FAKE 3
家人のいない広い家。
真っ暗な廊下を電気も点けず手を引かれ、階段を上る間も啓介は拓海に触れ続けた。
「誰もいねーから安心しろよ」
「だからってこんないきなり、待っ、せめて風呂に……わっ」
「こっちは一年待ったんだ。もう待ったなしだぜ、藤原」
部屋に入った途端いきなりベッドに組み敷かれ、啓介は余裕など吹き飛んだ様子で性急に唇を合わせて拓海の服をはぎ取っていく。その早業に抵抗が追い付かない。
「あ、ちょっと啓介さん何やってるんですかッ」
「何だよ、着たままする方が好きなのか?」
「いっ、いやそういうことじゃなくて」
「脱がされるのがいや?」
そう問いかけてきながらも、ジーンズのファスナーを下ろしてゆとりのできた腰のあたりから片手を差し込み、下着に手をかけている。悲しいかなこれが経験値の差というものなのか。
拓海は啓介の体温を感じながらびくびくと体を震わせ、それでもその侵攻を食い止めようともがいている。
「あの本当にちょっと、待てってば!」
「う、ぶっ」
両手でがっしりと啓介の顔をつかんで押しのけ、拓海は自分の体を丸めて膝を抱き込んだ。
「何だよもう。初めてってわけじゃねえんだろ」
不満そうにこぼす啓介に拓海は息をのんだ。
断じて言うが嫌がっているわけでも怖がっているわけでもない。ただちょっとペースについていけないだけだ。
恥を忍んで言うべきか、それとも過去の話など言わざるべきか。拓海は少し悩んで、啓介を見上げた。尖らせた唇が本人の心情を如実に表しているようで、拓海はため息をつく。
「そんなガッつかれたら初めてじゃなくてもさすがにビビると思うけど」
小声のそれは、啓介にはばっちり聞こえていたようだ。青ざめた顔を手で覆いながらうなだれている。
「ごめん」
なんて聞こえてきて、珍しく気弱な姿を見せる啓介に拓海はなぜか胸がキュンとした。かと思えば啓介はいきなり自分の両頬を力いっぱい張り飛ばし、ぎゅっと目を閉じながらおまえも殴れと言ってくる。
端正な顔が痛々しいほど赤くなっていて、拓海は思わず小さく笑みをこぼした。
目の前の赤い頬を両手で包んで引き結ばれた唇に自分のそれを重ねる。瞼がゆっくりと開いて切れ長の目が拓海を捕らえた。
至近距離でまっすぐに見つめられ、ドギマギしながら生唾を飲む。
「あのオレ、カッコ悪い話ですけど、経験なんかないに等しいし、こういうの本当慣れてないんですよ」
自分がいたたまれず視線をそらしながら一息に告げる。
「うん、ごめん藤原」
啓介は拓海の体を優しく抱き寄せながら、さっきとはうってかわってずいぶんと余裕を取り戻したようだった。笑顔にときめく自分が悔しかった。
「藤原がオレの部屋にいるって思ったら頭まっしろになった」
「そっ、んな大げさな」
鼻先を触れ合わせてくる啓介に、拓海は視線を外しながら顔を引きつらせた。
こわばる頬に啓介の唇がそっと触れ、顎や瞼、唇に移動していく。恥ずかしさにうつむくと髪にまでキスをされた。膝立ちになった啓介は徐に服を脱ぎ始める。いよいよかと覚悟を決めて、拓海も服を脱いだ。
啓介の引き締まった細身の体や長い脚は日に焼けておらず、だが生白さはなく動くたびに隆起する筋肉を見て拓海は知らず自分の体と見比べ、もっと筋肉つけようなどと考えていた。
「今色気ねぇこと考えてるだろ」
答える前に唇を塞がれ、角度を変えて舌が絡みついてくる。啓介は拓海の背に回した手をゆったりと動かす。
肌の上を滑る指の動きを敏感に感じ取りながら、それでも啓介の体には手を伸ばせずにいた。
「手はここ」
啓介は焦れるように、だが楽しそうに拓海の腕を自身の首へと回させた。
より密着する体に緊張を高めるが、キスを重ねているとふわふわと心地良いぬくもりに包まれて自然と体の力が抜けていくようだった。
啓介の唇は上半身のあちこちに散らばって吸い付き、くすぐったさに少し声が漏れた。目が合って照れくささに口元を片手で覆うと、啓介は首筋に強く吸い付いたあと、流れるような動きで拓海の耳を舐めた。
