ふるえるほどの

 自分はただ人より多く走っているだけです。
 そう言った藤原に強烈に惹かれた。誰よりも速く、誰よりも上手く秋名を攻略しているはずなのに、謙遜でも嫌味でもなく、ただそうしてきたからだと。 たかだか18かそこらのあいつにそんなことが言えるなんてめちゃくちゃかっこいいじゃねえかって、すげぇ悔しいけど今のオレにはないものだって衝撃だった。
 それからひたすら藤原の元に通って口説き倒して、ようやく恋人っていう肩書を手に入れた。
 どちらかと言えば年上と付き合うことのほうが多くて、今の状況は正直言って自分でも驚きだ。だけどこれまでのどんな恋愛より、わくわくしている自分がいるのも確かだった。
 壁の時計を見ればあいつの下校時刻が迫っていて、そろそろ出ないと間に合わない。今日は学校帰りのあいつをそのまま引っさらってやる予定だ。 着替えようと積み上げられた服の山をごっそりつかんで後ろに放り投げたら服の山の下から見覚えのない段ボールが表れて、中を見れば懐かしいものが入っていた。 閃いたとばかりに段ボールを持ち上げ、ベッドの上に移動させる。
「あいつどんな顔すっかな」
 うっかり独り言を漏らしながら急いで着替え、発掘した段ボールを脇に抱えて愛車に乗り込んだ。

