愛の言葉

 二人で遊びに出かけたその帰り、夕食も終えて啓介のFDに乗せられ秋名湖へとやってきた。
「藤原ってさ、性欲あんの?」
 唐突な一言に、飲みかけていた水がどこかの器官に入ってしまった。むせて何度も咳を繰り返し、涙目になりながら啓介を見上げた拓海は手の甲で濡れた口元を拭った。
「何ですか、突然」
 啓介はペットボトルを傾けて喉を鳴らすと、何となく、とだけ答えると目の前に広がる秋名湖に視線を戻した。拗ねている風でもなく、別に寂しげでもなく、だけど何かまだ拓海に言いたいことがあるような空気をまとっている。
「その話、触ったらいけないと思ってました」
 切り返す言葉の選択を誤ったと歯噛みしているうちに指先でツンと頬をつつかれた。 そのまま何も言えずに口を噤んでいると、啓介が取り繕うように笑った。
「冗談だって、ごめん。今の話題はオレが悪かった」
 そうは言っても本当は冗談ではないことを、拓海は理解している。

 啓介とはじめて体を重ねようとしたとき、少しだけ切れてしまったのか、かすかに血が滴った。まだ無理だと言った拓海に啓介が我慢できないと暴走してしまった結果だった。 だがそのほんのわずかな血を目にした途端に啓介は一瞬で真っ青になって、結局最後まではできず、啓介は何度も謝りながらずっと抱きしめてくれていた。 拓海も驚いたものの啓介のほうが泣きそうになっていて、ピリピリする尻の痛みよりもそちらばかりが気になってしまっていた。
 その一件以来、啓介はキスはしてもその先へは頑なに進もうとしなかった。しばらくはそれでもよかった。 最初の失敗が響いているのかと思うと、もし自分が同じ経験をすれば次の一歩を踏み出す勇気はそう簡単に湧いてこないと理解もできる。 それ故に強気には出られず、けれどもいつの間にかキスだけでは物足りなくなってきているのも事実で、だからと言っていくらなんでも自分からストレートにセックスしましょうなんて誘える大胆さはあいにく持ち合わせておらず、 男同士ならそんなものかとか、無理にセックスなんてしなくてもいいんだなんて自分に言い訳をしてごまかしていた。だがそれも間もなくもすればごまかしがきかなくなってきて、啓介に触れてみたい気持ちは静まるどころか日に日に大きくなっている。
 いわゆる清い交際を受け入れていた拓海も、啓介のあまりの頑固さに隠れてため息が出るほどもどかしさを持て余していた。啓介を思ってひとり眠れぬ夜を過ごすことも、最近では少なくなかったのだ。
「性欲がないのは啓介さんのほうだと思いますけどね」
 互いに意地を張り合いながら、最近ではキスすら唇を軽く触れさせるだけのものしかしていない。それなのに性欲があるのかだなんて啓介の台詞に、拓海は若干の苛立ちすら覚えてつい喧嘩腰に言葉を投げてしまった。 顔をひきつらせ、飛び出しそうな言葉をぐっと堪える啓介から目をそらした。
「だってさ、オレ正直言うとまだすっげー怖ぇんだよ」
 人ひとり分離れた場所に腰かけていたベンチの上で、啓介が拓海のすぐ隣に移動した。触れ合った腕も離すことなく、そっと手を握った。
「けど……っ」
「この前みたいに暴走したくねーんだ。けどいざ本番になったらさ、抑える自信もねーの」
 情けねえけど、と項垂れる啓介に、拓海は言葉を繋げずにいた。 拓海だって進んで痛い思いをしたいわけではないし、その責任を啓介ひとりで負ってほしいわけでもない。
「すげー好きなんだよ、藤原のこと。そんで、めちゃめちゃ大事にしてーの」
 握り合った手に啓介のもう一方の手が重なった。啓介の気持ちは素直に嬉しい。大切にしたいという思いは、拓海も同じだった。きゅっと握り返して視線を落とす。
「オレは、啓介さんがしたくないならそれも仕方ないかなって思うけど」
「したくないわけねえじゃん」
 自分のために無理はしてほしくないが、その言葉をどう信じればいいのか、拓海は考えあぐねた。触れてほしいと思って手を伸ばしても、それを躱してしまうのは啓介のほうだというのに。
