伸ばす指先

 目が覚めたら夢だったんじゃないかって不安で、けど閉め切ったカーテンを開けて朝日をこれでもかって浴びるとあいつの言葉や控えめな笑顔が鮮明に蘇ってくる。

『今度の休みは……、啓介さんのためにあけておきますから』

 気持ちを素直に認めてしまえばいつもと同じ景色だって違って見えてくる。憂鬱だった月曜日だってテンション上がるし今にも叫び出しそうな気分だ。 会えない夜さえワクワクして、今か今かって携帯ばっか気にしてる。携帯が鳴るだけでばかみたいに高揚して、電話じゃないとがっかりして、だけど送られたメールの画面見ながらニヤニヤしてる。 自分でも戸惑うくらいに浮かれてる。とてもじゃないけどこんな顔は見せられない。

 金曜日の夜七時を回ったころ、仕事を終えた拓海からの連絡に、すぐに迎えに行くから家にいてくれとだけ告げて慌ただしく部屋を飛び出す。
 恥ずかしいくらいに舞い上がっている気持ちが収まる気配もないまま、啓介のFDはレコードを更新する速度で藤原とうふ店に到着した。
「お疲れ。もう出れるか?」
 助手席に乗り込んだ拓海に声をかけて顔をのぞきこむと、びっくりしたように赤くなってからぼそぼそと答える。
「はい……すみません迎えに来てもらっちゃって」
「んじゃあ、行くか」
「は、はい」
 拓海がシートベルトを締めるのを確認してから、ゆっくりとアクセルを踏む。前を向いていても拓海の緊張が手に取るように伝わり、どうしたものかと苦笑する。 その緊張を少しでも取り去ってやりたくなり、ひとまず二人きりの状況を回避するべく、目についたファミレスに入るためにハンドルを切った。
「メシまだだよな? うち何もねえし食って行こうぜ」
「あ、はい」
 ぱ、と少しばかり明るくなった表情で応える拓海に笑顔を返し、駐車場の空いている一角へと車を停めた。
 駐車場の混み具合とは裏腹に店内は満席というほではなく、あっさりと席へと通される。 なるべく世間話や車の話を話題に選びながら、それでも友達のようになり過ぎないよう注意しながら会話を運ぶ。 食べている最中も食後のコーヒーも、味わっている余裕はいつもより格段になかったものの、徐々に打ち解けてくる拓海の笑顔に胸をなでおろした。



