Lean on me

 なんと声をかけていいのか分からない。
 大切な車が壊れた。たとえ敵チームの姑息な罠だったとしても、それがどんな原因であれ自分が運転していてそうなってしまったという事実は、どれだけ慰めの言葉をかけても覆らない。 身に覚えのあるものとは違っても啓介の気持ちが痛いほど分かるからこそ、どんな言葉も空々しく響いてしまいそうで、ハチロクの中の重苦しい沈黙を破れずにいた。
 苦戦するほどの相手ではなく、黒いFDの彼女が来てくれていたおかげで啓介はスタートグリッドに車を並べ、バトルに勝つことができた。 その後のゴタゴタも意外なオチで、幸い誰も怪我することなく帰路についた今、交通量の少ない高速道路を一定の速度を保ちながらハチロクを走らせている。 啓介は防音壁で隠れた見えない外の景色をただぼんやりと眺めているようで、無表情に隠された心の中は推し量れない。声をかけようと口を開いてみても結局何も思い浮かばず、無言で視線を前に戻した。
「……藤原」
「は、はい」
「次のインターで止めてくれ」
「分かりました」

 時間帯のせいか売店の営業時間は終了していた。人影は少なかったものの高速バスの休憩時間と重なったのか、 数人が車外で伸びをしたり目の前に広がる夜景に感嘆の声を上げていた。その小さな人の群れからは離れた場所に立ち並んでフェンス越しの夜景を眺める。 啓介は相変わらず黙ったままで、吹きあがる夜風に目を細めた。
「あ、あの……啓介さん」
 振り返った啓介の目に胸が鳴る。それを悟られないようにうつむき加減で口を開いた。
「ひとりがいいなら言ってください。オレ、車で待ってますから」
「……」
 返ってきたのは沈黙で、上目使いで様子を探るとその表情を見る前に腕を引かれて抱きしめられた。 背中に当たるフェンスが音を立て、目の前には啓介の体温がある。
「……啓、……」
 外ですよと言いかけて口を噤んだ。背中に手を回し、ただ無言でその体を引き寄せる。 いつもは抱きしめられることが多い。だけど今日は、今日くらいは包んであげたいと思う。何も言わない。何も聞かない。ただじっと、ぎゅっと抱きしめる。 時折啓介の手が背中を往復し髪を撫で、擦り付けてくる耳が頬に当たる。腰から下に手が伸びるとパシンと啓介の背中を叩く。何度も繰り返してやっと、啓介が体を離して笑顔を見せた。
「あんな奴らのせいでって正直まだ思うけどさ。分かってんだよ、本当は」
「……」
「情けねえよ。……オレが壊しちまったようなもんだ。やっぱまだ……アニキにはかなわねえ」
「…………」
 はあ、と溜息をつくように笑って足元に広がる夜景に視線を戻す。その顔を見上げながら、離れた体を抱いて啓介の胸に頬をすり寄せた。
「おまえにも情けねえとこ見せちまったな」
 そんなことないと頭を振りたくる。大切なものが目の前で壊れるその喪失感と絶望感を、自分を責めたくなるやるせなさも理解できるから、啓介が情けないとは思わない。 だけど悲しそうに笑うその顔を、少しでも明るくしてやりたいと思う。
 自走が可能だったFDに乗って帰るつもりだった啓介を引き止めてハチロクに乗るよう提案したのは意外にも涼介で、反論もせず拳を握りしめながら宮口に預けたのはきっと啓介にとって苦渋の決断だったはずだ。
「FD、すぐに直りますよ」
 ありきたりな言葉しか出てこない自分を情けなく思いながら啓介の腰に巻き付けた腕に力を込める。
「なぐさめてくれてんの?」
 くしゃくしゃと頭を撫でる大きな手が肩に下りて拓海の背をフェンスに押し付けると、ゆっくりと啓介の顔が近づいて触れるだけのキスをした。 辺りが暗くて人がいないと言っても、いくらなんでも外でそれはまずい。
「そ、そろそろ帰りま……」
 指の背で唇に触れ、額を合わせた啓介が拓海の腰を抱いてそこを押し付けてくる。
