Tシャツの裾から手が忍び込んでくる。
「せっかく来てくれたことだし、疲れも吹っ飛ぶくらいよくしてやるよ」
「ああ、もう……!」
満面の笑みを浮かべる啓介の体を力いっぱい抱き寄せた。
2013-12-25
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