With You

 あの夏、初めて藤原に出会った。
 出会い方は最悪だ。今までで一番カッコ悪い。オレが車の勝負で負けたからだ。
 それからずっと気になっていた。どんなやつが乗っているのか、あの型遅れの古いハチロクを、あり得ないテクニックで転がしているのがどんなやつなのか、ずっと知りたかった。
 顔を見たのは交流戦が初めてだったと思う。ハチロクから降りてきた藤原はボケッとしてる風で、全然気負ってもなくて、オレだけがひとりリベンジに闘志を燃やしてあいつを見ているのが肩透かしを食らったみたいな気分だった。 今度こそはとその瞬間を待ちわびていたのに、若いあいつは嫌々来ましたみたいな顔でロクにオレの顔も見てなかったんじゃないかと今でも根に持っている。
 交流戦でも結局負けて、オレはリベンジどころかバトル後にあいつの顔を見ることさえできなかった。
 どうやってそんな技術身に着けたんだとか、一日どれくらい走ってるんだとか、どんな練習してるんだとか、そういう話をしてみたかった。 藤原と名乗ったあいつには秋名の景色がどんな風に見えてるんだってめちゃめちゃ興味あったのに、ゴール地点に置き去りにされたオレがどんな気持ちだったかなんて、藤原にとっちゃ取るに足らないことだったらしい。 さっさと帰っちまったんだって知って、すげーコケにされた気分だった。
 屈辱に屈辱を重ねて、オレはいよいよ藤原のことばっかり考えた。どうやったら勝てるのか、また勝負するにはどうすりゃいいんだって、あいつのことばかり悶々と考えてた。 それこそ四六時中、夢の中でだってあいつと走った日のことを思い返していた。 他所でバトルすると聞けば観戦に行ったし、ハチロクぶっ壊したと聞けばいてもたってもいられずあいつのバイト先に押しかけてみたりした。
 自分を負かした相手だから、オレに勝ったやつだからこんなに気になるんだと思ってた。だけどいつの間にか、無性に顔が見たくなったり、眠そうな顔以外の表情が見たくなったりして、やばいなって気づいたときにはもう遅かった。 本人には数えるほどしか会ってないっていうのに、オレの中では藤原はなんかもう特別なところに居座ってたんだ。
 アニキ以上に影響を受ける人間がこの世にいるかよとまで思っていたオレは、自覚した日は頭の中真っ白で、その後ショックで3日は寝込んだくらいだ。 そのうえアニキが立ち上げた県外遠征チームのドライバーとして引っ張ってくるっていうもんだから、どうすりゃいいんだって動揺と一緒に走れるっていう喜びで心臓が爆発しそうだった。
 自分からチームに誘っておいて、だけど大人げなくエースは一人で十分だって憎まれ口を叩いてみたり、お互い負けず嫌い発揮してどうでもいいことで口げんかしたりして、意識しないようにと意識しまくって自滅ばっかしてた。
「それがなんでこうなるんだ、って話だよな」
「何が、ですか……あ、熱ッ」
 脚の間で擦られるオレの竿を藤原の指がくすぐってくる。裏側が気持ちいいと言えば素直に指先でなでてくれる。 藤原の背中を見下ろしながら腰を振って打ち付けて、衿から覗く汗の浮かんだうなじに噛みつくようにして舌を這わせた。藤原は小さいながら悲鳴に近い声を上げ、苦しい体勢で振り返った。
「ん、キス?」
 問いかけたら照れながら頷いた。この顔が見たくて、分かっているのに聞いてしまう。
(あぁくそ、すげーかわいい)
 藤原はいつだったかバックは嫌だと言ったけど、抱きしめたときに密着度が高まるからオレは好き。そう言ったら渋々だけど受け入れてくれるようになった。
 背中から思いっきり抱きしめながらキスをすると藤原は喜ぶ。オレに揺さぶられながら必死に舌を絡めて、藤原を抱きしめるオレの腕をぎゅっと握るんだ。オレはそうされるのがすげー好きで、最近ではいつも後ろからしてばっか。
 征服してる気分になるというよりは、包み込んでる気分っつーの? たいして体格差もないのに腕の中に収まる感じがたまんねえ。
「ほら、しっかり支えてろよ」
 ベッドを横目に机に爪を立てる藤原の手に自分の手を重ね、指の間をそろそろと撫で上げる。関節の膨らみや爪と皮膚の境目をなぞると藤原の内腿がぴくぴくと震えた。 耳たぶを舐めて中に舌を差し込めば藤原の背中がしなって尻がオレの腹に押し付けられるように跳ねた。動くたびに擦れ合ったオレと藤原の先っぽが何回もキスしては離れ、じれったい感触がもどかしい。 本当は素股なんかじゃ物足りない。ワケわかんなくなるくらいひとつになりてえってずっと思ってる。
 脚の間を行き来するスピードを緩めながら藤原を抱きしめ直す。
「な、気持ちい?」