「……ひとりでいたくねえ」
 体よりもきつく胸を締めつけるその声に、降参する以外にどうしろというのか。啓介の肩に頭を預け、小さく頷いた。

 高速を降りて出口の辺りに広がるホテル街に入ると、啓介はモーテル形式の一室を選んだ。車を停めればチェックインできる、人に会わずに済むタイプの作りだ。 言われるままにハチロクを車庫に納め、啓介に続いて部屋へと足を踏み入れる。部屋の中に入った途端振り向いた啓介に抱き寄せられ、深く口づけられる。勢いに後ずさり、背中がたった今入ってきた扉に触れた。
「んっ……ふ、……ッ」
 手触りの良いシャツにしがみついて引き寄せ、震える膝が崩れ落ちないように自ら背中を扉に押し付けた。 拓海の脚の間に差し込まれた啓介の太ももが中心でくすぶり始めた場所を刺激する。性急なキスについていけず、啓介の背中にタップすると絡みあった舌がゆっくりと離されていく。
「は、あ……はぁ」
 足りなくなった酸素を取り込み、啓介に抱きついた。
「大丈夫か?」
「……すげぇ……きもちよかった……」
 胸元に額を押し付けて、聞こえなければいいと思いながら口にする。 きっと耳まで赤くなっている顔を隠したまま凭れかかると、啓介はつむじにキスを落としてそっと体を離した。
「こんくらいでバテてんなよ。朝までまだまだ時間あるんだからな」
 バスルームに移動した啓介は広い湯船にお湯を入れ、服を脱ぎ始めた。入口で放心状態の拓海の元に戻ると、着ていたTシャツを脱がせてまたキスをする。
「い、一緒に入るんですか?」
「当然だろ」
「と、うぜん……って……」
 唇は首筋から鎖骨へ移動し、小さな音を立てながら拓海の肌を啄ばんでいる。愛撫のように優しく繰り返しながら囁いた。
「せっかくだし家ではできねえことしようぜ」
 口端を持ち上げて笑うその顔にゴクリと喉が鳴ってしまう。
 啓介はバスタブ横のスペースにマットを敷くとバスルームから手招きをする。 ここまで来て拒むこともできないと腹をくくり、啓介に続いてバスルームに入ると、視界に飛び込んできたビニール製のマットに思わず色気のない声が漏れる。
「わ、なんだこれ」
「見たことねえ?」
 啓介は先にバスタブに入ってすっかりくつろぎモードになっている。高速のインターチェンジで見せたしおらしさは微塵も感じさせないほどに。
「ありませんよ」
 こういう施設ですらロクに入ったことがないというのに。ただこれがここにあるということは、何かしらいかがわしいことに使おうとしているということくらいはさすがに察しが付く。 というよりそれ以外に選択肢が浮かばない。
 バスタブに脚を入れ、啓介の隣で肩まで浸かるとふう、と溜息が洩れた。啓介は身を乗り出してそのマットにシャワーで湯をかけている。 湯を張った洗面器がバスタブの縁にあり、その中に半透明のボトルがまるで湯煎されているように入っていて、横の啓介に視線を移すと、 無駄のない引き締まった体に似つかわしく細身でも筋肉質と分かる長い腕が鼻歌とともに動いている。
「なにしてるんですか」
「準備だよ、準備」
「なんの……」
「それここで聞くか?」
 うっ、と赤面して固まった拓海にシャワーを止めて視線を合わせると「ちょっとずれてくれ」と湯の中の拓海の体を軽々と移動させ、肩まで浸かりながら背中を向けて脚の間に割り込み、拓海の胸に凭れかかった。
「はー……これ落ち着く」
 いつもとは逆のポジションに戸惑いながら、左肩にある啓介の髪にそっと指を通す。
「そうですか」
 無造作に指を動かして立ち上がった髪を撫でつけていく。 啓介は拓海に体を預けたままで、ボトルを入れた洗面器を引き寄せて湯に浮かべた。
「そう言えば啓介さん、舎弟なんていたんですね」
「ああ、あいつ? ……別に昔の話だよ」
「涼介さんがケンカとか殴り合いとかするのも想像つかないけど……啓介さんがけがしなくてよかったです」