「お、じゃまします……」
 広い玄関を通り過ぎ、部屋へと通す。何度か連れて来たことはあるものの、部屋の中の散乱っぷりに毎度驚かれしまう。それでも今日はまだ床の見えている範囲が広いほうなのだ。
「これでも朝から片づけたんだけどな。ま、適当にしてくれ」
 ファミレスで緊張が解けたのも束の間、自宅に近付くにつれてまた少しずつ緊張の色を濃くし始めた。平静を装おうとして失敗している拓海にできる限り優しく声を掛け、床に腰を下ろした。 啓介につられて横に座る拓海の手を握ると、緊張のせいか指先が驚くほどに冷え切っている。
「ふじわ……」
「あのオレ、大丈夫ですから。ちゃんと、覚悟できてます」
 震えた声で言う拓海をしばし見つめて、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回して赤くなった頬をつまんで引っ張った。
「あのなあ藤原。いくらなんでも緊張しすぎ」
「ふ、ふいまへ……」
「まあその、覚悟はすっげー嬉しいけど、ゆっくりいこうぜ。いきなり取って食ったりしねえから安心しろ」
「ふぁい」
 頬をつままれたまま答える拓海に触れるだけのキスをして、体を抱き寄せた。抱きしめるだけでもまだ体を固くする拓海に無理強いはできない。
 覚悟と言うなら、啓介にも一線を超えないように自制するというエベレストよりも高そうな目標があった。 とにかくスキンシップに慣れさせようと、固まる拓海を反転させて背中から抱きしめる。
「け、けいすけさん」
「ん?」
「あの、この体勢は……」
 背中から抱きしめられたままうつむき加減の拓海はうなじが真っ赤に染まっている。
「前からのがいいか?」
「ええっ、いや、そんな」
 ぶんぶんと手を振ってさらにうつむく拓海は啓介の脚の間で小さく丸まっている。
「まさかおまえのほうがとっとと済ませちまおうなんて思ってねえよな」
「や、あの……オレすっげー緊張してて……もう、正直緊張しすぎでどうにかなっちまいそうです」
「……おまえな、可愛いこと言うんじゃねえよ」
 固まる拓海を振り向かせ、優しくキスをする。びくりと震わせた体をさらに抱き、唇を寄せる。反射的に逃げようとのけぞる体がバランスを崩して後ろに倒れ、床に重ねて置いてあった雑誌に頭をぶつけた。
「あいてっ」
「……。……はは!」
「ちょっと、何笑ってんですか」
「そーいうとこ、好きだぜ」
「は……ぁっ」
 覆いかぶさり、開いた口の中へと舌を差し込む。いっそ感じまくってしまえば緊張なんかぶっ飛んでしまうかもしれない、そう考え付いて、触れるだけのものとは違う、快感を引きずりだすために口内を貪る。
「ふ、んん……っ」
「息止めんな」
「……なこと、言ったって……ッ」
 指先で首筋を撫でると、反射的にしがみついてくる。
「ココ弱い?」
「言う……、なぁ」
 浮かんだ涙を舌ですくって、縦皺の入った眉間にもキスをする。体を起こしてベッドに腰掛け、膝の上に拓海を乗せた。 目の前の首筋に顔を埋めると、普段の拓海の匂いではなく、かすかにボディソープの香りがする。
「なぁ……もしかして風呂入った?」
 顔を覗き込んで聞くと、その言葉に真っ赤になって、慌てて顔を隠す。 ただでさえこのまま理性が保つか、一線を超えずにいられるか自信があるわけではないのに、拓海の覚悟に応えるべきか否か分からなくなってきた。
「顔、見せて」
 耳元で囁くと、ぶるぶると頭を横に振る。隠れきれない部分が全部赤くて、肩も震えている。
「キスできねえよ?」
 首筋や耳たぶに舌を這わせて、顔を隠す手にも口づける。わざと音を立てて唇を離すと、たまりかねたのか勢いよく抱きついてきた。
「おわっ」
「す、すみませ……ちょっと……、タイム」
「ん。じゃあちょっとこのまま」
 言いながら抱きしめた拓海ごと後ろに体を倒してベッドに横になり、頬をくすぐる髪に鼻を埋めた。 ドクドクと脈打つ心臓の音が伝わる。深呼吸を繰り返す背中をゆっくりと撫でると小さく息を飲んで、啓介のセーターを握る。
「なあ」
「……はい」
「本当に大丈夫か?」
「……大丈夫、です」
 少しだけ体を起して啓介を見下ろすその目は、それでもやっぱり不安に揺れている。
「おし、分かった」
 勢いよく体を返し、拓海を組み敷いた。深く口づけながら、トレーナーの裾から指を忍ばせる。ビクつく体をやんわりと押さえながら左手で胸の突起を摘まみ、右手でジーンズのボタンを外す。
「ぁ……んっ」
「藤原」
 必死にキスに応える拓海の髪を撫で、胸に置いた手を徐々に下降させていく。指先が肌を滑るたびに小刻みに震え、啓介の首に回した腕に力が入る。 拓海の前立てをくつろげたままキスを続け、下着の上からそろりと撫でる。緊張のせいかまだ力の抜けたままのそこをじわじわと擦り刺激を与えていく。
「……っ、あ、あの」
「ん?」
「啓介さんは大丈夫なんですか」
 ゆるく肩を押し返しながら見上げてくる顔に、視線を合わせる。
「……どういう意味?」
「その……オレ、ついてるし……途中でやっぱ無理ってなったら……きついかなって」
「男相手は初めてだけどさ、藤原には触りてえって思うよ」
