スターダスト
一時帰国すると啓介から連絡があったのは、3日前のことだった。
夏の盛りに2週間ほど休みが取れたらしい。幸いプロモーション活動なども入っていない、完全なオフだという話だ。国内での活動が主になっている拓海は、重なっている休みの期間を利用して空港まで迎えに来ていた。
普段はパソコンでのやり取りばかりで実際に顔を突き合わせたのはもう何か月も前だ。 去年の成人祝いに啓介からもらった腕時計に目をやると、電光掲示板で確認した予定到着時刻を少し過ぎている。
展望デッキにいるということは啓介には連絡済みだ。到着を待つ間、離着陸する飛行機を眺める。
熱で揺らいで見える機体や雲のない真っ青な空、コクピットの窓ガラスからの照り返しと機体の下にある影の短さと濃さが照りつける太陽の強さを思わせた。Tシャツにハーフパンツという格好でも暑さが和らぐことはない。
額に汗が浮かぶのが分かった。
切れ間なく続くアナウンスが醸し出す独特の空気感、スーツ姿で足早に通り過ぎる人や浮足立つ人々の声、時々混じる異国の言葉。この光景を前にすると、あと少しで会える、そんな逸る気持ちを抑えきれない。
拓海はせめてもと軽く深呼吸を繰り返す。
「藤原!」
声と同時に背中に重みが加わる。誰だと警戒する必要もなく、こんなことをするのは拓海の知る限りただ一人だ。
胸の前に回った長い腕、その手首には入賞祝いにと拓海が贈った時計が光っていた。
「ちょっと、重いですよ啓介さん」
会ったら最初になんて声をかけようかと悩んでいたのに拍子抜けだ。親愛のハグにしては長すぎる抱擁に苦笑する。腕を解きながら振り返ると、啓介が満面の笑みで立っていた。
以前より日に焼けた肌と短くなった髪、サングラスをかけていても分かる精悍さを増した顔。ラフな白いシャツの首元には拓海と揃いのネックレスが光っている。
少し太めのジーンズでも分かる相変わらずの脚の長さはいつになっても憎らしい。上から下まで観察し終えて、久しぶりに見る生身の啓介に胸の奥が熱くなった。
「元気そうですね」
「おまえは相変わらず眠そうな顔だな」
「この顔は生まれつきです」
頬を撫でる手をぴしゃりとはたいて、駐車場へと歩き出す。幾度と繰り返したやりとりも相手が啓介だとなぜだか色褪せない。
大きなボストンバッグを片手に拓海の腰へ腕を回してくる啓介をひと睨みし、その実、内心は喜びに溢れていた。
啓介と出会ったあの頃とは変わってしまった新しい車にも次第に慣れて、クーラーの効きもステアリングの軽さも今では当たり前になっている。シートベルトを締めながら、助手席の啓介をじっと見つめる。
液晶画面越しではない、本物の啓介がここにいる。サングラスを外して目頭を押さえている啓介に知らず顔が綻んでいく。
「飛行機で寝れなかったんですか? CAの名刺攻撃に合ってたとか?」
「まさか、ほとんど爆睡してた」
「まだ眠そうですよ。どうします? オレん家直行でいいですか?」
ようやく車一本で食べて行けるようになってきた拓海は、実家である豆腐店を出て比較的遠征のしやすい場所へ一人移り住んでいた。
狭い賃貸の部屋だが、築浅で駐車場もあり、室内の設備も十分で気に入っている。
「あー……それも魅力的だけど」
「ナビしてくれたら寄りますよ」
和やかにそう告げると、啓介は少しだけ人の悪い笑みを返してきた。シフトノブを握る手に重ねられた少し大きな手に嫌な予感が駆け巡る。すぐさま後悔したが、早々に撤回するのも癪に障る。
「今回だけですよ」
呆れたように言って、指示通り車を走らせた。
「な、何ですか、この部屋」
「ネットで見つけてさ。おもしれーかなって思って」
解放感のあるリゾート風の広い部屋は何とも豪奢で、本当にラブホテルなのかすら疑わしい気持ちが湧いてくる。大きなガラスの仕切り越しに見えるのは専用のプールだ。
目測で深さは1.2メートル前後、最大幅は10メートルもなさそうだが、子供用の室内遊具くらいの短いスライダーがおまけのようについている。
「露天風呂の部屋と迷ったんだけど温泉はゆっくり行きたいしな」
啓介は大きなベッドの隣にあるソファに荷物を下ろした。拓海は物珍しそうにガラス越しにプールを眺めている。
「入っていーんだぜ」
「裸でプールって、シュールっすね」