中まで舌を差しこまれ、驚きの声を隠せなかった。腕をつっぱっても啓介は拓海の体を離さず執拗に耳を舐めてくる。荒い息や掠れた声がとめどなく注がれれば脳は次第にそれを快感ととらえ始め、脚が震えはじめる。
啓介は拓海の腰を抱き寄せて耳への愛撫を繰り返している。
「啓介さ……っ」
啓介の片手が拓海の胸に移動して、小さな突起に触れた。電流が流れたような痺れに咄嗟に肩をつかんだ。啓介は熱い視線だけを寄越し、唇を塞いだ。
「んん、ン……ッ、ぁっ、んんっ」
熱の塊を腹の間で擦り合わせてくる。優しくもどかしい刺激に腰が揺れてしまう。初めての快感に酔いしれる拓海の秘所に、啓介の指が埋まった。
与えられる快感と不快さが交互にやってきて、思わず啓介に抱きついた。
「や、あぁ、抜い……ッ」
「こっちは初めてだろ?」
「あっ、当たり前です」
「んじゃ、じっくりほぐしとかねーとな」
言葉通り執拗に愛撫され、拓海の体はぐずぐずに拓かれていく。恥ずかしさに悶えても手を休めてもらえず、シーツの上で小さく痙攣を繰り返す体を優しく撫でていた啓介が、ゆっくりと拓海の脚の間に顔を埋めていく。
「……け、すけさん?」
視界から遠ざかった啓介を探して頭を動かすと、ふいに強い快感に襲われた。背中を反らせ、シーツをぎゅっと握りこんだ。
下腹部への刺激と同時に水音が耳に飛び込んでくる。何をされているかなど考える間もなかった。
「あっ、啓介さ……、も、やばっ離してくださっ」
脚の間で揺れる金髪に指を梳き入れる。一向に離してくれない背中を弱弱しく叩き、引きはがそうと肩を押す。
それでも離れるどころか強く吸われ、扱かれ、堪えきれずに欲を放った。
「あ、あ…っいやだ、ッてば、吸うな…ぁっ」
音を立てて吸い取られて、恥ずかしさにたまらず起き上り、蹲る背中に覆いかぶさるようにして顔を伏せた。
「信じらんねぇ、何考えてるんですかっ」
恥ずかしさのあまり顔を上げられない拓海は啓介の背中に向かって叫んだ。
啓介は体を起こし、口元を手の甲で拭いながら拓海の目を覗き込む。咽頭が上下する様子が視界に入り、体中の血液を集めても足りないくらいに顔が熱い。いっそ失神したいほどだ。
「泣くなよ。そんなにいやだった?」
言われて初めて自分が涙を流していることに気が付いた。
「でも、こ、こんなことまでしてくれなくても……っ」
「嫌じゃなかったんなら素直に感じててくれ」
目元を撫でてくる啓介を見上げればこの上なく優しく微笑まれ、それ以上は強く言えなかった。
「先、進んでも平気か?」
ゆっくりと押し倒され、熱を孕んだ目で見下ろされている。啓介の手が内腿をさすり、指先が太腿の際どい場所まで下りてきた。反射的に体を硬くするが、ぎゅっと唇を引き結んで啓介の体を抱き寄せた。
窄まりにあてがわれた啓介の熱塊が、そこから拓海の体をじわじわと溶かしていくような感覚だ。痛みと異物感に内臓がせり上がってくる。細かく息を吐いて何とかやり過ごし、ようやく啓介を見上げた。
どこか穏やかで、感極まった表情を浮かべる啓介はシーツに前腕をつけて拓海にキスをした。唇が優しく触れただけなのに、啓介の思いが流れ込んでくるようだった。胸の奥のほうがじわりと温かくなる。
汗ばんだ額に張り付く前髪をそっと梳かすと、その手を取られ指先に口づけられる。
「体、辛くねえか?」
挿入したまま動きを止めて、拓海が落ち着くのを待ってくれていたのだ。その気遣いに思わず啓介を締め付けていた。
「ん……ッ、藤原あんま締めんなって」
夢で見ていた啓介とは違う。実物とはこうも扇情的で、こんなにも心を満たしてくれるものだったのか。自分の想像がどれほど貧弱なものか、本物の威力を思い知らされる。
「熱烈歓迎は嬉しいんだけど、そんなに締めたら取れちまうぜ」
「そんなこと言ったって……ぁっ」
何とかしたくても下半身が言うことを聞かず、啓介がわずかに身じろぐだけでもさらに締め付けてしまう。快感を押し殺した吐息が耳をくすぐる。
「っ、啓介さん、もう……あの……動いても」
「いいのか?」
「は、はい。けどできるだけゆっくり、お手柔らかにお願いします」
「……なるべくがんばる」
