キスミー! 2
「あ、食べちまった?」
「へ……」
少し前にチャレンジメニューを平らげたところだというのに、自宅に戻るや冷蔵庫を物色してもらいものだという高そうなチョコレートの箱を取り出して次々と口の中に放り込んでいく。
それを呆気にとられたように眺めるだけだった拓海が遠慮がちに手を伸ばしたのは啓介が2杯目のコーヒーを淹れて部屋に戻ってきたところだった。
「最後の1個だったろ」
「……まだ食べたかったんですか?」
「別に」
肩を落としてコーヒーを啜る啓介の手からカップを奪い取ると、被さるようにキスをした。
不意打ちに少し赤くなった啓介の顔を見るといたずらが成功したようなくすぐったい気持ちになる。
「いくらなんでも食べ過ぎです。これで我慢してください」
拓海は軽く唇を触れさせてから体を離した。ベッドを背もたれに並んで座った床の上で、2人の間に置かれたトレーの上のカップを取って口元へと運ぶ。
コーヒーを口に含んだときに啓介の唇がこめかみに触れた。咽そうになるのを堪えて飲み干すとその間を狙ったかのように頬へと唇が滑り落ちてくる。
肩を竦めながら少し離れてもう一度コーヒーに口を付けると、今度は耳朶を甘噛みしてくる。くすぐったさに堪え切れず吹き出して笑うと、耳朶を食まれたままカップを奪われてトレーに戻された。
まだ残っているのにと不満げに視線を向けるとベッドに肘を乗せて頬杖をついた啓介がじっと拓海を見つめている。
数回ゆっくりと瞬きをして、トレーを近くにあるサイドボードに乗せると向き直って啓介に触れるだけのキスをした。
「啓介さんが静かすぎて……ヘンな感じ」
「……わり。実はちょっと感動してんだ」
「え?」
不思議がる拓海を引き寄せて耳元で囁く。
「藤原から誘ってくれるなんて、ってな」
「そっ……それは……えっと……」
慌てて言い訳を探してみても見つかるはずがない。ただ一緒にいたかったという以外に理由なんてない。
啓介の肩口に赤くなった顔を埋めると待ちわびたように抱きしめられる。視界が大きく動いて目の前の風景がベッドから天井へと変わる。足がもつれた拍子にリモコンを踏んで重低音が響く音楽が鳴り始めた。
静寂から一転して激しい音に包まれ、リズムに合わせるように啓介の舌が口腔内で暴れまわって鼓動が跳ね上がっていく。
「ン、……っけ、すけさん……」
「ん?」
「あんま、キ、キスばっかしないで」
「何でだよ」
ゆるく啓介の肩を押し戻しながら訴える拓海の首筋に吸い付きながら、少し不機嫌に問いかける。
「って……じんじんする」
この場では啓介の理性を断ち切る役目しか果たさない台詞を口にして両手で唇を隠してしまった。
隙だらけになった拓海の下半身からジーンズと下着を一気に引き下ろして、Tシャツの裾を捲りあげる。固く尖った胸の突起を舌で転がして、もう片方は指で捏ねて摘まんで先端を爪で引っ掻くように刺激する。
押さえた口元からくぐもった声が聞こえてくるのを確認しながら、拓海への愛撫を繰り返していく。
立ちあがりを見せている拓海の足の付け根に手を伸ばし、指の間に挟んで頼りないほどの力で細かな刺激を与えていく。
「手と口、どっちがいい?」
「ふ、ぁ……っ」
「藤原の好きなほうでしてやるよ」
「……んう、ぅ」
目尻に浮かぶ涙を舌ですくって、薄い瞼に優しく口付ける。必死に声を押さえているつもりで、それがかえって啓介を煽っていることに気付かない。
焦らすようにぴたりと動きを止めて耳元に口を寄せる。
「……ほら、どっち?」
「 」
口元を覆っていた手を啓介の首に回してしがみつく。きつく噛み締めていたようで、唇が少し赤くなっている。舌を這わすと小さく震えた。
絡めた舌とシンクロするように手を動かして次第にリズムを速めていく。体中を走る刺激が一点に集中してあっけなく絶頂がやってくる。
「……っ、ぁ!」
堪えるような小さな呻きとともに啓介の手の中に吐き出したそれをそのまま潤滑剤のように奥へとあてがわれ、指を埋められる。
吐精後の気だるさを剥ぎ取るように快感を与え続ける啓介も、少し余裕をなくしていた。十分に解せたとは言えない状態でゆっくりと腰を進めていく。
「あ、待って……まだ」
