sunny side

 拓海が前回啓介の部屋を訪れたのは20日以上前のことだった。
 年度末の繁忙期を過ぎてやっと時間に余裕ができ、啓介に連絡を入れるとその声は徹夜続きのときような覇気のないもので、 立て込んでるなら日を改めるからと電話を切ろうとする拓海を大丈夫だと啓介が引き止めた。
 半信半疑ながらも高崎までハチロクを駆り、玄関先で熱い抱擁を受けた後、やり残した課題のレポートを必死に片づける啓介の傍らで、いつの間にかひとりでベッドを占領して眠ってしまっていた。
 もちろん寝てしまうつもりは毛頭なくて、だけど啓介のベッドに横になっていると、この部屋にしかない啓介の香りに包まれてしまうと、どうしても気持ちがふわふわと浮いてしまうような、 陽だまりの中でまどろむような心地良さに誘われてしまう。
 ふと目が覚めたときには啓介はベッドの端に座って雑誌に目を落としていた。声をかけられた記憶も揺り起された感覚もない。
 起き上がって、丸くなった背中に耳をつけるように後ろから抱きついてみても臍を曲げたままらしく、拒絶はされない代わりに向き直って抱きしめてくれることもない。
 規則正しい啓介の鼓動を聞きながら、静かに上下する背中から伝わる体温にうっかりすればまたも意識が奪われそうになる。
「啓介さん」
「なんだよ」
「こっち向いてくれませんか」
「なんで」
 呼べば答えてくれるのに、顔を見せてくれない啓介の体をさらにぎゅっと抱きしめた。
「……怒ってる」
「別に」
「…………」
 自分が悪いのだから、素っ気ない返事も仕方ない。少し背を伸ばして、啓介の剥き出しになった頚部に唇を押し付けた。
 ちゅ、ちゅ、と何度もリップ音をさせながら啓介の首周りを啄ばむ。 そのたびにピクリと震える啓介の体は、ボディソープの匂いに包まれていた。レポートを片付け終えた啓介が風呂に入ったことにも気付かなかったとは、いくらなんでも熟睡しすぎた。 どれだけ寝こけていたのかと心の中で苦々しく舌打ちをする。
「啓介さん、怒ってないんでしょ」
 普段は「もっと甘えろ」と求められてもなかなか実行するのは難しいが、拓海はその高いハードルを越えてみることにした。
 湯上りで暖まった啓介の背中越しに身を乗り出し、無理やり振り向かせてキスを仕掛ける。躊躇いがちに舌を差し出せば、啓介はそれに応えながら拓海の髪に指をそっと差し入れ、その手の優しさとは打って変わった強引さでスプリングの利いたマットレスに拓海を組み敷いた。
 一瞬息を詰め、少し紅潮した顔でまっすぐに啓介を見上げて、その視線を受け止める。怒ってはいなくても、少し拗ねた目をしているのは分かる。きゅっと喉の奥が痛んで、下唇を噛む。
 襟ぐりの広いTシャツの胸元を指先で掴み、ツンと僅かに引き寄せる。しばらく無言のままで拓海を見下ろしていた啓介の顔が、それを合図にゆっくりと近づいてくる。 ぎりぎりまで近付いては離れ、また距離を詰める。吐息が唇に触れ、次に少し薄めの唇が下りてきて、拓海のそれを甘く噛んだ。
「ん……、……」
 眉根を寄せながら、またTシャツを引っ張った。まるでねだるように、唇を少しだけ開いて舌を覗かせる。そこに吸い付いた啓介の舌が拓海のものと絡んで水音を立てる。 舌先が器用にくるくると回って柔らかい内側の肉を掠め、唇に挟まれ扱かれた舌が解放されたときには、痺れるような快感に支配されていた。
 離れようとする啓介の体を引き止めると、今度は耳たぶへと攻撃場所を変えてきた。
「は……、……ンッ」
 ガサガサと耳の中を動き回る舌の動きに合わせ、啓介の手は拓海のTシャツの裾へと伸びていく。 脇腹をくすぐるようにたくしあげ、薄い腹筋を指先で辿る。その間も耳への愛撫は続いて、拓海は漏れ出そうになる声を抑えるのに必死だった。 啓介の熱い体に抱きついて、肩口に唇を押し付けて襲いかかる快感に耐え続けた。
「藤原」
 ずっと黙ったままだった啓介の掠れた吐息のような声が耳に注がれ、思わず声が漏れた。
「ア、啓介さ……ッ」
 ぎゅう、と骨が軋むほどに啓介の体を抱きしめると、Tシャツ越しに伝わる体温に呼応して拓海の体はさらに熱くなった。 眦に浮かんだ涙をすくうように啓介の唇が薄く柔らかい瞼に下りてくると、目を閉じたまま顎を上げてキスをねだり、求めては与えられるだけ受け止めた。 思考が溶かされ、拓海は自分を包むそのぬくもりに無意識下で己の全てを預け、曝け出す。