「何やってるんですか、啓介さん」
 校門前で待ち伏せするオレを見つけるや否や駆け寄ってくる恋人がかわいくて仕方ない。ニヤつく口元を隠すオレをじろじろと観察している。 そんなこいつをほかの学生がちらちら見ていることはお構いなしだ。
「ていうか、その格好」
 上から下だけでなく、後ろまで背伸びをして物珍しそうに見てくる藤原の肩を抱き寄せ、目的の方向に歩き出す。痛がって文句を垂れる藤原を後目に携帯電話を取り出し、さっと1枚写真を撮った。
「あっ、勝手に撮った!」
「記念だろ、記念」
 オレの携帯を奪取しようと手を伸ばしてくる藤原をかわして、ポケットに隠すように押し込んだ。しぶしぶと隣を歩く藤原は微妙に唇を突き出していて、そんなところも可笑しくてかわいい。
「FDはどうしたんですか? まさかその格好で家からこっちまで来たわけじゃないですよね」
「いやー、さすがに電車は乗れねーわ」
 藤原が不思議がるのも無理はない。オレが着てるのは高校の時の制服だからだ。濃いめのグレーのジャケットに、それよりは薄いグレーのスラックス。下が無地なだけあってまだ着れたって感じだ。 もちろんネクタイなんか現役のときからしてねーけどな。とは言えさすがに成人してから着るのもどうなのって思ってはいるけど、それはそれで理由がちゃんとある。
「なんでそんなの着てるのか聞いていいんですかね」
「ため息つくことねーだろうが。おまえがいっつも自分だけ制服がいやだっつーから」
「それは啓介さんも制服着ろって意味じゃなくて、さっさと着替えたいってことですよ」
「たまたま部屋でこれ見つけてよ。後輩に全部譲ったと思ってたんだけど残ってたから」
「だからってなんで」
「藤原はせっかく現役なんだし、制服デートするなら今だよなって思って」
「は?」
「学校帰りに喫茶店寄ったりゲーセン行ったり」
 藤原の足が止まって、平然と言葉を続けるオレと少しずつ距離が出てくる。振り返ると真っ赤にした顔を腕で隠しているが、震えているのがバレバレだ。 ささやかな願望を口にしただけなのに、なんて反応だ。
「おまえな。笑うなら堂々と笑え」
 藤原の髪をくしゃくしゃにかき混ぜると今度は不服そうに唇を尖らせた。顔は赤いままだ。 ぼやっとしてるとか眠そうだとか言われてるみたいだけど、それでも藤原は結構表情豊かだとオレは思うんだけどな。
「とにかく、オレだってちょっとは恥ずかしいって気持ちはあるけどもう来ちまったんだし着替えは車に置いてきたから諦めてデートしろ」
 腕を組んでふんぞり返ってそう宣言する。藤原は一瞬呆れたみたいな顔になって、そのあとふふっと笑って隣を歩きだした。
「啓介さんってM高だったんですね」
「アニキも行ったしな」
「出た、ブラコン」
「うっせーな。おまえもあのアニキを持ったらわかるって」
「オレ一人っ子でよかったかも」
「かわいくねー」
 両手をポケットに突っこんで、藤原の隣を歩く。さすがにこんな場所で手をつなぐわけにもいかなくて、中学のときでもこんなさわやかなことしてねーなって思い出し笑いしそうになった。 藤原の片手は背負ったリュックのショルダーベルト、もう片方の手はポケットに入ってる。いつもこんな感じで通ってるのか、何にも考えてなさそうな横顔と少しだけ猫背になった後姿に思わず肩を組んでいた。
「わっ、なんですか急に」
「なあ。この辺って何があんの?」
「珍しいものは何もないですよ」
「じゃあ何がおすすめ?」
「……これと言って、とくには」
「なら藤原、いつも何してんの?」
「バイト」
「以外で」
「…………」
 藤原は黙りこくって、考えこんでしまった。うんうんと唸っても、なかなか答えは出てこない。 その真剣さが可笑しくて、また藤原の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。図らずも放課後デートに慣れてないことを打ち明ける形になった藤原。ただそれだけでオレを上機嫌にさせた。
「腹減ってる? コーヒーでも飲みに行くか」
「あ、あの」
 呼びかけに顔を覗き込むと頬がさっと赤くなって、藤原は慌てたように目をそらした。
「どうした? 行きたいとこあるのか?」
「インスタントでよければうちにもあるけど。その、おうちデート?っつーんですかね」
 藤原のそんな一言に、うっかり固まってしまった。そういうときだけ目ざとい藤原は、今の魅力的な提案をさっさと撤回しようとする。
「あ、別に無理にとは」
「ばっ、違うって。家に誘ってくれたの初めてじゃん。だからちょっと感動してただけ」
 変なの、と笑う藤原の肩を組んで抱き寄せて、前髪に掠めるようなキスをする。 すぐに解放してポケットの中のキーに触れた。
「車取りに行っていい?」
「……じゃあオレ先に帰って片付けでもしてま」
「却下」
「えっ」
「せっかくこんなカッコしてんだ。FD取りに行きがてらその辺ブラブラしようぜ」
「本気で言ってんですか?」
「なんで? ダメ?」
「いや、だめっつーかあんたただでさえ目立つんだから」
「そんなもん、誰も見てねーって」
 渋る藤原の、ポケットに入れられているほうの腕をつかんでずんずんと歩き出す。こんくらい強引にでも連れまわさないと本当に先に帰ってしまいそうな顔だった。
 あ、まさかコスプレしてるオレとは歩けねーってことか? だとしたらちょっと凹む。柄にもなくマイナス思考に陥りつつも藤原の地元をぶらついて、藤原の希望で本屋にだけ立ち寄ってパーキングを目指す。 駐車場についてFDの前まで来た藤原はなんとなくほっとしてる風だった。