「……なら、今のままじゃ、いやだ」
 真っ赤な顔を隠すようにうつむく拓海に、啓介は唇を寄せた。掠めるだけのそれを追うように、拓海は啓介の首に手を回し、自分からもキスを仕掛けた。
「今のままじゃ、不満か?」
 鼻先を擦り合わせながら囁く啓介に、拓海は逡巡して静かに頷いた。
 啓介のことが好きでこういう関係になったはずなのに、今のままでは友達以上恋人未満のような、中途半端で宙ぶらりんな関係に思えて落ち着かないのだ。
「……あと、ちょっと不安、かも」
 その言葉に目を見開いた啓介の顔を気配で窺いながら、拓海は戸惑いつつも本音を伝える。
「啓介さん、モテるし」
「オレ、一人に決めたら浮気しねえよ」
 まるで心外だと言いたげに少し不機嫌な声になった啓介に、拓海は笑顔を向けた。
「分かってますよ。けどもうちょっとだけその、なんていうか……」
 気持ちを疑っているわけでも、セックスができたからといってそれだけで啓介を繋ぎとめておけると思っているわけでもない。それでも今よりはまだいくらか自信が持てるようになるのではないかとは思う。
「車、戻っていいか」
「え?」
「オレだって本当はこんなキスじゃ足りねえんだ」
 いくら日が暮れて人の気配がなかろうと、さすがに屋外でこれ以上はまずいと思ったのか、啓介は拓海の答えを待たずに立ち上がり、腕を引いてまっすぐにFDへと向かって歩き出した。
 啓介からのキスにすら飢えた体は、啓介にしか満たせない。拓海は唇を噛み、大人しく、しかし期待に胸を膨らませて後を追う。
 助手席に押し込まれるようにしてシートに収まった。啓介が運転席側に回るその短い距離さえもどかしい。 性急に乗り込んできた啓介のシャツの襟に掴みかかる勢いで引き寄せ鼻先を近づけた。
「藤原」
 両肩に啓介の手のひらの熱がじわりと広がって、ぎゅっと目を閉じると同時に啓介の唇が重なった。 軽く押し付け、優しく唇を食み、拓海が誘うように薄く唇を開けばそろりと舌が滑り込んでくる。絡め取る前に舌先で上唇の少し内側を舐められて小さな声が漏れた。
 足りない。足りない。甘い刺激を求めて啓介の名前を呼べば大きな手が背中に回った。力強く引き寄せられ、何度も角度を変えて隙間なく触れ合った唇からは淫靡な水音が響きだす。
「ふっ……、ン、ぁ……っ」
 シャツを掴んでいた手で、啓介の両頬を包んだ。薄っすらを目を開ければ視界いっぱいの啓介も耳まで赤く、つられて熱くなっていく。背中を往復する指先が腰のあたりをまさぐるたびに体が小さく震えてしまう。 啓介はそのたびに手を止めて宥めるように拓海の背を撫でる。拓海はひとつ息を吐いてふわりと笑顔を浮かべた。
「啓介さん、止めなくていいから」
 もっともっととキスをねだり、熱い体を抱きしめる。煙草の味がしないキスが新鮮で、思わず拓海のほうからキスを止めてしまった。
「ン、どした?」
 すぐそばにある濡れた唇と欲を浮かべてぎらつく瞳を交互に見つめ、拓海は何でもないと吐息で答え、もう一度微笑みを返してそっと口づけた。
 じんじんと唇が痺れるほどキスを繰り返してようやく啓介が拓海を解放すると、 拓海はほぅと息を吐いた。こんなキスを今までしてくれなかったなんて、啓介は意地悪だ。 セックスをした後のような気怠さを抱えてじっと見つめていると、啓介は名残惜しそうに何度も触れるだけの軽いキスをして、親指で拓海の濡れた口元を拭った。
 鼓動が聞こえそうなほどの距離からゆっくりと体を起こし、啓介はシートに深く沈み込んだ。大きなため息をついて、片手で額を押さえている。そわそわと落ち着かない気分で、拓海は乱れた息を整えようと深呼吸を繰り返した。
「啓介さん、あの、そろそろ行きませんか」
「ん? ……ああ、そうだな」
 拓海の言葉に啓介がシートに座り直し、エンジンをかけた。アイドリングの音が二人を包み込む。お互い無言だったが、拓海はごくりと喉を鳴らして口を開いた。
