まてない

 赤城でのプラクティス後、朝までやっている馴染みの居酒屋で、理由をつけてはよく飲み会が開かれる。
 たまたま今日は流れで参加することになったはいいが、もともとレッドサンズのメンバーが多いDのなかでは拓海だけがよそ者で、加えて元来の社交性の低さから積極的にあの輪の中に入っていけるほどの勇気も気合いも持ち合わせていない。 それでも普段なら啓介がさりげなく拓海の横に来てその中へと導いてくれるのだが、今日はたいてい誰かが傍にいて、話をしようにも啓介が一人になるときなどほとんどないような状態だ。
 座敷で好きずきに固まって胡坐をかき、メンバーに囲まれ雑談に花を咲かせる啓介を横目に見ながらウーロン茶をすする。 話し声が大きくて、嫌でもその内容が耳に飛び込んでくる。走り屋といっても峠を下りれば結局は彼女もいない寂しい男たちが大半の飲み会で、 今日に限ってなのか、やれ女だとかナンパがどうとかセックスだとかの話題で盛り上がり、ここのところ忙しくて啓介と二人の時間を持てていなかった拓海には耳に痛い話ばかりだ。
「で、啓介さんはどうなんすか」
「そういや最近は遊んでないっすよね」
「人聞きの悪いこと言うな、昔も今も別に遊んでなんかねえよ」
「いやいや、ギャラリーの子たちとかお近づきになったり」
「しねえっての」
 ほろ酔いから泥酔まで、イイ感じに出来上がっているメンバーを適当にあしらいながら、啓介もソフトドリンクを飲んでいる。
 そこで一人が「彼女が最近全然やらせてくれないから浮気した」といえば、それぞれが理解を示す反応をしたり最低だと反発したり、 別の一人が「彼女が欲しい」とか「最近セックスしてない」だのと愚痴をこぼしはじめると、まわりの独り身の長い寂しい男たちが同調して次々に嘆き節が飛びだす。
「その点、啓介さんはいいですよね」
「そーですよ。彼女いなくても、その気になればその辺歩いてる女の子だって簡単っすもんね」
「オレが啓介さんの顔ならそれはもう、ものすごいナンパしまくりのヤリまくりだな」
「ナンパなんかしなくても向こうから寄って来てくれるんじゃねえか?」
「そりゃそーだー」
「はあ? バカかてめえら」
 好き勝手に想像話を進める酔っ払いの輪の中で一人素面な啓介は呆れたように一蹴し、隣にいたケンタの頭をピシッとはたいた。
「いってー! 啓介さんオレ何も言ってないのにひどいですよぉ」
「うるせーな。くだらないことくっちゃべってんじゃねえよ」
 そんなことより車の話を、と切り出したところで拓海が啓介の肩をたたく。
「ん? どーした藤原」
「ちょっといいですか」
 それだけ言うと、啓介が答えるより先に腕を掴んで席を立つ。 反射的に啓介も立ち上がり、普段の拓海らしからぬ行動に酔っ払いメンバーも何事かと目を丸くしながら事の成り行きを見守っている。
「ちょ、待て待て、待てって何だよ急に」
「いいから! ちょっと来てください!」
 珍しく声を荒げる拓海の勢いに押され、腕を引かれるまま店の外に出て狭い路地の奥に連れ込まれると、拓海の手は啓介の首に回ってその瞬間に唇を塞がれた。 ちょうど啓介の背が壁になり、暗闇も手伝って周囲からはよっぽど目を凝らして見ない限りは二人がそこにいることにも気付かず、もちろんこんな夜中に路地裏の二人を気に掛ける者はいない。
「ん、ふじ……」
 突然の行動に驚いて肩を押し返そうとする啓介の手を引き剥がして指を絡め、腰を進めて壁に押し付けた。
「……っ、ぁ、は……啓介さ、んっ」
 軽く押し当てるだけのキスからどんどんと舌が絡んで、息が乱れるほどに啓介の口腔内を荒した。
「はぁ、……藤原……どうした……?」
 拓海の望むまま口づけを受けていた啓介が、嬉しいけど、と小声で囁きながら拓海の体を抱きしめる。絡めた指とは逆の手で髪を撫で、頬や耳にキスを落としていく。 温かい手の感触に身をゆだねて目を閉じ、啓介の肩に凭れかかる。
「……すみません……」
 啓介の腕の中、聞こえてくる心音に意識を向けると、いつもより少しだけ脈が速い。アルコールは口にしていなかったはずだと思い出して、顔が赤くなる。
「ん?」
「今だけで、いいんで……」
 呟いて、啓介の肩に顔を埋める。薄手のトレーナーからコロンと少し煙草が混じった匂いがたち、思わず啓介の腰に腕を回して抱きついた。
 表の通りを走る車の音や、どこからか漏れ聞こえるへたくそなカラオケの外れた調子が耳につく。それでも店内での会話を拭い去ってくれるなら、それが雑音でも何でもよかった。
「嫌だね」
「え……」
 思いもよらない啓介の返答に顔を上げて見つめると、口をへの字にして拓海を見下ろしている。声が出ずそのまま固まっていると、啓介が横を向いてしまった。
「今だけとか、ゼッテーいやだ」
 睨むようにまたその切れ長の目を向け、体を入れ替えて拓海を壁に押し付けて口づけた。大きな手に両頬を包まれ、壁と啓介の体に挟まれて身動きが取れず、息苦しさにしがみついた背中は体温が高く、 口内を蠢く啓介の舌もまた熱く溶けそうなほどだ。
「今日、おまえを帰すつもりねえからな」
「……っ」
「せっかく、もう少し辛抱しようと思ってたのに……クソ」
「や、待……っ、啓介さん」
 絞り出した言葉は啓介の口の中へと吸い込まれ、痛いほど抱き寄せられた体はどんどんと熱が上がっていく。啓介の支えがなければ、今にもその場に崩れ落ちそうなほどに膝が震えている。
 乱れた息を吐き、弱弱しい力で啓介の体を離してその目を見上げたところで、店先からケンタの声が聞こえてきた。
「啓介さーん、藤原ー? おっかしーな、どこ行ったんだろ」
 小さく舌打ちをした啓介が拓海の手を取り、路地を抜けて通りへと出るとまっすぐケンタの前へと歩み寄り声をかける。
「ケンタ」
「あ、啓介さん、どこにいたんですか」
「藤原ちょっと体辛いみてーだから、帰るわ」
「えー? ってうわ、ほんとだ藤原、顔真っ赤じゃん。熱でもあんのか? 大丈夫なのかよ?」
 啓介の背中に隠れていた拓海をのぞきこみながら、見たままの率直な感想がぽんぽんと飛び出してくる。
「運転はできるよな?」
 振り返って意味深な笑顔で尋ねる啓介を軽く睨んで、無言でうなずいた。
「コイツこんな状態だし、オレは念のためFDでついていくから、後のことは適当に頼んだぞ」
 たまにしか見せないご機嫌な笑顔を浮かべ、ケンタの肩を叩く。
「はい! 任せてください!」
 胸の前で両手の拳を握りしめて力強く答えるケンタと一緒にひとまずメンバーの元へ戻り、啓介と拓海は店を後にした。