 初めて来た藤原の部屋は思ってたより小奇麗だった。高さのある本棚の中は漫画やら文庫本やらが並んでいて、すぐそばにあるベッドの脇にはクッションが無造作に転がっている。 ここで読んでるんだろうなってのが一発で分かるレイアウトだ。あって当然なんだろうけど、学習机が置いてあって、今更ながらすごい背徳感だ。
「適当に座ってください」
 マグカップと、途中で寄ったコンビニで買った菓子を持って上がってきた藤原はそれを机に置くと学ランを脱いだ。ハンガーに掛けながら、横目でちらっとオレを見る。 窓を背にして立ってたオレは、一連の動作を食い入るように見つめていたようだ。咎める視線から逃れるように本棚を覗き込む。車以外にたいして共通点もなく、これと言って趣味が被ることもないオレと藤原だ。 自分では選ばない本も多い。
「普段どれ読んでるんだ?」
「え、あ、最近はこの辺……」
 オレの背中越しに文庫本の一部を指さす藤原を振り向いて見つめると、一気に顔が赤くなった。
「さっきからなんだよ?」
「なんでもねー」
 藤原は視線をそらし、照れたように指先で頬を掻く。
「その割には顔赤いぜ」
「あ、歩いたから暑いんですよ」
 車で帰ってきたってのにそんな言い訳をしながらオレを押しのけて窓を開けた。 秋口の少し冷たい風が吹き込んで、栗色の髪を揺らす。背中から抱きしめて赤い頬にキスをした。藤原が息をのんだのが分かった。Tシャツ越しに、手のひらに鼓動が伝わってくる。カーテンを引いて、藤原がゆっくりと振り返った。 無言のまま近づいて、遠慮がちに手が腰に回り、オレの肩に頭を預けた。すかさず藤原を抱きしめるとぐえっと苦しそうな声を上げた。
「なんだよ色気ねーな」
「オレなんかに色気とか求めないでくださいよ」
 らしい受け答えに笑いながらキスをして、拗ねた顔を見せる藤原の髪を指先で梳いた。オレがどう出るのか探るような目で見上げてくる。ゆっくり顔を近づけると、藤原は半歩後ずさった。追いかけるように足を出すとまた一歩。 後ろ手でカーテンを掴んだのか、ランナーの軽い音が立った。窓辺に追い詰めた藤原の腰を引き寄せ、鼻先をすり合わせた。あと少しで唇が触れそうなところで動きを止めてじっと藤原を見つめる。 それに気づいてきゅっと唇を引き結ぶと顎を上げて固い唇を押し付けてきた。焦らすなと視線で告げてくる。
「いつもより積極的じゃん」
 柔らかい髪に指先をくぐらせて丸みのある後頭部を撫でる。
「……そんなこと」
 言い淀み、ブレザーの襟を柔く掴んだ。指の腹で生地の感触を確かめるように撫でている。
「もしかしてこの格好、ツボだったりする?」
「っ、そんなんじゃねーし」
「そんなに好きならたまにはこれ着てこようか」
「違うし、外では着なくていいです」
「外では?」
「え、あ……違っ、もし知ってる人に見られたらっていう意味で」
 今までで一番赤面してるんじゃねーかなって思うくらい、藤原が動揺している。
 どんな顔をするだろうと思ってはいたが、引かれることも一応は覚悟してたからこれは嬉しい誤算というか、着た甲斐はあったってことか。
「何なら先輩って呼んでもいいんだぜ」
「あっ」
 藤原を机に座らせて、見下ろしながら白いシャツのボタンに手をかける。片手でゆっくりと外しても藤原は抵抗せず、机の端をきゅっと掴んでいる。少しずつ露わになる肌に吸い寄せられるように口づけた。
「わ、啓介さ……っ」
 焦ったように両肩をつかむ藤原に顔を寄せ、血色のいい唇を啄む。唇の上下を交互に吸って、内側の粘膜を舌で撫でると薄く開かれた口から漏れる息にオレの唇が少しだけ湿った。 差し入れた舌で熱い口腔内をまさぐりキスを深めていくと藤原の手が控えめにオレの首に回った。懸命にキスに応える藤原がかわいい。お互いの呼吸が少しずつ乱れていく中、蕩けた顔の藤原が膝をすり合わせたのが視界に入った。
「啓介、……せんぱい」
 実際言われると、ものすごい破壊力だ。心臓を直接鷲掴みされたみたいな衝撃に、全身が震えた。 自分は思ってたよりヘンタイだったのかもしれない。オレはそんな発見はしたくなかったと内心では思いながら、たまらず藤原をベッドに押し倒した。

2017-05-27

サイト5周年記念のリクエスト。
「啓介が高校時代の制服を引っ張り出してきて、拓海と制服デートするお話」でした。リクありがとうございました!

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