「遠回りは、しなくていいです」
 いつも、啓介の車で出かけるときは帰り道が毎回違うのだ。速さを求める走り屋の彼ができるだけ時間をかけて帰ろうとしていることに気づいたとき、拓海は思わず笑みをこぼした。 派手な見た目とは裏腹にとてもかわいいところがあると思った。それと同時に、少しでも長く一緒にいたいと思ってくれてるという気持ちが嬉しかった。
 だけど今日はいつもとは違う。
「なんで」
「……ガソリンもったいないじゃないですか」
 何とかうまく言えないものかと数少ないボキャブラリーを集めてみても、口下手が一瞬で治るわけではない。
「そうかよ」
 案の定、啓介は不機嫌に唇を尖らせている。舌打ちまで聞こえてきそうな形相だ。拓海はTシャツの胸元をぎゅっと握って真っ赤な顔を啓介に向けた。
「だ、だからその、うちに寄っていけばいいじゃないですかッ」
「エッ!」
 再び、しばしの無言が二人にのしかかる。啓介は驚いた顔のまま固まって、拓海は顔を強張らせたまま視線を外せないでいる。
「……言い出したのは啓介さんだろ」
「それは、そう、だけど」
 息苦しさに押しつぶされそうで、このままでは埒が明かないと、拓海は意を決して啓介の左腕をつかんだ。どうするつもりだという啓介の手を、体の中心で熱を噴き上げようとしている膨らみに無理やり押し付けた。 恥ずかしさで呼吸が止まりそうだ。
「ふじ……っ」
「オ、オレがいいって言ってんのに、それじゃだめなんですかね」
 啓介の目を見るどころではない。情けないことを言ってしまったとすぐに後悔が襲ってきた。顔を上げることすら困難で、うつむいてぎゅっと目を閉じているしかできなくて、拓海は目頭が熱くなってくるのを感じていた。
「あ……っ」
 両耳をふさぐようにして啓介の手が拓海の顔を捕らえた。優しいキスが、拓海を啄む。驚いて目を開けると啓介が口を引き結んだ。
「オレも覚悟決める」
 啓介は憑物が落ちたかのような、凛とした表情でそう告げた。 拓海はその目に見つめられるだけでくらくらと眩暈を覚え、腰が砕けそうになった。

 啓介の操るFDは静かに豆腐店の前へと体を落ち着けた。降り立った二人は終始無言で、父親の不在を確認するといよいよ緊張が高まった。拓海は崩れ落ちそうになる体を何とか支えて部屋への階段を上る。 照明を点ける手がかすかに震えている。後ろにいる啓介からビリビリとした熱気が伝わり、鋭い視線がうなじへと突き刺さっている。
 部屋の中心で振り向けずにいると衣擦れの音がして、啓介がシャツを脱いだのがわかった。拓海は震える手をぎゅっと握りしめ、Tシャツの裾を掴んだ。 勢いをつけて脱ぎにかかると啓介の手が脇腹に触れた。
「ひぇ……ッ」
 突然の接触に可笑しな声が出て、啓介のまとう空気が少し和らいだ。
「悪ぃ」
 拓海は脱ぎかけの体勢のまま、両手がふさがった状態で啓介に背中から抱きしめられている。唇が触れそうなほどすぐそばに啓介の顔があり、ただでさえ速い鼓動を落ち着けようと大きく息を吸うと、啓介の手は拓海の胸元へと忍び込んできた。
「ぃ……ッ、んっ」
 啓介は赤くなった拓海の耳を舐め上げ、乳首を摘まんだ。両方を同時に引っ張ったり捏ねたりしながら、拓海の反応を観察している。
 見られている。そんな思いが拓海の羞恥をよりかき立てる。 拓海は腕にまとわりついたままのTシャツを脱いで啓介に向き直り、正面から抱きしめた。裸の胸が重なり、いつもより速い鼓動を感じながら熱を灯し合う。啓介は拓海を抱き締め返し、肩口に唇を押し当てた。 その感触にピクリと体が震え、浅く息を吐いた。拓海の肌を啄む啓介は、どこか緊張した面持ちで眉間にはくっきりと縦皺が刻まれている。拓海は少しだけ口端を上げ、啓介に口づけた。
 羽のような軽いキスに、啓介は我に返ったように拓海の顔を正面から覗きこむ。その眼差しに射抜かれ、拓海の頬がさっと朱に染まった。じっと見つめたままの啓介の視線に耐えきれなくなってうつむいた。 自分の顔がどんどん赤くなっていくのがわかる。ただでさえ整っているのに加えて、惚れた男の顔がすぐ近くにあるのだ。赤くなるものは仕方ない。けれどもさすがに見つめられ続けると恥ずかしさに耐えきれなくなってくる。
