寒月 3
和モダンというのか、縦格子の障子が印象的な落ち着いた感じの部屋に通された。各部屋に露天風呂があって、夜は星空を楽しみながら温泉を楽しめるのが売りのようだ。ちなみにベッドが二つあるタイプの部屋だった。
啓介さんは脱いだコートとマフラーを部屋に備えつけられている小さめのクローゼットに掛けている。
「藤原も脱げば?」
ネクタイを外しながらこっちを見る啓介さんが、めちゃめちゃ大人に感じた。言われた通りにコートとジャケットを脱いでハンガーに掛ける。
その手が少し震えていて、だけどそれが寒さのせいではないことくらい、ちゃんと自覚している。「藤原」と声をかけられて振り向くと啓介さんに口づけられた。固まるオレを見つめたままネクタイに指をかけ、ゆっくりと解いていく。
衣擦れの音が耳に響いた。釦を外す音なんて普通ならほとんど聞こえないはずなのに、一つずつしっかり耳に届いた。ベルトに手がかかり、思わず啓介さんの手を掴む。その指先はまだ少し冷たいままだった。
「あの、風呂先にどうぞ」
「何で? 一緒に入っちまおうぜ」
とびきりの笑顔に流されるまま、露天風呂に連れて行かれた。
血色の良い頬が鏡に映る。末端まで血液が行き届いた心地よさにほっと息をつく。隣では啓介さんが豪快に髪を拭いている。
「懐かしいな、浴衣」
そう言う啓介さんの足は、浴衣の裾から脹脛が半分くらい見えている。茨城の民宿を思い出して顔がニヤけてしまった。
啓介さんは頭にバスタオルを被ったままオレを抱き寄せて、噛みつくようなキスをした。舌が滑り込んできて絡み合う。唇を甘噛みされて小さく声が漏れた。
「そもそもオレが抱くっつー前提で話進めてるけど、藤原はこっち側でいいのか?」
啓介さんは浴衣越しにオレの尻を弄り回しながら掠れ声で問いかけてきた。オレは少し躊躇いがちに頷く。
「っつーか、オレと啓介さんがってのが想像できなくて」
いや、正直に言えば想像したことはもちろんあるが、啓介さんを組み敷く自分が全然リアルに思い描けなかった。
啓介さんがどんなセックスするんだろうという興味もあったし受け手側になるパターンも考えなくはなかったが、啓介さんが自分を、だなんてそれこそ現実味がなかった。
「あ、あーでもその、……この際だから先に白状しときます。実はオレ、たまーにですけど、自分でしてるんですよ」
「は?」
「前に、高校時代の先輩にたまたま会ったんです。オネエ系っていうんですかね、そんな感じの人になってて、話の流れは忘れちまいましたけど
『オレくらい上級者になれば後ろだけでも十分楽しめる』って言ってたから興味本位っつーか。だから啓介さんさえその気になってくれるならこっちでもいいかなって」
「マジかよ」
「ただ指以外のもん入れる日が来るなんて思ってもみなかったし、啓介さんのその凶器みたいなのが入るとは思いませんけど」
「でも実際入れたらどんなもんか、ちょっとは興味あるだろ?」
「そりゃまぁ……なくもないような」
「オレはすげー興味ある」
正直な一言に、オレは嬉しくなって啓介さんを抱きしめた。緊張や、怖いという気持ちがないわけじゃない。でもそれ以上に啓介さんが欲しいと思った。同じボディソープの匂いを感じながら、自分からキスをした。
「本当に指しか使ったことないのか、藤原」
啓介さんの指がオレの尻を出入りしている。ベッドの上で異物感に耐える中、嫉妬心が滲んだ声が聞こえる。
「他に何を入れろっつーんですか」
「いや、でもこんなにするっと挿入るもんかな。痛くねーの?」
オレはただでさえ恥ずかしい四つん這いの体勢から起き上がり、はだけた浴衣を手早く整えベッドに正座した。オレはさっきから恥ずかしいくらいに赤面しっぱなしだ。
「そういうおしゃべりは、なくていいです」
通常サイズでも十分立派なそれに手を這わせると啓介さんの顔が快感を堪えるように少し歪んだ。
手のひらに感じる質量に内心で躊躇しながらも、同性の自分に反応してくれているのかと思うと胸がいっぱいになる。
「これ、舐めてみてもいいですか」
「え、してくれるのか?」
「へたくそだと思いますけど」
脚の間に座り込んでゆっくりと舌で触れてみるとそれがぴくりと動いた。逃げるみたいに反り返ったりしてまるで生き物みたいだ。先っぽのほうを撫でながら根元から舐め上げていく。
湧き出る滴で指先が濡れて、それを塗り広げるようにして亀頭を擦って口に含んだ。苦みのある味に眉が寄るが、意外とできるもんだなと冷静に思考しつつ、艶めかしい啓介さんの吐息が聞こえて自分が興奮していくのも分かる。