「あっ、う、……んッ」
「奥まで挿れて、何回もナカ擦って、ぐちゅぐちゅってかき回してイイトコついてやんなくても?」
「やだ、言う、なッ」
「我慢できなくなる?」
「ばか、……ぁっ」
「藤原の好きなコレで入口の浅いとこ出し入れしてほしくねぇ?」
「だ、だめですッ」
「こっちから突いたら腰止まらねえもんな、藤原は」
 赤い耳を何度も舐って耳たぶを唇で挟んで引っ張る。 冷たいそこに吸い付いて舌で遊んで、荒い息を吹き込んでやる。
「可哀相に、入口ひくひくしてるぜ」
「あっ、指入れたらだめだ、って……っ」
 挿し込んだ小指の先が藤原の中で抱きしめられてるみたいに包まれる。
「明日仕事だもんな?」
「んっ、んぅ……も、出るッ」
 それを合図に括れや先端の小さな入口を指先で愛撫すると、藤原はオレの腕にしがみつきながら吐精した。生温かい感触を手のひらで味わいながら、自分の陰茎にそれを塗りたくって絶頂を目指す。 振り返った藤原の手が重なって、オレは素直に委ねた。そのまま藤原を抱きしめ、オレのモノは藤原の手で扱いてもらう。自分でやるのとは力加減も肌の感触も違う。クセになりそうな甘い刺激に、たまらず目の前の唇に吸い付く。 藤原を机に座らせると赤い顔で見上げてくる。見つめ返すと照れくさそうに目をそらす藤原の顔を両手で引き寄せ、さらにキスを深くする。 いたずらを仕掛けるみたいにオレの舌を甘噛みしてくるから、親指で頬を撫で、何度もキスを繰り返した。
 お互い無言で出したものを始末しながら、藤原は少しだけ窓を開けた。
 かなり強引に口説き落として付き合い始めたわけだけど、藤原の口からオレ自身を好きだって聞いたことはない。もしかしてDの間だけのことだと割り切ってるのかもしれないなんてことを考えもした。 でもさすがに好きでもない相手に、しかも同じ男に好き勝手されるようなタマじゃない。
 プロジェクトDの活動はこの夏を区切りに終了したが、結局藤原から別れを切り出されることもなく、オレらの関係は大した変化もなく季節は進んで夜はもうずいぶんと涼しくなっている。
 藤原の赤い横顔を見つめていると、視線に気づいたのかふと振り返った。
「啓介さんって体温高いですよね」
「そうか?」
「自分ではわかんないんですかね」
 控えめに笑ってオレの腰に腕を回してくる。柔らかい髪が頬に触れて、オレは誘われるようにそこに口づけて抱きしめた。藤原の手のひらを背中に感じ、さらに力をこめて抱きしめる。
「さっきの、って」
「ん?」
「なんでこうなるんだって、何だったんですか」
「ああ、いやちょっと藤原との出会いを思い出しちゃってさ」
 あの夏をきっかけに人生の転機が訪れた。 今また岐路に立っているからなのか、目指す先、大筋に悩みなどないものの目の前の小さな選択がその後に大きく影響するかと思うと慎重にもなるという話だ。
「そういやおまえ仕事はどうすんの?」
「……正直迷ってます」
「迷う?」
 うつむいたままオレから離れ、机の上に置かれた大きめの封筒を手に取ってそれを眺めている。
「どこのチームもオレみたいなのにすげーいい条件出してくれてるんで」
 いくつかのチームから声を掛けてもらっているのはオレも同じだ。峠上がりのオレ達にとってはこの上ない話だ。
「ただ車で食っていけるようになるまではおやじの負担になるわけだし……」
 藤原は沈んだ表情を見せて封筒を机に並べると、ゆっくりと窓を閉めた。オレは藤原のベッドに腰を下ろした。
「一瞬、啓介さんと離れるんならどうしようかみたいなこと思ったんですけど、そういうので選ぶ自分は嫌だなって思い直しました」
「まあそうだろ。どうするかはオレ基準で決める話じゃないし、そんな理由、オレだってやだよ」
「そう言うと思いました」
「けどちょっとグッときたぜ」
 藤原は小さく笑って隣に座った。
「啓介さんはもう決めたんですか?」
「んー、大体は絞ったけどまだ決めかねてる」
「啓介さんでも迷うんですね」
「オレのことなんだと思ってるわけ?」
「涼介さんに相談は」
「一応話はするけど、自分で決める」
 表舞台から引退したと言ってもアニキがスゲーことに変わりはない。けどいつまでも追いかけてばっかじゃいられない。 出来のいいアニキの後ろについていくだけじゃなくて、ちゃんと自分の足で進まねえと藤原と生きていくって胸張って言えねえし。
「オレいろいろ考えちゃって頭ん中ぐちゃぐちゃですよ」
「藤原が走り続けるならそれでいい」
 どんな車に乗ろうとどこで走ろうと、藤原が藤原の走りを続けてくれるならオレはたぶんずっとこいつと並んで走っていける。
