ディナー
もともと口数少ないやつだけど、今夜は輪をかけてしゃべらない。
珍しく藤原が行きたいって言い出した店だった。なのにそこを出てから藤原の態度が冷たい。味だって結構美味かったし店の雰囲気も良かったと思う。だからこんな態度になる理由がまったく思い浮かばない。
飯が原因じゃないならなんだってンだ。オレか? いやいや、過剰だって言われるスキンシップは我慢してるし嫌がってる甘い台詞だって外では一言だって漏らしてない。……はずだ。
普段は車漬けな毎日だから藤原とのこういう時間って結構大事なんだ。タンクが空になったFDにガソリン給油するみたいな感じ。
オレとしては毎日こうならいいのにってくらい楽しんでるんだけど、藤原はいまいちピンときてねえみたいだ。やっぱ温度差感じちまうよな。
そりゃ惚れたのだってオレが先だし告白だってオレからしたし、わりと強引に藤原とこういう関係になったって自覚はあるから極力譲歩してるつもりなんだけど。でもやっぱりこの態度は納得いかねえ。
「なあ。そんな態度取られる理由がどこにあるんだ?」
ぐるぐる考えてるのは性に合わない。意味わかんねえから車止めて問いただしてみた。 夜景でも見ようと初めて来た峠は閑散としていて、車なんか全然来やしない。
「……誘ったのオレなのに、啓介さんが出したら意味ないじゃんか」
「え?」
飯奢って怒られたことなんて初めてだ。そこは美味かったですありがとうって笑顔でいいだろ。
「じゃあ次のときは藤原が」
「前も、その前のときだってそう言ってた」
「あ、あれ、そうだっけ?」
「確かにありがたいけど、こう出してもらってばっかだとさすがに悪いっつーか、行きづらいです」
「えっ!」
それは困る。大いに困る。ただでさえ会う時間は多くないってのにオレのささやかな癒しのひと時がなくなるなんてのは大問題だ。
「オレ一応働いてるし」
小さくむくれる藤原を見て、オレは少なからずショックを受けた。今までどっちが出すかで揉めるなんて経験がない。だいたい自分が払うのが普通だったし相手もそれを期待してた。藤原もそうだって疑いもしなかった。
悩んでるらしい藤原には悪いけど、こういうのって新鮮だ。
「悪かったよ。けど年下のおまえに全額出させるわけにはいかねえのは分かってくれよな」
「それじゃ不公平じゃないですか。今日の分も受け取ってくれないし」
「不公平って……あー、じゃあ次からは割り勘にして、今日の分は藤原がもう十分だって思うくらいのキスでどうだ?」
「え、……えっ?」
我ながらいい提案だ。
あたふたしている顔を見ながら、自分の唇を指さしてみる。それを見た藤原が火を噴き出しそうなくらい赤くなった。
くっそ。キスくらいで何でこんな可愛い反応すんだよ。もっとスゲーことしちゃってるじゃねえか。
「マジで言ってるんですか」
「大真面目だけど」
「本気、ですか」
「あとついでにごちそうさんって言いながら笑顔な」
しつこく確認してくるから助手席側に身を乗り出してねだってみたら藤原はうっと言葉に詰まって、それから遠慮がちにオレの顔に手を伸ばしてきた。
それでもまだ躊躇ってるから仕方なく目を閉じてやると優しい力で引き寄せられた。そっと触れるだけのキスをして、藤原は離れていった。目を開けたら、ちょっと潤んだ目元を赤くしている藤原がオレの耳たぶを指先でつまんだ。
「これだとオレばっかり得してる気がする」
そんな一言にオレはたまらず爆笑しちまった。藤原は何で笑われたのか分からねえみたいな顔でしかめっ面になっている。自分が何言ったのか、まるで理解してねえ。あげくオレのほっぺたを思いっきり両手でつねり上げてきた。
オレの恋人は時として本当に暴力的だ。それが照れ隠しって分かっていてもちょっと困らせてやりたくなる。
「ったく、いてーじゃねえか」
「ンな笑わなくたって、……っ」
「おまえ本当分かってねーのな」
藤原からのキスがオレにとってどれだけ意味を持つのか。
引っ込めようとする手をつかんで、その指先にキスをした。もちろん赤い顔を見つめたままだ。藤原は戸惑い固まって、視線をそらす。それに構わず手のひらに唇を滑らせて、そっと囁く。
「藤原、もう十分か?」
啄むようなキスを繰り返し、続きをせがむ。FDの中を彷徨っていた視線が戻ってきて、何度かまばたきをした後で藤原は頭を傾げて唇を押し付けてきた。
頑なに閉じた唇を舌でつつくと閉じた瞼がピクリと揺れた。薄っすらと開かれたそこに舌を挿しこめば押し返そうとする舌と触れ合う。握った手を解いて首筋を指で辿ると藤原は小さな声を漏らした。
Tシャツの丸い襟元から指先だけを忍び込ませて、鎖骨を撫でる。
「んっ」
堪えられずに出た声につい笑みがこぼれる。藤原はそんなオレを咎めるみたいに唇を甘噛みしてきた。顎のラインを指先でなぞりながらキスを深くしていく。
荒い息を抑え込みいつもより早めに唇を解放すると、藤原は何となく物足りなさそうな顔をして、それに気づいたのか慌ててその表情をひっこめた。分かっていながら、オレもあえて続きをせずにシートに体を戻す。
「そろそろ送ろうか」
うつむく藤原の前髪を梳いて、少しだけ熱を持った頬を指の背で撫でた。 その手を藤原がぎゅっと握ってきた。
「……まだいい」
耳も、首筋まで赤く染めながら、藤原はそう呟いた。今すぐどこかに連れ込みたい衝動を抑えて、オレは極力優しく藤原にキスをした。藤原はオレの手を握ったまま、熱を宿した目で見上げてくる。
「朝まででも?」
オレの掠れた声には欲情してますって音がしっかりこもっていた。藤原は何も言わなかったけど、かすかに首を縦に振った。
我ながら抑えが利かずに恥ずかしいが、こんな藤原を前に冷静でいられるやつなんかいるわけねーよ。
思い切りアクセルを踏み込んで、辺鄙な峠には似つかわしくない南国リゾートみたいな作りの建物にFDをすべり込ませた。
2018-11-08
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