 腕に覚えがあると言っても相手側の人数を見れば形勢は不利だったように思う。 ひとり向かっていく啓介をハチロクの中から見守ることしかできないなんて、涼介に止められたとしても、とても大人しく待っていられるような状況ではなかった。 啓介に何かあれば飛び出して相手の顔面に1発くらいはお見舞いしてやるところだった。全て杞憂に終わったことは幸運としか言いようがない。
 顔だけ振り返った啓介は顎を上げて拓海に口づける。
「ん……っ」
 舌が絡み、ゆっくりとキスが深くなっていく。体ごと振り返った啓介はバスタブの中で胡坐をかいて、拓海を膝の上に抱きかかえた。
「藤原……」
 熱い吐息とともに囁かれ、首に腕を回してキスを返す。舌を吸われ上顎をくすぐられると反射的に腰が揺れる。動くたびに波が起きてバスタブに当たり、肌を弾く。その音に煽られ、ますます腰を押し付ける。 啓介の手は拓海の体を抱いたままで一向に触ってくれそうな気配がない。キスが深くなる分、体への刺激が物足りないように感じてしまう。
「……ッ、啓介さん」
 ねだるように名前を呼べばゆっくりと降りていく手が腰骨で止まり、湯の中でそこを撫でさすりながら言葉を遮るように舌を絡ませる。 焦れて自らの手をそこに伸ばすと、すっかり形を変えている啓介自身もまとめて握り込んだ。
「……んッ、ぁ……ふ」
「く……ちょ、待った」
 啓介が低く呻いてバスタブの中で立ち上がる。 拓海の手からするりと抜けてしまったそこが目の前に来る格好になり、同じものがついているはずなのに、自分の持っているそれとは異なる啓介の怒張を思わず凝視してしまう。 頭上でふっと笑う声が聞こえ、見上げると頬を赤く染めた啓介が拓海を見下ろしている。その目には情欲が宿り、鋭い光を放っている。
「……舐めてっつったら……引く?」
「え……」
 啓介の言葉に目を瞬かせる。目の前に勃ち上がったその部分と啓介の顔を交互に見ながら、息を飲んだ。当然の戸惑いを汲んだように啓介の指先が拓海の頬を撫で、「無理しなくていいぜ」と優しく囁いた。 拓海は震える指先で竿の部分を支えながら、啓介の先端に軽く口づけてそっと舌を這わせた。
「は……っ、マジ、かよ……」
 言ってみたものの期待はしていなかったという風に驚きを隠さずに声を漏らすと、 指先で拓海の前髪を軽く払った。
 竿を舐め上げ、細く浮いた血管やカリの部分を舌先でなぞっていくと啓介の腰がピクリと震えた。 自分の舌に啓介が感じてくれていることが嬉しくなって、歯を当てないように口を開くと先端を含んで舌を絡めてみた。いつも自分がされていることを思い出しながら懸命に啓介のものを刺激していく。 小さく漏れて聞こえてくる声につられて見上げると、啓介と視線がぶつかる。
「わ、ばか……拓海……ッ」
 啓介の大きな手が拓海の頭を引き剥がした。 口の中にいっぱいだったものが抜かれて、こぼれた唾液を手の甲で拭いながら立ち上がって啓介をやんわりと睨む。
「おまえな……、上目遣いで見ンなよ」
 その顔は反則だとこぼしながらバスタブから出ると、敷いてあるマットに再びお湯をかけてそこに座りこんだ。促されるまま拓海も啓介の前に座ると顎を引き寄せられて口づけられ、 そのまま押し倒されてマットの上に横になる。啓介は温めておいたボトルを手に取り、中身を躊躇なく拓海の腹の上に絞り出すとそれを塗りつけるように肌の上に伸ばしていく。
「うわっ、あっ、なに」
「なにって……ローションだよ」
 肌にぬるぬると纏わりつく液体の滑りを借りて胸の突起や硬く尖る芯の部分にもそれを塗りつけ、人差し指と中指をゆるく曲げて竿を挟むとわざと音を立てるように扱き始めた。 敏感な部分を避けていじられ、もどかしい刺激にたまらず腰をくねらせると啓介の猛るものと一緒に包み込まれた。