「藤原の中、入りたい」
動きに合わせて浅く、深く呼吸を繰り返し啓介を受け入れようと腕を掴む。
じりじりと啓介の膝がシーツを押し上げ、反射的に体を逃がそうとする拓海の肩を背中から回した腕で押さえて少しずつ埋めていく。
「うあ、……いっ」
「平気か? 抜く?」
「だ、……めっ、も、ちょっとこのまま……あっ」
耳元で苦しげに浅い呼吸を繰り返す拓海の髪を撫で、啄ばむようなキスをする。
「藤原……っ、大丈夫か」
「も……、ぜんぶ、入った……?」
「まだ。……あとちょっと」
キスを深くするのと同時に一気に最後まで押し込んだ。湿った音と同時に鼻から抜けるような声が小さく響く。
繋がったまま拓海が深呼吸を繰り返すたび、中が蠢いて時折啓介をぎゅっと締めつける。抱いているはずが、抱かれているような不思議な気分になる。
啓介が上半身を起こして着ていたシャツを脱ぐと、拓海にはその振動さえ刺激になって膝が震える。
「あ、まだ……動かなっ、……ぃあ!」
「ばか締めんな、……くっ」
啓介がさらに深く奥を抉り、たまらず背をしならせシーツを手繰り寄せて顔を隠した。
「こら隠すなよ……顔見たい」
ふるふると拓海の頭が左右に揺れる。一息漏らすとシーツを握りしめる指を解いて、指先から手の甲、手首へと唇を滑らせる。
手のひらに小さく好きだと囁いて、親指から順に舌を這わせていく。腰から下は動きを止めているのに拓海の中は指先への刺激だけで啓介を締めつけている。
指先への愛撫に加えて、啓介が腰を揺らし始めるとシーツがずれて拓海が顔を覗かせた。すかさず剥ぎ取って口付ける。
「動いていいか?」
「も、う、動いてる……っ」
「はは、だっておまえすげぇ締めるんだもん」
「もん、って……ぁ、っふ、……んん」
膝裏に手を添えて拓海の体を折り曲げ、ぎりぎりまで腰を引いて突き刺すように埋めていく。啓介は露わになった結合部を上から眺めながら活塞を速める。
拓海が耐えきれず啓介の腕を掴もうと伸ばした手を絡め取り、指の付け根に赤いしるしを残す。ぐちゅりと湿った音を耳が拾う。何度も抽挿を繰り返すそこはだんだんと啓介になじんで解されていく。
意識を引き寄せようとしたり何も考えられなくなるほど追い上げたり、啓介に翻弄される拓海が二度目に果てようという直前に体を起こされた。
突き上げ揺さぶられながら飛びそうになる思考を必死に掻き集めて視界に入った指を凝視する。まぎれもなくそこ――左手の薬指――に赤い環。
「な、に、これ……」
「そのまま嵌めとけ」
「う、……キザッ、だ、あっ」
「うるせー」
照れ隠しのように唇を塞ぐと奥がきつく締めつけられ、拓海が腹の間に白濁を零すのとほぼ同時に啓介の熱が注がれる。
抱き合ったまま呼吸を整えて、汗で張りつく前髪を払ってやると敏感になった体がピクリと震える。
「は……すげぇ締め付け……」
「なっ、そういうこと言うな……あ……ちょ、なんでまたおっ……きく」
「……あのさ。1回で終わると思ってんのか」
「……へ……?」
涙目の拓海に、啓介の箍が外れた。繋がったまま再度ベッドへ押し倒し、滑りの良くなった箇所を執拗に攻め立てていく。
襲ってくる快感に意識が攫われて、何度目かの熱を奥に感じながらついに意識を手放した。
ふと目を覚ますと、べとつく体はきれいに拭われて啓介のTシャツだけが着せられていた。首を横に向けても隣に啓介はいない。
リピートで再生され続ける音楽に包まれながら、啓介がつけた赤い環の跡を愛しそうに見つめて口付けた。
「こんなとこにも跡付くんだ……」
拓海の寝起きで鈍った頭が働き出すまでは、その瞬間をキッチンから戻ってきた啓介に見られていることに気が付かないだろう。
手に持ったペットボトルの形が少しくらい歪んで音を立てても、鳴り続ける音楽に掻き消されて拓海には届かない。
「……心臓がどうにかなりそう」
呟いて大股でベッドに戻り、口元から手を奪ってシーツに縫いとめると驚いたように目を見開いた拓海にキスをする。
弱い上顎を舌で突いてやると気持ち良さそうに瞼が下りてくる。大人しくなった拓海の指にもう一度口付けて耳元で囁く。
「キスならオレにしろっての」
prev2012-05-26
back