素直に感想を述べると笑いながら啓介が後ろから抱きしめてくる。匂いが色濃く、首筋や耳朶に息がかかって思わず息をのんだ。
拓海は腕の中で振り返り、啓介をぎゅっと抱きしめる。トレーニングを欠かさない体は無駄がなく、良質な筋肉特有の柔らかい感触が気持ちよくてつい頬を擦り寄せてしまう。覆いかぶさる啓介に顎を上げてキスをする。
触れたそばから深く口づけられ、目を閉じて啓介の舌を受け入れた。啓介のシャツの裾から手を差し込み、肌の感触を楽しむ。触れ合う唇から啓介が薄っすらと笑ったのが分かった。
それを咎めるように唇に軽く歯を立てると、啓介が甘える仕草で拓海の唇を舐めた。目を開けて啓介を見れば、切れ長のその目はすでに劣情を覗かせていた。
「……っ、プールは?」
「入りたい?」
荒くなる呼吸の合間に問いかけると質問で返され、答えなど言わなくても分かるだろうと悪態をつきたくなった。
「じゃあ遠慮なく!」
舌を出し、するりと腕をすり抜けたはずだった。
踏み出した足が地に着かず、目の前の景色が斜めに歪む。米俵のように抱え上げられたと気が付いたのはベッドのヘッドボード上部に掛けられている大きな鏡に情けない姿が映ったせいだ。
離せと暴れるのとベッドに降ろされたのはほとんど同時だった。啓介ほどと言えなくても拓海とて鍛えているのだ。昔より筋肉もついてそれなりに重さもあるというのに、軽々と抱えられれば傷がつくのは拓海のプライドだけではない。
「信じらんねー。腰でも悪くしたらどうするつもりですか」
不機嫌を隠さずに啓介を詰るが、見上げる啓介は優しそうに微笑み、拓海の前髪を指で梳いている。
「聞いてんですか、ちょっと」
「聞いてる聞いてる」
絶対に聞いてないだろうと内心では思いつつも近づいてくる唇を拒めるはずもなく、シーツの上に投げ出していた手を啓介の腰にやる。
脇腹をくすぐるように指先を動かしながらシャツをめくると笑いをこらえている啓介が拓海の手を掴んだ。そのまま襟元のボタンに誘導される。瞼や鼻筋に啓介の唇が順に触れ、上唇を啄むように吸い付いた。
乞われるまま啓介のシャツのボタンを外し、ゆっくりと肌蹴させていく。拓海は均整のとれた体躯を眺めて無意識に生唾を飲みこんでいた。シャツを脱いだ啓介が覆いかぶさってきた。
体温と重みを感じながらの啓介とのキスに、早くも息が上がり始める。Tシャツの裾から啓介の指先が這い上がってくるのを感じ、小さな声が漏れた。片手で口元を押さえるより先に、胸の突起を舐められてさらに大きな声が出てしまった。
乳首への愛撫を堪えながらTシャツを脱ぎ去ると啓介が待ちきれないといった様子で再び口づけてきた。
「んっ、……ぁ、は」
ふいに、啓介が両手で拓海の耳を塞いだ。頬の内側の粘膜を舌先で撫でられる感覚や唾液が混ざる音がよりリアルに迫ってくる。口腔内を繰り返し弄られて、快感が下半身へと伝染していく。
痛いほど張りつめたそこを啓介の太腿に押し当てると、ゆるゆると揺すられた。もどかしい刺激に焦れて啓介の髪に指を差し入れるとキスが激しくなった。啓介は相変わらずキスが上手い。これ以上されれば頭が蕩けそうだ。
啓介の顔を引き離して何とか酸素を取り込む。物足りなさそうな表情で見下ろしてくる男にやっとの思いで笑いかけた。
「はぁ、久しぶりなんだからちょっとは手加減してくださいよ」
「十分してるだろ」
強気の返しに拓海は力なく笑った。啓介の手は器用に拓海のハーフパンツを下ろし始めていて、脱がされる恥ずかしさに両腕で顔を隠す。啓介は自身の服も脱いで再び拓海にかぶさってきた。
首筋や胸元に優しいキスが降ってきて、時折強く吸い付く刺激に体がピクリと跳ねてしまう。臍の横の少し柔らかい肉や内腿の際どい位置まで吸い付かれ、期待に膨らむ体を制御できない。
「キスだけでこんな?」
勃ち上がった部分を捕えられ柔く扱かれただけなのに、先走りに濡れたそこからくちゅくちゅと音がしていた。
「は、っ、……久しぶりだって言ったろ」
裏筋を舐め上げられ、亀頭を口に含まれる。
腕を投げ出し、快感に抗おうとシーツを掴む。啓介を前にして無駄な努力とはわかっていても、素直に欲しがるにはまだ理性が勝ちすぎている。射精寸前まで追い詰められても解放までは許されない。
翻弄され、上がり続ける体温に何も考えられなくなりそうだった。拓海はおもむろに起き上がり、啓介の股間に手を伸ばした。