「な、何だよ、も、見んな」
 顔を隠そうとする拓海の腕を取り、啓介は嬉しそうに笑ってちゅっと可愛いキスをした。
「好きだぜ、藤原」
「んん……ッ」
「やばくなったら蹴り飛ばしていいから」
 足元にジーンズを落とし、薄い布を押し上げる拓海の主張を撫で上げながらベッドに体を横たえる。むき出しの腹や胸を撫でまわす啓介に、拓海は両腕を交差させるようにして顔を隠した。 恥ずかしがる拓海をよそに、啓介は拓海の肌をくまなく探り、抵抗がないのをいいことに唇を押し付けながら堪能している。舌で乳首を転がされ、意思とは裏腹に拓海の体がびくりと震えた。
「ん、……ッ」
 堪えようとしても声が漏れてしまう。恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちで頭の中がぐしゃぐしゃになっている。啓介の頭が右に左に動くたび、熱く濡れた舌が肌に触れるたび、拓海の体は敏感に反応を示した。
「ふ……、ぅン」
 腕の隙間から啓介の様子を窺うと、啓介がすかさずキスを仕掛け、舌を絡めてきた。首に腕を回し、目を閉じてキスに応える。擦れ合う舌先が上顎を掠め、ぞくりと肌が粟立った。 啓介とキスをするといつもこうなる。期待に震え、抑えが利かなくなってくる。ふわふわと浮足立つような快感のなか、ふいに啓介が体を起こし、拓海のトランクスに手をかけた。 焦らすように下ろされればウエストの部分が屹立に引っかかって、震えるように飛び出したそこが肌とぶつかって小さな音を立てた。
「うわ……ッ」
「えっろ」
 いやらしく舌なめずりをしながら、啓介は拓海のペニスに手を伸ばす。 先走りに濡れる先端を啓介の口腔内に含まれ、舌が絡みついて茎を扱く。羞恥を吹き飛ばすような快感に、拓海は枕に後頭部を押し付けた。クルマのなかで十分すぎるほどに煽られていたせいか、五分と持たずに気をやってしまいそうだ。
「け、啓介さ……ッ」
「ほら、イっていいぜ」
 ぐちゅぐちゅと音を立てながら大きな手にこすられ、鈴口に舌を差し込まれて刺激され、拓海は弓なりに背をしならせて熱を迸らせた。
 解放感に酔いしれていると、精液と唾液にまみれた啓介の指が拓海の後孔にそっと触れた。 途端に緊張が走り、体が強張った。それでも啓介は手を止めず、ゆっくりと拓海の中に指を埋め込んでいく。拓海の隣に体を寄せ宥めるように口づける啓介の背に腕を回して抱きついた。
「痛くねえか?」
「ん、へーき、です」
 必死に異物感を逃がしながら、差し出される舌を絡めてキスを深めていく。横になった啓介の腰に脚を回すと、啓介は自分の体を拓海に跨がせた。啓介を見下ろす格好になり、上半身を震える腕で必死に支える。 下肢に伸びている啓介の手は慎重ながらも拓海の中で蠢き、じっくりと解しにかかっている。拓海の体が動くたび、ペニス同士が濡れた音を立てて擦れ合う。奇しくも兜合わせのような状態で、啓介のものも今にも弾けそうに熱くなっている。 そこが触れ合うたびに快感と痛みが交互にやってくる。
 もうどれくらい時間が経ったのか。同じ過ちを犯すまいとしているのだろう啓介に、キスと愛撫を繰り返し施され、すっかり蕩けきった体は啓介が欲しくて疼きが収まらなくなっている。
「ま、まだ、ですか。オレ、もう……ッ」
 最後までする前にまた達してしまいそうだった。体を気遣ってのことだと分かってはいるが、あまりの恥ずかしさに拓海は啓介に覆いかぶさって肩口に顔を埋めて隠した。
「もう、大丈夫そうか?」
 不安そうに声を掛ける啓介に、拓海は無言のまま頷いた。緊張を逃がすように深呼吸をしながら、啓介は指を抜き、拓海を抱きしめて体を入れ替えて組み敷いた。 肌を触れ合わせたまま唇を重ねられ、拓海の口から安堵したような吐息が漏れた。啓介はキスをしたまま再び秘所に指を這わせ、幾分和らいだそこに熱塊をあてがった。