 静まり返った1階の居間は真っ暗で、広い邸の中は人の気配がなかった。いつ来ても、たいてい人がいないこの家はどこか閑散としていて、 それでも部屋に入れば目の前の男の存在感は圧倒的で、その匂いに包まれれば思考が占領されていく。
 そこしか居場所がないというベッドの上で、啓介はまだ上も下も身につけたままだというのに拓海は下半身だけ着ていたものをはぎ取られ、脚の間ではツンツンと立ちあがった金髪が揺れている。 見たくもないのに目が離せなくて、上下に動くそれを目が追ってしまう。時折漏れる水音も衣擦れの音も、荒い息遣いも、視覚から聴覚から拓海を襲う。 ぬめる液体を頼りに差し込まれた指が動くたびに、わざと避けるように掠めていく敏感な腺に触れるたび自分の手を噛んでいなければとんでもないことを口走ってしまいそうで、 飛びそうになる理性を必死につなぎとめる。
「イっ……、くッ」
 強く吸われ、中の一点を指の腹で擦られて息が止まると同時に啓介の口の中へと放っていた。 びくびくと膝が震え、後を引くような快感とだるさに体を倒した。
 噛んでいた指に残った歯形を啓介の舌がたどり、舌は肌をつたって二の腕に吸い付いて赤い跡を残す。 舌が拓海の体を這って首筋から耳へと到達し、穴へと差し込まれた。薄く柔らかい耳たぶを軽く噛まれ、声にならない小さな悲鳴を上げると被さって密着する体を力強く抱きしめてくる。
「腕でも肩でも、噛んでいいから」
 耳に注ぎ込まれた声は掠れていて、その音に顎が上がって剥き出しになった喉元に再び啓介が吸い付いて跡を残した。 上半身を抱きしめたまま、腰を進める啓介の先端がじっくりと時間を掛けてほぐされた拓海の入口へあてがわれ、じわじわと押し開いて侵入してくる。
「う……あ、……っ」
「……ッ、入ってんの……分かる……?」
 先端の一番太い部分を収めるとそこで腰を止め、抱きしめていた体を離して起き上がる。無防備に広げられた拓海の脚の間で、先からとろとろと滴がこぼれている萎えてしまったそこを軽く握り込み、 ゆっくりと腰と同じように手を動かして扱いていく。
「ん……ッ、啓介さ、ちょっ……、待って」
 伸ばした手を掴まれ、啓介が握り込んでいた自身へと添えられる。
「な、自分でしてみせて」
「や! やです、そんな……っ」
 その言葉を遮るように腰を掴んで一気に押し進むと、ひゅ、と息を詰める拓海に触れるだけのキスをする。
「じゃ……トコロテンでイってな」
「なに……っ、あっ」
 拓海の脚を腕に掛けた状態で両手を掴んでシーツに縫いとめ、指を絡める。不安気に見上げてくる顔を見ながら、根元まで入ったものをゆっくりと引出しては一気に突いていく。 啓介が突くたびに拓海は嬌声を上げて顔を顰め、手の甲に食い込む指先は白くなるほど力が入っている。ときどき動きを止めてキスをすると縋るように応えて、そのたびにまた激しく突き上げていく。
「や、あ、あ、……ッ」
 啓介の動きに合わせて漏れる声が言葉にならず、腹の間で擦れる刺激がもどかしく物足りないのに封じられた手はきつく握られていて、 ねだるように見つめてみても口端を上げるだけで触らせるつもりも触ってくれるつもりもないようだ。
「藤原のイイとこは……どこだっけ?」
 言いながらある一点を擦り、拓海の反応が明確に変わったのを認めるとそこを執拗に刺激していく。啓介のリズムに腰が浮いて背がしなり、足先が宙で弧を描く。
「うあ、そこや、……だッ、啓介さんッ、も……ッ」
 腹筋に力が入り、中にいる啓介を締め付ける。二度目の吐精は着たままのTシャツの腹にこぼれて、汗と啓介の放ったものも加わり肌にまとわりつくほどにぐっしょりと濡れて色を変えた。
 解放された脚はパタリと落ちてシーツに漂い、きつく握られていた手には力が戻らない。放心状態の拓海に啓介がそっと口づけ、汗ではりついた前髪を梳き上げる。 されるままキスを受けているとゆっくりと移動した啓介の手が拓海のTシャツを脱がしにかかる。その動きに鈍いながら思考が戻って、思わずその手を止めて呟いた。
「え、ま……また……?」
「当たり前だろ。焦らされまくってるから、その分たっぷりやらねえとな」
「お、オレ焦らしてなんか……」
 啓介の顔を正面からとらえるなり、『彼女が最近全然やらせてくれないから浮気した』という飲み会の席でのメンバーの言葉が突然脳裏に浮かぶ。 啓介が言ったわけではないのにぎくりと固まり、言葉を飲みこんだ。
「分かってるって。もう無理させねえから、とりあえずこれ脱げ」
「あ、オレ、無理なんか……無理なんかしてない、大丈夫ですから」
 裾を捲くり上げようとする啓介の手を掴んで訴えると、困ったように笑って剥き出しになった額にキスを落とす。
「やめるとは言ってねえぞ」
「え……っ」
 Tシャツを素早く脱がして、床に放り投げる。そのまま啓介も着ているものを脱ぎすてて拓海に覆いかぶさった。
 裸の胸を合わせ、啓介の手は拓海の体のラインをたどるように下りていく。力の抜けた下半身にまで手が伸び、太腿を撫で上げる指が尻たぶを掴む。
「ちょ、あ……っ」
「まだまだ足りねえ。おまえの全部で、オレを満たして」
「啓介さん……」
 それは自分のセリフだと即座に言えればよかったのにと回転の鈍った頭で考えながら、降ってくる心地良いキスの雨に打たれるばかりだ。