啓介さんがオレの髪を撫でて、少し腰を揺らす。喉の奥にぐっと入り込んでくる物体に息苦しさを覚えて啓介さんを見上げた。
熱を孕んだ視線とかち合って、口の中のモノが質量を増す。まだデカくなるのかよなんて不満を覚えるも、悔し紛れに啓介さんを見上げたまま口と手を使ってそれを扱いた。けど三分も持たずに顎が疲れてくる。
愛撫の矛先を竿の部分に移して、ぺろぺろと舐めてみたり薄い皮膚をちゅっと吸ってみたりする。硬度が全然変わらない。むしろ増しているような気さえする。オレでこんな風になってくれてる。それだけでも嬉しい。
もう一度口の中に含もうとしたら啓介さんに阻まれた。
「藤原、もういい」
「……え、でもまだ」
「また今度頼む。今はもうはやく入りたい」
嫉妬するのはオレのほうだ。啓介さんの過去のことなんて知りたくもないのに、どれくらいの人がこんな啓介さんを見たんだと思うとムカムカしてくる。振られるつもりでいたのに、もうこんなに欲張りな気持ちが芽生えている。
腕を引かれて啓介さんを跨ぐようにシーツに膝をつく。啓介さんの手はもうオレの尻に届いてて、長い指が内部に侵入してくる。腹側にあるしこりのような部分を刺激されて反射的に啓介さんにしがみついた。
啓介さんはオレの頸動脈の辺りに舌を這わせたり犬歯を突き立てたりしながら、指の動きを速めていく。
しかも前のほうも大きな手で上下に扱かれて、堪えようとする声が意識とは裏腹にひっきりなしに漏れてしまう。恥ずかしいのに止まらない。自分でするのとは比べ物にならないほど気持ちいい。
「あ、……っあ、けーすけ、さ……ッ」
目の前にちかちかと火花が散って、夢中で啓介さんを抱きしめていた。啓介さんは起き上がり、代わりにオレがうつ伏せにされ、腰を持ち上げられた。
そのまま熱した鉄杭のようなものを押し付けられたと思ったらぐぐっと体を無理やりに押し開かれるような強烈な圧迫感に襲われる。
「あ゛、待っ……はっ、あっ、んぅ」
楔を打ち込まれたそこから体が二つに分かれてしまうんじゃないかと思うような痛みに涙が浮かぶ。
ずいぶんと中まで埋められている感覚なのに、啓介さんの体はまだ思ったより離れている。指しか経験のないような体に入れるには啓介さんのが長大すぎるんだ。本当に凶器だ。
シーツに側頭部を擦りつけて何とか痛みから気をそらそうとする。だけど存在感がありすぎて意識がそこに集中してしまう。夢じゃないんだと思い知らされる。
震える息を吐きながら、オレはゆっくりと肩越しに振り返った。啓介さんも辛そうな顔をしている。オレの視線に気づいて、口元を歪めるようにして笑顔を見せた。
「藤原、辛くねえか?」
優しく声をかけられただけで、視界が涙で滲む。啓介さんの腕に手を添えたら、触れるだけのキスをくれた。
少し間をおいて、さらに熱い塊が奥へと入り込んでくる。ゆっくりと確実に侵略されているオレの体が、ただ啓介さんを受け入れようとその動きに合わせて揺れている。
「さすがに全部は入んねーな」
これでもまだ全部入ってないのか。オレは単純にそう慄いた。
「なあ、どんな感じ?」
「……啓介さんが萎えてないのが嬉しいですよ」
涙を擦りつけるように枕に顔を押し付ける。少し動いただけでもピリピリと微量の電気が流れるみたいに体が痺れる。啓介さんがオレの背中に覆いかぶさってきた。剥き出しになった肩にキスをされ、ぎゅうっと後ろから抱きしめられた。
繋がりが深くなって、また涙が押し出されてこぼれる。強引に振り向かされたと思ったら啓介さんの舌が口の中に入り込んできた。唾液が舌の腹を通って喉へと落ちていく。口端からもこぼれて、涙と混じってべちゃべちゃだ。
「は、アァッ、あ……あ、ンッ」
乳首をこねられて、その間もキスは止まらない。そんなところで感じたくなんかないのに、快感を植え付けるように同時に下も攻められてしまう。
上半身を支えている腕に力が入らず、啓介さんの唇を振り切るように突っ伏した。啓介さんが腰を動かすたびにじゅぶじゅぶと粘ついた音が聞こえてくる。扱かれてる場所からなのか繋がってるところからなのか、もうワケが分からない。
耳のすぐそばで啓介さんの息が弾んで、時々舌が耳朶に触れる。掠れた声で何度も名前を呼ばれる。啓介さんが触るところ全部が気持ちいい。
視界に広がるくしゃくしゃの白いシーツから何とか上半身を捻って啓介さんを見上げた。啓介さんは汗で湿った前髪を掻き上げて、熱を帯びた視線を送ってくる。
啓介さんがオレに欲情してるんだと、オレでこうなってるんだと思ったら、胸に熱いものが込み上げてくる。
オレも、啓介さんに触りたい。背中越しの熱じゃなくて、正面から受け止めたい。