「我慢すんなよ?」
「いっ、ん……」
 啓介は熱い息を吐きながら、ゆっくりと慎重に腰を進める。拓海はぎゅっと目を閉じて、シーツを握りしめた。 十分ほぐされたといっても、本来受け入れる形にできていないそこは啓介の侵入を阻むように強張っている。想像以上の圧迫感に拓海は息が詰まり、浅い呼吸を繰り返した。
「藤原、つらくねえか、止めるッ?」
 ここで痛いと声を上げれば、きっと啓介は止めてしまうに違いない。そう思うとたまらなかった。これ以上お預けを食らわされれば、平気な振りをしていられなくなる。
「痛くてもいいっ、から、啓介さんの全部、オレにください」
 まっすぐに見据える拓海の言葉に、啓介は汗を浮かべて口端を上げ、ぐっと拓海の腰を押さえつけた。拓海は息をのんで啓介の熱が内部を抉っていくのを感じながら、目の前の艶やかに歪む顔を見つめた。 啓介はつながった部分を確かめながら、ゆっくりと少しずつ腰を進めはじめる。亀頭部分が埋まれば、以前よりは容易く啓介を包んで受け入れた。
「大丈夫か」
 啓介はひと際大きな息を吐き、動きを止めると汗で張り付いた拓海の前髪を梳きあげてほほ笑んだ。こんなに限界まで張りつめているのに、自分の快感を追うよりも拓海の体を気遣ってくれる。啓介の笑顔に、胸がきゅうっと締め付けられた。拓海は啓介の指先に口づけ、静かに頷いた。
「はぁ……、ぁ……はは」
 啓介の分身が内部で脈打つさまさえ感じられるほどぴったりと包み込んだそこが収縮するのがわかる。生々しい感触に、拓海は腹に手を当てながら思わず笑顔を見せていた。
「は、入ってるんですよね、これ、ここに」
「うん、ほぼ全部」
 啓介はやっと繋がれた、そう言って泣きそうな顔で笑った。
「なぁ、どんな感じ?」
「……目一杯広がってる感じです」
「はは。藤原ン中、すげえきちーもんな」
 啓介はじっと動かないまま上半身を屈めて拓海にキスをした。 唇を軽く触れ合わせては見つめ、くすぐったいキスを繰り返した。
「動いても平気かな」
 言いながらゆるゆると腰を揺らし、中の襞をこする。啓介が抽挿を始めるとしっとりなじんだ部分から卑猥な音が上がった。 苦しさに顔を歪める拓海のペニスを扱く啓介の手が速さを増していく。
「あ、あっ、んぁ……ッ」
「すげ、締まって、持ってかれそうだッ」
 奥を突き上げるように挿し入れられ、肌がぶつかる音が響く。 痛いとか苦しいとか、投げつけてしまいたい言葉はたくさんあるのに、力いっぱい抱きしめられると胸がいっぱいになっていく。
「啓介さん」
「ッ、ごめん、辛いか? 抜く?」
 慌てて心配そうに動きを止める啓介に、軽く口づけた。
「オレで、イって」
「え……」
「オレ本当は……ずっと啓介さんとこうしたかった」
 熱い体を抱きしめながら、予定とは違う言葉がこぼれた。 羞恥に染まりあがる拓海の顔を覗きこむ啓介の目に、かすかに光るものが見えた気がした。啓介の大きな手に視界を阻まれ、暗闇の中で啓介の熱が弾けるのを感じていた。
「おまえ……エロいよ。出ちまったじゃねえか」
 啓介の手を掴んで視線を合わせると、泣き笑う表情で拓海を見下ろしている。拓海は何と答えていいか分からず、啓介の赤い顔を見上げていた。何度かまばたきを繰り返し、しばらくの沈黙の後二人同時に吹き出して笑った。
「オレばっか気持ちよくなってごめんな」
「え、あっ」
 啓介は拓海に濃厚なキスをしながら下腹部に手を伸ばした。圧迫感と痛みで快感とは程遠い感覚に覆われていた体が、啓介の愛撫によって再び熱を持ち始めた。
「んん、んっ」
 唇をふさがれているためにうまく息継ぎができず、夢中で酸素を求める。舌を吸われて仰け反る体の中では、啓介の熱塊が燻ったままじわじわと硬度を取り戻しつつあった。
「あ、あ、も……出るッ」