「……啓介さ……、も……っと」
「……おまえな」
 はあ、と息を吐きながら答えた啓介を見上げる拓海の目は熱っぽく潤んで、啓介の胸を貫いた。
──まるで凶器だ。
 小さな呟きもため息でさえも聞こえない。 ただ目の前のぬくもりに貪欲で、余すことなく手にしたかった。
「啓介さん」
 呼べば呼ぶだけ、近づける気がした。
 会えない日々が続いても平気だったのに、いざ目の前にするとどれだけこの熱を待ち焦がれていたのか、見ないふりをしていた現実を突きつけられた。ダムが決壊するように気持ちが溢れる。
「さ……、……さわ、って……くださ、……」
 固まる啓介の顔を両手で包み、そっと口づけた。Tシャツの中にあった啓介の手がピクリと動いて胸の突起を掠める。 上擦った声が漏れ、吐息が啓介の唇を熱く濡らした。
「藤原」
 答える代りに、さらに深く口づける。
「おまえの望みばっかり、聞いてやんねーよ」
 キスを返しながら合間に意地悪く囁き、緩慢な動きで焦らすように拓海に触れてくる。啓介の顔は拓海の喉元へ移動し、浮き上がる鎖骨へと舌を這わす。 そのまま肌を伝って胸元を通り過ぎ、臍の下辺りの柔らかい肉に吸い付いた。その跡のまわりを何度も舐めては、また移動して柔らかい肌に朱を散らす。
「……ふっ、……ぅ、……ン、けぇすけさんッ」
「ダーメ」
 ジーンズの中で窮屈になったそこを解放されたくて名前を呼んでみても、宣言通り希望は聞き入れてもらえなかった。 差し出した手を取られて指先を口に含まれ一本ずつ舌に包まれて、何度もゆっくりと根元から先へと唇が往復しては手のひらを舌先でつつかれる。 もじもじと膝を擦り合わせて啓介を見上げると、ふっと笑ってまた指先への愛撫を繰り返した。
「う……、ふ、……ッ」
 片手の指全てが啓介に嬲られ、次いで手首へと移動した啓介の唇はじっくりと時間をかけて腕を這いあがり、肘や二の腕の内側にもゆるく吸い付いた。
「これ、持ってろ」
 首元までたくしあげたTシャツの裾を拓海に握らせ、剥き出しになった肌を撫で、乳首の際に唇を落とす。肝心の突起部分には触れず、その周りをただ無造作に舐めまわしている。 手の甲に噛みついてもどかしさに耐えていると、啓介の上唇が敏感に尖ったそこを掠めた。
「ん、んん……」
「……舐めてほしい?」
 啓介の言葉に、反射的に頷いた。羞恥で顔が焼けるように熱い。
「イイ子」
 音がするほどきつく吸われ、足の先まで電流が駆け抜けた。
「ぁ……ッ」
 目の前に火花が散って体が跳ね、ジーンズの中身はますます窮屈さを増していく。
 片方は舌で、もう片方は指で捏ねまわされ、ぷくりと赤く腫れあがった。乳首を吸われているだけなのに弾けそうになって、思わず啓介の肩を掴んだ。
「気持ちいいか?」
「う……んッ」
 素直に応えると舌は反対側に移動して、同じように舌の上で転がされる。
「ソコ、ばっか……あッ」
「気持ちよくねえ?」
 反応を見れば一目瞭然なのに、わざとそんな言葉を口にする。
「なあ藤原」
「ふ……、……い……い、です」
 真っ赤な顔を隠しながら、啓介の望む言葉を口にする。期待に震えるそこをまた啓介の熱い舌が覆う。
「は、ァ……、ん……」
「胸だけでイキそ?」
「ば……、あっ」
 反論を遮るようにちゅうと吸いあげて、音を立てて離れた。やっと解放された胸はじんじんと痺れて、熱を持っているように赤く色づいている。
 高鳴る鼓動を押さえこみながら、それでも高まる期待感に胸が上下する。Tシャツに手をかけて脱ぎ去り、啓介にも脱ぐように促した。啓介も自らTシャツを脱ぎ、拓海の頬に触れると優しくキスをした。 目を閉じて唇の感触を楽しむ。
 控えめに啓介の頬を包み込みながら上下の唇を交互に噛み合い、くすぐるような舌の動きにわざと音を立てて応える。 鼻先が触れ合って目が合うと、無性に照れくさくなって笑みがこぼれた。濡れた唇の先が触れたまま角度を変えて口づける。
 キスが深くなるたびに体は次の刺激を期待して小さく震える。けれども啓介はそこから動く気配もないまま、拓海との熱いキスを何度も繰り返していた。