 言葉通り、指先の動きを止めずに囁く。
「……んっ」
「それでも心配ならおまえも触って。不安なんかそれで吹っ飛ぶぜ」
 拓海のジーンズと下着をまとめて脚から引き抜くと、拓海は自分からトレーナーを脱いだ。その間に啓介も服を脱いで肌を合わせる。 これ以上赤くなりようがないほどに染まった頬に唇を寄せ、髪を撫でるとおずおずと手を伸ばして啓介の体を引き寄せた。
「今日は気持ちいいことだけな」
 耳元でそう囁いて、じわじわと硬度を増し始めたそこを両手でまとめて包み込んだ。
「んっ」
「腰、動かせるか?」
「うあ、あ……や、むり……っ」
 拓海の指先が食い込むほど啓介の肩に縋りついて、吐き出す熱い息が肌を濡らしていく。手のひらの中で擦れる茎の先端からだらだらと蜜が漏れ、動くたびに音を立てて羞恥を煽る。
「藤原、ちょっと腰浮かせて」
 言われた通り腰を浮かせる拓海のそこに、枕元のクッションを手に取り、差し込んだ。膝を揃えて脚を抱え上げると、太腿の隙間に猛る雄を滑らせていく。
「脚押さえるぜ」
「えっ」
 返事を待たず、太腿を締めるように脚を抱え直し、腰を揺らして抜き差しを繰り返す。
「この体勢だと、まじで入れてるみたいだな」
 見下ろす先の拓海は困惑と羞恥に真っ赤になって、今にも泣きだしそうな顔をしている。抱えた膝を胸につくほど折り曲げて顔を寄せ、優しくキスをしながら声をかける。
「動くけど、いいか?」
「うあ、は……い」
 きつく唇を閉じてシーツを握りしめている拓海を見ながら腰を揺らすと、動きに合わせて少しずつ小さな声が漏れ始める。 聞かせまいと口を覆う手を跳ねのけたい衝動を抑えつつ、昂った雄同士を擦り合わせて快感を追う。拓海の膝が跳ね、白濁をこぼすと両脚から力が抜けていく。抱えていた脚を解放して、口元を覆っていた手を取る。
「オレ……は、まだあと少し……おまえの手で包んで」
 握らせた手ごと両手で掴み、活塞を速めてその中に欲望を吐き出した。受け止めきれない液体が拓海の腹の上にこぼれ落ちる。 それを気にする余裕もないほどに放心状態の拓海に唇を寄せた。
「大丈夫か?」
「…………」
 弱弱しく頷くだけで声が出ていない。上体を倒し、薄く開いた唇を軽く挟んで舌を差し入れるとゆっくりとそれに応え、啓介の背中に腕を回して抱きしめてくる。 目の端に浮かんだ涙を指の背で拭って、拓海の下にあるクッションを抜いて枕元へと戻す。並んで横になり、拓海の体をそっと抱き寄せた。
「け……すけさん……」
「ん?」
「よかったんですか……その……手、で」
「ああ。入れて出すだけがセックスじゃねえからな」
「……へぇ……」
 力が抜けた体と同じく言葉にも力がなく、まぶたは今にも閉じそうなほどに下りている。
「言っておくけど今日のところは、だぜ」
「……ははっ」
「てことで、もう一回」
「はっ?」
 せっかくのチャンスに一度出したからと終われるわけがない。それではせっかくの拓海の覚悟に十分応えたとは言い難い。 とにかく今できることだけで味わい尽くしたくて、眠りに落ちそうな拓海を何とかつなぎとめなければならない。
「おまえの時間、オレにくれるんだろ?」
「そうですけど……え、っと……もう一回って……」
「藤原のこともっと気持ちよくしたいんだ」
「いや、もうじゅうぶん……」
 体中にくまなくキスの雨を降らせ、何度でも、クセになるほど絶頂に連れて行きたい。 体を起して放ったものがそのままになった拓海の体に視線を移すと、すぐに気付いて視界を遮ろうと手を伸ばしてくる。
「ちょ……っ、見るなよ」
 その手を取って、見開いた目を見つめながら指先に口づけ、先端に舌を絡めると途端に言葉が出なくなる。
「おまえの覚悟に、ちゃんと応えねえとな」

 目が覚めたら全部夢だったんじゃないかって不安で、隣で眠る藤原を離さないように抱きしめて目を閉じる。
 最後まで行かなかったにしても、こいつが泣きながらもう無理だなんて言わなかったら、オレの覚悟なんて木端微塵に吹き飛ぶところだった。
 ゆっくりいこうだなんて、どの口が言えたんだか。

「ん……啓介さ……くるし……」
「あ、ワリ」
 強く抱き締めすぎたせいで起きてしまった拓海の体を離すと、照れたように笑って啓介の頬に手を伸ばす。
「なんで……そんな顔してるんですか」
「え……」
「オレのせいですか?」
「何でもねえよ」
 普段はぼんやりしていて、人の表情なんてろくに見てもいなさそうな拓海にずばずばと図星をさされ、咄嗟の誤魔化しが出てこない。
「オレでも……啓介さんにそんな顔させられるんですね」
「……ッ。そーだよちくしょう。ったく、おまえだけだぞオレにこんな顔させるの」
「……へへ」
 嬉しそうに笑いながら啓介の肌をなぞる指先が温かくて、その温度を噛み締めるように目を閉じた。  

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2012-11-10

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