 びりっと電流が走ったような刺激が体を貫いた。浮き上がった腰が力をなくしてベッドに沈み込み、大きく上下する胸に啓介が覆いかぶさってきた。薄く開いた唇の隙間から熱い舌が入り込んでくる。
「ぁ、ん、も……ンっ」
 啓介は拓海の腰を押さえつけ、小刻みに抽挿を繰り返す。口腔内と同じように後孔内もかき乱されていく。徐々に慣れ始めた内部が啓介のペニスに絡み、ぎゅっと締め付けている。啓介は甘い刺激に耐えながら拓海の体を揺さぶった。 腹の間で擦られる陰茎は蜜をこぼし、拓海はキスに応える余裕もなく、啓介の背に腕を回して快感に翻弄されている。唇が離れたところで啓介が小さく呻き、拓海の体を力強く抱きしめて達した。 注がれる熱を感じながら、拓海は荒く息を乱す啓介に口づけた。
「藤原」
 吐息で呼ばれ、視線を合わせると幸せそうに笑う啓介がそこにいた。啓介は自身をゆっくり引き抜いて、そこをじっと見つめた。
「み、見るなっ」
 拓海は体を翻してうつ伏せになると、床に転がったティッシュを手に取った。無防備になった背中に口づけられ、思わず甘い声が漏れた。慌てて口元を押さえる。 その声に気づいているはずの啓介はからかうようなことは何も言わず、鼻歌まじりに舌先で背中一面を愛撫した。
「もう、啓介さん」
 いい加減にしろと睨むように顔を向ければちゅっと頬に口づけられた。視線の先の啓介は、甘く蕩けきった目で拓海を見つめている。
「ん?」
「……、なんでもない」
 啓介のあまりの幸せそうな表情に、拓海はすっかり毒気を抜かれ枕に顔を埋めた。
「藤原、体痛くねえ?」
 背中への口づけを続けながら、啓介は拓海の体をそっと撫でている。
「…………別に」
 痛くないと言えば嘘になる。けれども下手なことを言えばまた啓介が気を遣って、こんな風に触れ合える機会がなくなるのではないかと一瞬のうちに考えた。
「ごめんな。次はさ、もっとちゃんと気持ちよくさせるから」
「え……」
 らしくない自信なさげなその台詞に体をひねって啓介を見ると、片膝を立てて座り込み、照れたように唇を突き出して後頭部をガシガシと掻いている。 拓海は起き上がり、鈍い痛みを感じながらも顔には出さず啓介を正面から見つめた。手を伸ばそうと体を動かした拍子に、零れた精液が脚をつたって流れた。
「……っ」
 同じようにそれを目撃した啓介も固まって、ごめん、と引きつった顔で呟いた。居た堪れなさに拓海は頬を染め、手早くトランクスとTシャツを身に着けて、啓介にシャツを投げた。
「あの、風呂、先に使います」
「あ、藤原」
 拓海は顔を伏せたまま部屋を出ようと戸の前まで行くと足を止め、はぁっと大きく息を吐いた。あとは襖を開けるだけなのに、体がうまく動かない。ぎゅっと拳を握って顔だけ振り向くとすぐ後ろに啓介が立っていた。
「あっ」
 背後から抱きしめられ、薄いTシャツ越しに啓介の熱が伝わる。裸の脚が触れ、鼓動が激しくなってくる。
「け、けーすけさん、服着てください」
「藤原の言葉、嬉しかった」
「あの、えっと」
「オレも、藤原とずっとこうしたかった」
 掠れた声で囁かれ、耳が熱くなっていく。胸の前に回った啓介の手が少しだけ震えていて、拓海は胸がぎゅうっと締め付けられるような息苦しさを感じた。 火照る顔を手の甲で隠し、大人しく啓介の腕の中に納まったままでぼそりと呟いた。
「次は、な……中で出すの、は、なしで」
 振り向きざまに口づけて、部屋に啓介を残して逃げるように階段を駆け下りる。脱衣所の扉に背中を預け、息を吐く。鏡に映った真っ赤な顔にますます居た堪れなくなって両頬に手のひらを押し付けた。 啓介も拓海の部屋の扉の前で棒立ちになり、拓海からの言葉とキスを思い出していた。口元を隠すように手で覆うとその場にしゃがみ込んだ。
「次も、あるんだ……」
 そう遠くない未来の話を、二人は同時に思い浮かべた。

2014-08-08

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