嬉しそうに囁きながら口づけてくる啓介は、拓海の体を堪能するようにゆっくりと腰を動かし始めた。焼けつくような熱も痛みも、丸ごと抱きしめられて快楽の波で翻弄されていく。拓海は夢中で啓介の体を抱きしめていた。
互いの熱を放出し、拓海は脱力した体をベッドへ投げ出していた。覆いかぶさる啓介の体温と重みは心地良く、今まで感じたことのない充足感に包まれている。
経験は乏しくとも、とても大事に、優しく扱ってもらったのだということはさすがの拓海も理解、というよりは体感できた。
当の啓介は蕩けた拓海の唇を啄んでいた。そこだけでは飽き足らず、頬も瞼も耳も拓海の顔中を好き勝手に楽しんでいる。くすぐったさに顔をそらせても、こっちを向けと言わんばかりに啓介の手がすぐに伸びてくる。
「……キス魔」
いつだったかケンタが啓介をそう評したのを思い出し、呟いた。啓介は動きを止め、拓海の唇を指でつまんだ。視線を送るとどこか不服そうで、拓海は何度かまばたきを繰り返した。
「啓介さん」
すっかり掠れた声が恥ずかしかったが、拓海は一つ息を飲んで啓介を見つめた。
「どうした」
「いや、あの……ありがとう」
「……何に?」
「いろいろ、全部」
啓介はいまいち納得のいっていないという表情を隠しもせず、頭を掻きながら拓海の隣で胡坐をかいた。
「これっきりみたいな言い回しすんのやめてくれよ」
「えっ、そんなつもりじゃ……あ、でも」
「でも?」
片眉を上げる啓介に、拓海は慌てて体を起こす。尻の痛みにわずかに身を強張らせつつ、指先で頬を掻く。
「啓介さんは、オレで満足したのかな、って、その」
「満足はしてない」
その返答に、拓海はサッと血の気が引いていく。自分ばかりが気持ちよくしてもらっていたのかと、啓介に対する申し訳なさが胸に溢れてくる。言葉に詰まりうつむくと、啓介は力強く拓海の体を抱きしめた。
「まだ夢見心地っつーか、この藤原本物だよな? オレの妄想じゃねーよな? って感じ。一回じゃまるで足りない」
じゃれつくようにキスをされ、二人してシーツの上に倒れこんだ。
「も、心臓に悪いっつーの」
安堵のため息を漏らし、啓介の胸に額を押し付ける。背中に回る手は温かく、拓海は目を閉じて啓介の少しだけ速い鼓動を聞いていた。
「藤原が寝ちまう前に風呂入るか」
そう言って起き上がった啓介は脱いだ服を拾い集める。拓海のジーンズを手に持った拍子にポケットから何かが滑り落ちた。それを拾い上げると、啓介は一呼吸の間をおいて肩を揺らした。
拓海はぼんやりとその様子を眺めていたが、戻ってきた啓介に再度組み敷かれる体勢となり、逃げ場もないのに後ずさった。
「これを持ってるってことは、オレの妄想でもなんでもなくて、紛れもなく本物の藤原だってことだよな」
「え?」
訝しげな拓海の目前に翳されたのは、コンドームのパッケージ。啓介がくるりと反対の面を見せるとそこには携帯電話の番号が書いてある。あっと驚く声を上げるよりも早く、拓海は啓介の手からそれを奪い取った。
「あの、これはその、違うんですえっと、なんていうか、あの、忘れてもらうわけには」
「いかねえな」
一糸纏わぬ姿では隠しようもないが、どうにか背中に当たる枕の下にでも埋めてしまいたかった。
「体辛くねえなら、それ、使っちまおうか?」
「えっ、あの、……今?」
男の自分を抱けるのだろうかなどという心配は杞憂に終わった。それどころか、啓介は拓海が思うよりずっと体力も回復力もあるらしい。
やっと風呂に入って眠りに着く頃には一人で立つのも一苦労なほどにいろいろなものを消耗していた。
セックスを教えろと迫ったのは拓海本人だが、まだ若葉マークのつく自分のレベルにはコースが少々上級すぎだと贅沢な悩みを抱えることになったのは誤算だった。
それでも、熱い腕の中でため息をつけるのはこの上なく幸せだと思うのだからまったく始末に負えない。
「何難しい顔してんだよ、藤原」
「なんでもないです」
拓海は考えるのを放棄して、広げられた両手の中に素直に飛び込んだ。
2018-01-18
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