「ふ、藤原?」
「オレもする」
小さくつぶやき、啓介の脚の間に伏せる。先端に口づけ、ぺろぺろと舐めまわす。拓海の舌に合わせて反応する啓介の性器が無性に愛おしく感じる。乱れる息や時折聞こえる小さな呻き声にますます興奮をかき立てられていく。
夢中になって舐めていると体の奥の疼きが止まらなくなってきた。両手を後ろについて座っている啓介の体をまたぎ、そそり立つ啓介のそれを自身の奥の窄まりへとあてがった。
「ばか、まだ早ぇって」
慌ててローションを手にする啓介に構わず、ぐっと腰を下ろす。ピリッとした痛みに眉を寄せるが、さらに腰を下ろしていく。だが啓介より先にぬるつく指が入ってきた。
「あ、藤原……これもしかして自分で?」
見上げてくる啓介の首筋に腕を回して抱きつき、肯定するように中を蠢く指を締め付けた。啓介の耳朶を舐め、熱い息を吹きかける。
「すげ、藤原が積極的」
「っ……、どうせ、期待してましたよ。悪いですか」
やっとそれだけ言い返すと、指の代わりに熱いものが拓海の体に侵入してきた。押し広げられる感覚に息が止まりそうになる。
「う、デカすぎ……っ」
自分の指では届かないところまで啓介が入っている。震える膝をシーツに押し付け、浅い息を繰り返して圧迫感をやり過ごす。
「はっ、ぎちぎちだ。な、もうちょっと緩めてくれよ。これじゃすぐイッちまう」
「あ、アンタがっ、小さくすれば、んっ、いいだろ……っ」
「無茶言うなよ」
「はぁ、はぁ……なんか、前よりデカくなってませんか」
「褒めんなって。照れるだろ」
「褒めてねー」
挿入したきり啓介は動こうとしない。きつく抱き合ったまま何とか呼吸を整えようと試みる。ぎゅっと抱きしめられて汗ばむ肌が密着し、息遣いや鼓動が伝わってくる。半開きの口元に舌を差し出され、反射的にそれを絡めとった。
啓介の舌を吸いながら拓海はじわじわと腰を動かした。
「ぅあ、ちょっと待ってくれ、藤原ッ」
弾む息を飲みこみ、啓介を見下ろす。赤い顔で唇を尖らせる啓介が、拓海の体を抱きしめ直した。胸元に頬を摺り寄せて深呼吸をしている。頭を傾げて様子をうかがうと啓介が照れくさそうに笑った。
「はー。藤原の中、狭くて熱くてすげー気持ちイイ。帰ってきたって感じ」
うっとりとそう言いながら拓海の胸元を音を立てて舐めたり吸ったりを繰り返している。恥ずかしい台詞のオンパレードに反論できずにいる。
「一人で準備しちまうくらい、藤原も待ちきれなかったんだよな? オレのコレ」
「違、そういうわけじゃ……んっ」
啓介は拓海を押し倒し、器用に腰を動かし始めた。
「やっぱもったいぶらずに一回イッとくか。我慢は体に毒だよな」
「いっかい、ってまさか」
「恋人の期待には応えないとだろ」
優しく微笑む啓介だが、その下半身だけが別の生き物のように動いている。指の背で拓海の唇や頬に触れ、前腕をシーツにつけて胸を合わせた。拓海の顎や首筋にキスを落としながらストロークを深くしていく。
「あっ、あ!」
内襞の敏感な箇所を擦られる感覚に腰が浮き、脚先が跳ねる。拓海は啓介の背に腕を回してしがみついた。何度も貫かれ、啓介の匂いに包まれて頭の芯まで焼け付いていく。
「や、も、イクッ」
目の前で火花が散るような快感に襲われて啓介の手の中で達し、体の中に注ぎ込まれる熱を感じていた。
脱力した拓海に頬ずりしながら、啓介は自身をゆっくり引き抜いた。クーラーは利きすぎているほど稼働しているが、体温が倍になったように体が熱を持っている。汗で張り付く前髪をかき上げ、拓海はのろのろと起き上がった。
「暑い」
「ん、シャワー浴びるか?」
「……あ、プール」
水中を照らす淡い光が揺らめいていて、壁や天井は降り注ぐような星空が映し出されている。外は太陽が照りつけていたが、一転夜の闇にいるように錯覚する。
窓ガラス越しに涼しげな水辺を見つめ、拓海はベッドを降りた。啓介を残し、温水プールへ足を浸ける。温いような冷たいような不思議な感覚に肌が震えた。
思い切って飛び込むと水飛沫が上がり、音がよく響いた。頭のてっぺんまで潜って、ゆっくり浮き上がる。浮力に身を任せているとざぶざぶと啓介が水をかき分けて近くへ寄ってきた。
「意外とアリですね、裸でプール」