「ちょっとくらい離れることになってもお互い走ってさえいれば繋がってるって思えるじゃん」
「それは、そうですけど……。啓介さん心配とか不安とかないんですか?」
「オレは自分のことも藤原のことも信じてるから」
 藤原の目を見てはっきり告げれば、藤原は真っ赤になってぐっと唇を噛んだ。
「たまには会ってくれますか」
「え?」
 隣に座った藤原がオレを見上げてくる。まだ少し線の細い首筋までほんのり赤くなっていて、オレは顎をすくってキスをした。
「今から何の心配してんだよ」
「……オレ物心ついたときからひとりで寝ること多かったんです」
「んん?」
「おやじは朝早くから仕事だったし、母親はいなかったし」
「藤原?」
 何の話をし始めてるのか分からず、オレは藤原の頬を指の背で撫でた。
「最近ひとりで寝ると背中が寒くて」
 オレの手を握りながらそんなことを呟いた。小さなその声はばっちりと耳に届いて、オレは知らず赤面していた。藤原は恥ずかしがり屋のくせにたまにこういう爆弾を落としてくる。
「もしかして誘ってる?」
「え、あっ、ち、違いますよなんでそうなる、ん……」
 藤原をベッドに押し倒して唇を塞いだ。潤んだような目を見つめながら触れるだけのキスを繰り返していたら、藤原の手がオレの顔を包んだ。
「オレはひとりに慣れてて、それが気楽で、たぶん死ぬまでそんな感じでいくんだろうなって思ってたんですよ」
 いくらなんでもそりゃ達観しすぎてるだろうと思ったが言わないでおいた。 その代わりに背中に腕を回して抱き寄せる。
「こんな風に誰かと一緒にいる自分ってあんまり想像できなくて」
「人生何が起こるかわかんねーな」
 前髪をかき上げ、きれいな額に唇を押し付けると藤原の瞼が少し震えた。
「オフシーズンに一緒に自主トレしたり、知らない峠走りに行ったり」
「オレはそれだけじゃ足りねえけどな」
「たまにじゃなくて、……この先もずっと、こうやって、……っ」
「当たり前だろ。誰が離すかよ」
 耳元で囁くと藤原はオレに抱きついてきた。
 どこにいても一緒だと本当は言いたかったけど、今はそんな言葉が欲しいんじゃないような気がして、ただ目の前の体を抱きしめた。
「オレ自分がこんな風になるなんて考えもしなかったんですよ」
「うん」
「啓介さんと出会ったことで気づいたことも、むりやり気づかされたことも」
「無理やりってなんだよ」
 笑った振動が伝わったのか、藤原が体を起こしてオレを見下ろしてくる。少しだけ目元が潤んで、鼻が赤くなっていた。
「啓介さんのこと……その、ちゃんと、大事に思ってます」
「……うん、分かってる」
 頬を撫でたらその手にすり寄ってきて、指先に感じる髪の柔らかさにたまらず藤原を胸の上に抱き寄せた。
 腕の中に温もりがある。それを離したくないと、こんなに愛しいと感じたことはなかった。
 そんな風に思うようになったのは藤原と出会ってからだ。オレだって自分がこんな風になるなんて想像もしてなかった。意志を持った人間が繋がって深く絡んで互いにそれを分け合えば気持ちが変わっていくのは自然な流れで、 感情ってのはたぶんそういうもんで、だからこそ余計に、オレの人生には藤原は絶対必要で、アニキと同じくらい、もしかしたらアニキより貴重な人間になってるんだろうと思う。
 今はまだやるべきことも考えることもたくさんあって、いつまでも藤原だけを最優先にはしてられない。 藤原が言うように相手を理由にするんじゃなくて、自分で出した結論に責任持って、それでも藤原と一緒にいるんだってことは譲れないから、そこはもうオレと藤原の擦り合わせ次第って感じでやってくしかねえだろ。
 だけどこの先どんなに遠く離れることになったとしても、せめて一緒にいる時間は藤原の背中を温めてやりたい。寒いなんて感じる暇もないように、オレのできる精一杯で、ずっと、ずっと大事にしていきたい。
「オレあんまり老後っつーの? そういう先のこと考えたりしねえんだけどさ。いずれ落ち着いたら広いピット付きのさ、仲間もたくさん呼べるくらいのでっかい家買って死ぬまでおまえとこうしてるのも悪くねえなぁって今ちょっと思った」
「……でっかい家は掃除が大変ですよ」
 そう笑う声が少し震えていて、オレは藤原の髪にそっとキスをした。

2016-11-26

サイト4周年記念のリクエスト。
「『願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃』をテーマに、死にネタでなくラブラブハッピーエンド」でした。リクありがとうございました! back