「や、あ……ッ」
 焦らされたそこは待ち望んだ刺激に急速に昂り、飛沫を上げる。 慣れない快感に頭の中が白くなって、啓介の腕に添えた手が力を失くしてマットの上に落ちる。
「あ……はぁ……はぁ……」
 荒い息を整えようと大きく息を吸い込むと、果てたばかりのそこをきゅっと握りこまれて体が跳ねる。 啓介の体が重なり、口づけられながら背中と腰へ腕が回るとしっかりと抱きしめられ、ぬるぬると滑る体が動き始めた。 昂ったままの啓介を押し当てるように卑猥な音を立てながら肌を合わせていると、果てたそこがまた頭をもたげ始めた。
「んッ、んんッ」
 鼻で息を継ぐ苦しさに眉根を寄せると拓海の舌を解放した啓介にさらにきつく抱き込まれ、ローションでべとつく体の間にそれとは違う熱い液が注がれるのを感じた。
「は……ッ、あ、ん……っ」
「藤原……」
 離れた唇を名残惜しそうに舌でくすぐり、薄く開いたそこからまた熱い舌を差し込んでくる。溢れる唾液もそのままに啓介の首に腕を回すと、滑りを利用して体を入れ替えて啓介が仰向けになった。 上に乗せた拓海の腰を掴み、その体を上下に動かしながら敏感になった体への刺激に耐える拓海の顔を見上げて楽しんでいる。
「あ、ちょ……ッ、う、動かさな、でくださ……ッ」
 啓介の手に対抗しようとマットの上で膝立ちになろうとしてみてもぬめりのせいで踏ん張りが利かない。必然的に擦れ合う互いのそこが硬度を取り戻し、腰から移動した啓介の指先が拓海の奥へと入り込む。
「あ……、けい、すけさ……や、だァ……ッ」
 拓海の訴えもお構いなしで2本目の指が挿入され、粘り気を含んだ音とともに抽挿が繰り返される。
「啓介さ、ん……ッ」
 門渡りを指先が辿り、さらにもう1本の指が差し込まれる。
「痛くねえ?」
 耳の奥へ注がれる掠れた声に体が痺れ、啓介の体にしがみついて頷いた。 ランダムに動く3本の指が狭く閉ざされた拓海のそこをこじ開けるように蠢き、拓海の下で腰をグラインドさせる啓介に煽られて跳ねる体はローションのぬめりで予想もしない方向へと滑る。 再び体の位置を入れ替え、拓海をうつ伏せにすると尻を高く突きださせるように持ち上げて、啓介は自身の昂りを拓海の太ももの間に差し込んで腰を打ちつける。
「ああッ、や、啓介さ……ッ」
 何度も肌がぶつかるとマットからずり落ちそうになり、そのたびに壁面のタイルに手を伸ばして踏ん張れない体を支える。
「啓介さん……、こっち、やだ……って、あッ」
 たとえ相手が啓介だと分かっていても、どうしても顔の見えない相手に貫かれるような姿勢は落ち着かない。後ろに手を伸ばして啓介に訴える。 ぴたりと腰を止めてその手を取ると、身を屈めて拓海の耳に舌を這わす。
「そうだったな……じゃ、こっち」
 拓海の体をひっくり返して仰向けにすると、両脚を胸まで折り曲げて太ももをぴったりと寄せ、 再びその間に差し込んでゆっくりと感触を確かめるように何度も腰を揺らす。
「んッ……、は、ぁ……っ」
「藤原、さっきみたいに一緒に握って」
 膝を割り開かれて剥き出しにされた羞恥に襲われながら、 まるで催眠術に掛けられたように手が勝手に動き出す。拓海のものを押し上げるように往復する啓介の茎をまとめて両手で包むと、さらに腰の動きが加速する。
「や……、は、んッ、啓介さんッ」
「な、もっと名前呼んで」
 鼻先を擦り合わせ唇を舌でくすぐりながら甘えたような声で啓介が囁く。涙が浮かんだ目で啓介に視線を合わせ、揺さぶられながら互いに熱を出し切るまで何度も啓介の名前を口にした。

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2012-01-17

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