好きなんだベイビィ

遠慮しないでオレを呼べよ。
指を鳴らして。
すぐに走っていくよ。
何があったって、駆け付けたいんだ。
抱きしめさせておくれよ。
だって好きなんだ。

いつになく無表情で無口な愛しい人。
何があったか、聞かなくても分かるようになりたい。
まだまだその領域には届かなくて、それでもそこに辿りつきたくて。
二人でそこまで行けるなら、絶対にその手を離さないのに。

「なあ、腹減らねえ?」
考えててもどうせ答えなんてでてこない。
他人の思考が手に取るように分かるなんて、きっと無理。
だからそばにいて、少しでも気が紛れるなら怪訝な目付きで睨まれたってへこたれない。
「……別に、そんなに減ってません」
「じゃあファミレス寄って行こうぜ」
「……じゃあって…その答えおかしいっすよ」
NOが聞きたいんじゃないからそんなのムシムシ。
強引に腕を引いてFDのナビに押し込む。
ハチロクは松本に預けられるっていうし、送っていくのは恋人の役目…いや、特権だろ?
すぐには帰したくないってオトコゴコロ、おまえにだって分かるだろう。

不機嫌に尖る下唇を、いたずらに指で挟んでみる。この弾力は癖になる。
ジロリと無言で睨まれる。
ああ、オレにはそんな顔も全然怖くなんてないんだぜ、拓海。
「ごめん、可愛くてつい」
なんてニヤけて言いながら、ギアを入れて目的の場所に向かう。
さらに不機嫌にしてしまったかもしれない、窓に映る顔がさっきよりむくれている。
立ち寄ったファミレスは秋名に入ってから一番最初に目についたところにした。
プラクティスが終わった深夜、それでもちらほらと客は入っているようだ。
「好きなの頼めよ」
メニューを手渡しながらご機嫌伺い。
相変わらずのふくれっ面でメニューに視線を落とす。
何かあったのか、言いたくないなら無理には聞かない。
気付いているけど、気付かないふりして普通にふるまう。
「あ、『オレ』っていうのもありだぜ~拓海」
鼻歌なんかで茶化しながら、二人のときしか呼ばない名を口にする。
相変わらず下唇は尖ってるけど、その頬の赤らみは隠せない。
オレの恋人はポーカーフェイスが苦手みたいだ。
ちょっとはオレにも意識を向けさせたかった半分は冗談の、半分は本気の提案。
いや、九割は本気だ。
おまえが望むなら、オレは何だってしてやりたいんだぜ。
オレがそう思ってること、おまえはもう知ってるだろう?
「じ、じゃあ、それはあとで……」
オイオイオイオイオイオイオイィィ!
耳まで真っ赤になってうつむいて、もじもじしちゃってんじゃないよ!
つられて自分の顔が赤くなる音を聞いた。
ああ、今すぐここから連れ去りたい。連れ去って誰にも見えないところに閉じ込めて、うんざりするほど愛したい。
咳払いをしてメニューに向き直る。
手早く済ませられるメニューを必死に探している自分に気づいて可笑しい。
そして本当にさっさと軽い食事を済ませて、藤原豆腐店への道を急ぐ。

通い慣れた店のシャッターをくぐり、電気の点いてない暗い居間を横切って軋む階段を上がって、拓海の部屋に通される。
親父さんは飲みに出かけたらしい。
襖を閉めて振り返った途端、胸の中に拓海が飛び込んできた。
二人きりでもなかなか甘えてくれないのに、いつもと様子が違いすぎて、ますます心配になってきた。
「何かあったのか?」
言いたくないなら聞かないでおこうと思ったのに、ついつい口に出てしまう。
ふるふると頭を横に振って、さらに力を込めて抱きついてくる。
「少しだけ……このままで……」
「ん、リョーカイ」
目の前にあるつむじにキスを落として、抱きしめる腕に力を込める。
オレはここにいる。
いつだっておまえの横にいる。

ふいに体を離してキスを強請る拓海の眼が潤んでいる。
望むまま応えて、望む以上に味わいたい。
そしてオレの大好きなおまえの甘い声を聴かせて。

なあ、全部見せてくれなんて言わないさ。
ただもう少し、おまえのほうから甘えて頼って、
辛い時はもたれかかってくれたらいいなんて願うのは、わがままなのか。
そんなおまえを包み込めるくらいに、オレは成ってみせるから。

遠慮しないでオレを呼べよ。
指を鳴らして。
すぐに走っていくよ。
何があったって、駆け付けたいんだ。
抱きしめさせておくれよ。

だって好きなんだ。

next

2012-02-06

back