「藤原? あ、おい」
オレは無言で啓介さんのを引き抜いて跨ると、オレの中に入っていたそれを再び自分の中に誘い込んだ。仰向けになった啓介さんを見下ろしながら、体内に広がる熱に浮かされていく。
舌なめずりする啓介さんに誘われるように背を丸めてキスをした。すぐさま後頭部を押さえつけられて、啓介さんの舌が遠慮なく口内を暴れまわる。
息継ぎが間に合わなくて、啓介さんの舌を思いっきり吸ってしまう。両耳を塞がれると音がより脳内に響いて恥ずかしいほど興奮してくる。啓介さんの硬い腹に夢中でオレのを擦りつけた。
腰を振れば同時に啓介さんのも扱くような動きになって、前も後も、快感の逃げ場がまるでない。痛いだけだったはずが、指では届かない場所までもぐりこんでいる啓介さんのモノにもっとめちゃくちゃにされたいなんて思ってる。
「はぁッ、啓介さん、どうしよ、すげぇ……深っ、あっ」
「藤原、もっとだ」
下から突き上げられて腰が浮く。それを啓介さんの手が押さえつけて、何度も杭が往復している。あられもない声が止まらない。
聞かれたくなくて上半身を起こすと腰骨の辺りを掴まれ、さらに動きが激しくなった。オレは自分の体すら支えきれなくなって、後ろに倒れこんだ。掛け布団なんかとうにベッドの下に蹴り飛ばされていた。
息つく間もなく啓介さんが追い掛けてきて、抜けてしまったそれを遠慮なく突き立ててくる。
膝の裏を掴まれて大きく左右に開かれ、肌に、啓介さんの視線を痛いくらいに感じてしまう。肌蹴きって辛うじて帯だけで保っている浴衣ではどこも隠しようがなかった。
「や……っ、あぁ」
「見られて感じてんのかよ」
結合部分を見せつけるみたいにして、ゆっくりとした緩慢な動作で出し入れを繰り返している。啓介さんの先端が浅い部分を刺激すると足の先が宙を跳ねた。
「ここか」
啓介さんがにやりと笑った。瞬間、オレはとっさに手を伸ばして啓介さんの体を押しのけようとしたのにその手首を片手で掴まれ、弱点を突かれて身動きができなくなった。
空いた手で前を扱かれるのと同時に何度も執拗に前立腺を刺激され、そこで気持ちよくなるんだと覚えこまされているような、自分の体が啓介さんなしではいられないように作り変えられていくみたいな、そんな感覚だ。
「あっ、あっ、や、もう止め……そこ、やだっ」
頭を左右に振り、バタついて啓介さんから離れようとしたとき、両手首をぐっと引き寄せられたと思ったら今までとは比べ物にならないほど奥まで熱が広がり、目の前が真っ赤になった。
「逃がさねえぜ」
一瞬呼吸ができなくなって、何が起きたのか理解が追い付かない。太腿の裏へしっとりと吸い付くように重なった肌の感触に、全部埋め込まれたのだとやっと悟った。
「はっ、うそ、ぁっ」
啓介さんが体を揺するたびに奥まで行き着いた亀頭が内部の壁をとんとんと刺激する。誰も、自分ですら知らないような場所に啓介さんがいる。
「あ、あぁ!」
オレの手首を掴んだまま、啓介さんが腰を打ちつけてくる。肌がぶつかるたびにオレの意識が飛んで行ってしまいそうな錯覚に陥る。激しいピストンに声も涙も止まらない。
「けぃ、啓介さ……っ」
「おまえの泣き顔、たまんねーな」
スパートをかけた啓介さんに翻弄されて、体の中に熱が注がれるのを感じながらオレも射精していた。浜辺で全力ダッシュを何本もやり終えたみたいな疲労感に包まれて、重だるい腕で涙をごしごしと擦った。
脱力した体に啓介さんがかぶさってくる。ドクドクと肌に感じる鼓動がオレのものか啓介さんのか分からない。
「藤原、……初めてってうそだろ」
「なんだよ、それ」
呟いた啓介さんの言葉に思わずムッとして、すぐそばにある顔を睨んだ。そしたらめちゃめちゃ蕩けた甘い顔で笑って優しいキスをくれた。
「あっ……?」
啓介さんは射精したばかりだというのにまだ十分な硬度と角度を保ったそれを中で揺すった。
「締め付けるタイミングとかさ、最高だった」
「そっ、タイミングとかそんなのオレ……知らねッ」
「藤原はコッチの才能もあるみたいだし、最速で『上級者』になれるように協力しねえとな」
ぐずぐずと揺すられて少し泡立った精液が隙間から滲みだすようにこぼれてきた。啓介さんはそれでも腰を止めない。
「才能ってなんだよそれ、あッ、バカバカ、や、やめ……ッ!」
言葉を遮るようにキスをされ、オレは自分の言葉とは裏腹に啓介さんの首に腕を回していた。
2020-05-05
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