「……?」
 拓海は啓介とのキスが好きだ。甘くて、気持ち良くて、ずっと触れていたいとも思う。そういう気持ちに反して、体の中心の疼きは高まるばかりでもどかしい。 いつもならすでに繋がっていてもおかしくないほど時間は経っているのに、いまだ下半身には一度も触れてこないことに違和感が募る。
「……啓介さん」
「ん?」
「あ、の……」
「どうした?」
 どうして続きをしてくれないのかと聞くには、やはりまだハードルが高すぎた。
「や、なんでもないです」
 誤魔化すように啓介の背に手を回し、熱い体を引き寄せた。 啓介は拓海の体を抱き返しながら、首筋に舌を這わす。体が密着して腹の間に硬いものを感じ、昂っているのは自分だけではないと分かってホッとしつつも、いつもと違う啓介に少し不安になった。
「ん……、……ッ」
 拓海の背に回された啓介の手がゆっくりと下りて、ジーンズに手がかかった。ウエストの隙間から入ってきた指先が前にまわり、片手で器用にボタンを外すとファスナーを摘まんだ。
「おまえ……これじゃ引っかかっちまうじゃん」
「は……、あ、だって……ッ」
 膨らんだそこを撫でまわしてからかうように言うと、ジジジ、と音を立てながらファスナーを下ろしにかかる。 じれったい動きに腰が揺れてしまう。ふっと耳元で笑う声に羞恥が煽られ、顔が熱くなった。
 ファスナーを下ろし終えた啓介は体を起こし、拓海の脚からジーンズを脱がせていく。 薄い色のトランクスの一部だけが色濃く濡れているのが露わになり、啓介の指先がそこに触れるとぷちゅ、と音を立てた。慌てて身を捩ってそれを隠す。 拓海の背中に沿うように横になった啓介は、剥き出しの太ももを指先で撫で上げる。
「見せろよ」
「い、……やだ」
 裾から入ってきた手は脚の付け根にまで伸びてきて、そのまま期待に震えるそこには触れずにまた太ももへと戻っていった。 やっと触れてもらえると思っていたのに、啓介はわざとそこを避けて胸や尻をまさぐり、耳の後ろも舐め上げる。いよいよ我慢できず、張りつめている茎に手を伸ばす。
「ふ……んんっ」
「あ、藤原なに自分で触ってんだよ」
「ん、うるさ……っ、も……、もういいッ」
 ボロッと大粒の涙がこぼれ落ちた。後ろにいる啓介には見えていないかもしれないがそれでいい。 枕に顔を押し付け、啓介の匂いを肺いっぱいに吸い込みながらごしごしと自分のものを扱く。悲しくて悔しくて、何より自分が惨めで涙が止まらなかった。
「藤原ごめん、もう意地悪しない」
 背中から抱きしめられ、片手は拓海の手に添えられた。先走りの雫でとろとろに濡れたそこを、啓介の手が一緒になって刺激する。 熱い吐息が何度も「ごめん」「好きだ」と耳を濡らして、甘い声に快感がせり上がり、張りつめていたそこは簡単に限界を迎えた。手のひらに白濁を飛ばし、指の隙間から薄い色の布に零れ落ちた。 脱力感に包まれながら肩で息を繰り返す。壁に映る影はまだごそごそと動いて、動きが止まったと思った瞬間、啓介の屹立がトランクスの裾から拓海の脚の間に差し込まれた。
「わ……っ、あ、……はッ」
 果てたばかりの拓海のものを下から押し上げるように、拓海の零した精液のぬめりを借りて尻の狭間や戸渡りを行き来する。
「う、や……ぁ、……あ、あ、あ」
「藤原」
「あ!」
 啓介は拓海の胸の突起を摘まんで、肩に歯を立てる。夢中でシーツを掴み、逃げるようにうつ伏せると上に重なった啓介は後ろから何度も腰を打ちつける。 肌がぶつかるたびに拓海のものはトランクスの中で擦られ、すでにぐしょぐしょに濡れた布地はもはや本来の用途を為すものではなくなってしまった。ただそこに蟠るだけの布地の刺激にすら敏感になる。
 肩甲骨の辺りを啓介の舌が辿り、強く吸い上げた。脚の間の熱い塊が引き抜かれると腰から背中に啓介の熱い迸りが放たれたのを感じ取った。
 はあはあと荒い息を繰り返しながら啓介はトランクスを脱がせると、自分の放ったものを手に取り拓海の尻の狭間へと塗り込んでいく。
「んぅ……ッ」
「腰上げて、藤原」