「はあ? んなこと気にしてたのかよ?」
「え、いやまあ……そりゃちょっとは……心配っつーか」
「っとにおまえは……。けどもう心配いらねえって実感してるだろ?」
 カーテンの隙間から朝日が差し込む中、寝返りを打つことすら億劫な体で、ベッドの上でただ抱き合っている。背中から抱きしめられると伝わるそのぬくもりに安心して、回された腕に口づける。
「つーか、オレのほうが心配だっつの」
「そんなこと……ありえません」
 だるい体を持ち上げて啓介にまたがり、まだ少し眠たげな顔を囲い込むように腕の中に閉じ込めてキスをする。
「藤原のことは信じてるけどさ」
 裸の尻を撫でながら、拓海の唇も堪能する。腰の上でもじもじと体を捩らせる拓海の顔が赤くなりはじめている。
「お、……元気だな、おまえも……あ、こらちょっと待てって」
「……啓介さんのせいです」
「じゃ、責任取らせていただきますか」
 まだまだ慣れないせいいっぱいの誘惑に、啓介は起き上がって体を入れ替え、真っ赤になった拓海にキスを繰り返していく。
 多忙でなかなか時間が取れないことも、酔っ払いのくだらない話もときには役に立つなら、たまには酒の席に参加するのも悪くないなとひそかに思い直した。

2012-09-27

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