薄く笑いながらそう言うと目を閉じて解放感に浸り、水を掻いて手のひらでその感触を楽しむ。後頭部が冷やされて心地良い。体中の力を抜いて波間に漂っていると、啓介が膝の間に体をすべり込ませてきた。
星空の下の啓介を久しく見ていなかったせいか、無性にドキドキしてきた。啓介の腰に脚を回して抱き寄せ、濡れた唇を合わせる。重なり合って泳いでいるとすぐに壁にたどり着いてしまった。
「泳ぐにはさすがにちょっと狭いっすね」
「だな」
立ち上がって髪を撫でつけ、顔の水滴を拭う。
水が滴り落ちる啓介の前髪も同じようにかき上げて、そのまま口づけた。啓介は拓海の腰を抱き寄せ、片手で尻たぶを掴んだ。
「んぅっ」
指先が侵入してきて、キスで口をふさがれたまま中をかき回される。
「あ、やら」
舌が絡んで呂律が回らない。片脚を担がれて、不安定さもあって咄嗟にプールサイドへ手をついた。背中から抱きしめられると水中だというのに密着する体が熱く、猛るペニスをあてがわれたそこは火傷しそうだ。
「ああ、……ぁっ」
腰をつかまれ、浮いた体を前後へと揺すられる。踏ん張りの効きにくい水中ではさすがの啓介も動きにくそうだったが、水面が激しく波打つほどに求められれば理性がはじけ飛んでしまいそうだ。
「や、あっ、あっ、啓介さ、ん……だ、めッ」
「後ろからだとイイトコ当たって気持ち良すぎだから?」
耳元で囁かれ、鼓動が跳ね上がる。打ち明けたことはないはずだが、なぜわかってしまうのだろうか。
「浅いところと奥、どっちがいい?」
啓介は拓海の腹部を押さえて自身の存在を知らしめるようにさらに突き上げてくる。
「あぁ、そこやだっ、それ以上……は、深、あッ」
啓介は思うように激しく動けない代わりに挿入できる限界まで自身を突き入れ、拓海の中をかき回すようにぐりぐりと抉じ開けてくる。感覚がない器官のはずが、啓介の触れている場所から体中に熱が広がっていくような気がした。
啓介は耳朶を舐め上げ、さらには乳首を指先でこねてくる。容赦のない愛撫に耐えきれず、拓海は射精せずに絶頂を迎えた。脚が震え、体を支えていた腕から力が抜けて水中に沈みそうになるが、啓介が見計らったように抱きかかえた。
「啓介さ……、も、立ってんの無理」
「ん、ベッド行こ」
気怠い体をベッドに投げ出し、枕に顔を埋める。肩に口づけられ、頬にもキスが降ってきた。
もぞもぞと顔を上げれば下唇を吸われ、同時に尻に啓介の熱塊が挟まれ行き来を繰り返している。拓海は熱く硬いそれを掴んで自身の入り口へと誘った。
「は……っ、藤原」
「あ、あ……っ」
ぐぐ、と押し込まれた性器に内蔵がせり上がるような圧迫感に再び襲われる。だがそれ以上に招き入れた啓介の熱と重みが快感となって拓海の体を痺れさせる。
奥を突かれながら耳の穴に舌を差し入れられ、嬌声が上がる。枕をぎゅうっと抱きしめていた拓海の手を啓介が掴んだ。
「あ、何す……うぁっ」
中に入れたまま仰向けにされ、その刺激に全身が震えた。
「藤原の気持ちよさそうな顔見てしたい」
両手を絡めるように繋いで、啓介を見上げる。汗を浮かべ、乱れる息に色が混じる啓介は昔以上に艶っぽい。
今までよりも女性が放っておかないだろうに一途に愛してくれて、男の拓海にこんなに必死に腰を振っている。こんな体で気持ち良くなってくれている、そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。
「何だよ、最中に考え事か?」
「……好きだなぁって」
「え」
「いえ。啓介さんの気持ちよさそうな顔もっとよく見せてください」
「おまっ、藤原……ッ」
「ち、ちょっと、なんでまだデカくなるんですか!」
「なるだろ! そりゃ!」
「あッ、も、加減しろって言ったのに」
「今のはおまえが悪い。言っとくけど、我慢してたのは藤原だけじゃねーんだぜ」
啓介が体を起こし、がっちりと腰を掴んでスパートをかけた。抗議の声はもう言葉にならなかった。
揺れる視界にいる啓介はこの上なく楽しそうで、幸せそうに見えた。それが欲目でなければいい。恍惚として熱い背中へ手を伸ばしていた。
2017-09-05
サイト5周年記念のリクエスト。「おもしろ(変わった)ラブホか、おもしろ下着でエッチなことをする啓拓」でした。リクありがとうございました! back