 促され、枕を抱いたまま腰を上げ、啓介に尻を突き出す格好になる。2人がひとつに繋がる部分が晒され、見られているという恥ずかしさと体が覚えている快感にどうしようもない劣情を催す。 ローションも加わり、とろみのある液体が啓介の指を伝ってたっぷりと注がれる。 窄まりの皺を丹念に伸ばすように解しては何度も指の抜き差しを繰り返し、拓海が痛みに顔を歪ませると竿を扱いて気を紛らわせ、いつも以上に時間をかけて拓海の体を開いていった。
「も、いいかな」
 快感が強すぎてすでにぐったりと横たわる拓海の背中にキスをして、そのまま体を進めようとする啓介に拓海が待ったをかけた。
「どうした、まだ痛ぇか?」
 心配そうに顔を覗き込む啓介に、ごくりと喉を鳴らした。
「……顔、見たい」
「……え」
「……だめですか」
「ンなわけねえじゃん」
 笑顔を見せて、拓海を振り向かせるとその肩をシーツに押し付けてキスをした。舌を絡め取って吸い付きながら膝を抱え上げる。
「力抜いてろよ」
「は、い……ッ」
 狭い入口を押し広げ、啓介の怒張が拓海の体内に侵入してくる。腸壁を擦り敏感な腺を押し上げる。
「ぁ……ッ」
「ここ、だよな?」
 啓介は腰を揺らし拓海が反応を見せた場所を何度も刺激して、抑えきれない嬌声はますます熱を帯びる。汗の浮いた背中に手を回し、引き寄せてキスをせがむと啓介は拓海の望むまま応え、 獣のように腰を打ちつける。
「ん、ん……やぁ……、け、すけさ……っ」
 啓介の刻む激しいリズムに合わせて拓海の唇からは甘い悲鳴のような声が漏れ続けた。 拓海の目に涙が浮かび、咄嗟に動きを止めた啓介は汗で額にはりついた前髪を払って鼻先を擦り合わせながら慈しむようなキスを送る。 閉じてしまいそうになる目を何とか啓介に向け、大丈夫だからと律動の再開を視線で求めた。
「啓介さ、……ん」
「は……ッ、ど、した?」
「ちゃんと……気持ち、いい……?」
「なに、それ……ッ、オレがどんだけ感じてるか、わ、……はっ、分かんねえ?」
 再開した動きを止めないまま途切れ途切れに言葉を繋ぎ、絶頂に向かって活塞を速めていく。
「好きだぜ、藤原」
 赤く染まっていた拓海の頬はさらに色を増して、啓介の背中に爪を立てた。
 啓介は上体を起こし両腕で支えると、体重をかけて根元まで分身を押しこみ、ギリギリまで引き抜いては到達する限界まで拓海の内を抉った。 抽挿を繰り返し、揺さぶられるまま体を預ける拓海をきつく抱きしめ耳たぶを口に含む。
「ふ、……ぅッ」
「藤原……ッ」
「んん……、……ぁッ」
 熱い舌を絡ませ奥を突き上げられると、啓介を包む壁が収縮して締めつける。自分の中にいる啓介の存在を感じながら、拓海は前を弄られないまま二度目の精を放った。
「やべ、オレももう……ッ」
 小さく呻いた啓介は拓海の中からずるりと自身を引き抜くと、拓海の腹に吐精した。

「はぁ……、はぁ……、すげー燃えちまった……」
 べとついた体を拭き上げた啓介は拓海の横に体を並べながら呟いて天井を仰ぐ。
「……、たまにはこういうのもどうよ」
「ど、どうって……、……言われても」
 寝返りを打って腕を枕にしながら、本音を隠せない拓海の髪を撫でる。
「いつもより感じてたろ」
「ちょ……っ、そ、そういうこと言うな……ってうわっ」
 起き上がろうとして動かした手の先に濡れそぼったトランクスが当たり、焦った声が出る。それを摘まみ上げて「これ穿きたくねえな」と苦笑交じりにため息をつくと、啓介はくくく、 と喉の奥で笑いながら半身を起こし、拓海の手からびしょぬれのそれを取り上げてベッドの下に放り投げるとそのまま覆いかぶさり、ゆっくりとキスをした。
「は……、……ン」
 ちゅ、と音を立てて唇が離れる。寝不足のせいなのか目元が少し赤くなった啓介の顔を見上げる。その顔を両手で包んで、もう一度唇を押し付けた。
「……疲れたか?」
「啓介さんこそ」
「はは、ま……さすがにちょっと眠いけど……おまえも今にも落ちそうな目してるな」
「啓介さんの体温……気持ち良すぎなんです」
「体温かよ」
 また笑って、拓海を抱き枕のように腕の中に抱きこむ。
「はー……おまえ、あったけぇな」
 それは自分の台詞だと思いながらクスクスと笑って、心地良く包まれるぬくもりに目を閉じ、胸元に頬を擦り寄せた。

2012-03-30

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